Ken Mizunoのタバコのけむり?

Hangeul-Lab Ayase, Tokyo
Ken Mizuno

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(20031231-1) 年末年始日記 − 今年の最後

既に午前4時をまわったので、まっとうに新年を迎えた方、あけましておめでとうございます。

が、当家では 毎年 この時期に何かある。
去年は、ばあちゃんがカゼひいたので、上の子の 「お泊り」 が実現しなかった。

今年は、下の子の 「肺炎」 の疑いで アラート。幸い今年は ばあちゃんもカゼひかず、折りよく おばちゃん (僕の姉) たちも来るというので、上の子を2晩 − つまり元日をはさむ3日間 − ばあちゃんちに送り出した。これで2才児の 「看病」 に専念できるとはいえ、さすがに あの白血球数で 2才の身体も懸命に戦っているらしい。一度 眠ると、かなり長時間 寝たままだ。結果として、夜8時まで 「昼寝」 した子は、深夜に眠れない。急速に発達をはじめている知能で、DVD のアニメだの何だの、遊びまわる。抱っこすると しばらく眠りかけるが、すぐ起き出す。このままでは 父・子 ともに体力的に危険と判断して、医者には止められたのだが、睡眠剤を与えて眠らせたのが午前3時半である。

以下余談だが、「睡眠剤」 というのは、実は上の子のアトピーに 皮膚科が出している 「かゆみ止め」 である。これに催眠効果があることは明らかだったので、寝たがらない 上の子を眠らせたいとき、アトピーの処置と同時にこれを与える。この子は同時にゼンソク持ちで、2001年に発作を起こして以来、セキが出るたびに 「発作」 に至らせないよう 苦労してきた。あるとき、このゼンソク発作直前の危機を感じて、与えてみたのが、皮膚科の 「かゆみ止め」 だった。すっと、寝た。翌朝、内科/小児科は、同じ薬を倍量にして出してきた; つまり 「かゆみ/痛み」 は神経系にとっては同じもので、その強さがちがうだけである − という話は、少し前に書いたような気がする。この薬には 「催眠効果」 が顕著なので、この週初、セキが 「肺炎」 の疑いに移行する前夜、2才児に与えてみたのだった ・・・ 少なくとも、眠ってしまえば 苦痛から解放してやること (だけ) はできる。
眠らせたからといって、肺炎が治るわけではない。事実、その翌朝、医師も軽くみて抗生剤を避けていた。その夕方 発熱、再度 同じ医者に行き、X-ray 撮影、それで 「肺炎」 の疑い; そのさらに翌朝、今度はその病院から電話が来て、昨夜の間に好転していなければ救急病院に紹介すると言って来たのだった。30日ぎりぎりまで開いている病院であるのが 幸いだった。

というわけで、もうすぐ午前5時。
昔は、「肺炎」 を起こせば5人に1人が死亡したそうな。今でも、投薬がなければ同じ結果になるはずで、事実 歌手のテレサ・テンは それで死んだ。

うちの子?
ふむ。薬を 「いやいや」 するので、「おう、死んじゃう子なんか どうでもいい、あっちへ行け!」 と やったら、素直に飲んだ。「マイコプラズマ」型なら、古典的な肺炎より軽そうなので、この2晩の間に好転してくれれば、正月は まず めでたしめでたしになると期待しているのだが。

「死んじゃう子なんか どうでもいい、あっちへ行け!」 で、素直に薬を飲んだ点、つまり、父親のその態度の理由を類推・想像できる程度に、2才の知能は発達してきた。その意味で、この子の知能は正常に発達しつつある。その点だけは、父親は この子の知能を信頼しはじめている。


(20031230-1) マイコプラズマ肺炎 − 日記

父親の休暇期間中にピークをむかえてくれたのは幸か不幸か。医師は、2才がマイコプラズマ肺炎に該当する可能性を、救急病院への紹介状に書いてくれた。時期的には年末、副院長でもある医師は、自医院内では処置できないので救急処置を依頼、と書いたらしい。上の子 0才の時 点滴は3時間を要したが、既に2才の子では、1時間15分で完了した。

「マイコプラズマ」 というのが、菌と Virus の中間に位置するというのは、僕の理解を超える。あるいは 「菌」 としては自立できない生命体が 一部に Virus 機能を持っていて、その Virus 機能によって繁殖するのだろうか。それだと断定する血液検査の結果は、年明けまでわからないという。が、救急病院の医師は、「仮にそれだとしても」 効果があるはずだという抗生剤の点滴を、依頼通り指示した。

点滴したのは、基剤であるブドウ糖液と問題の抗生剤だけなので、まだセキと発熱は続く。症状は、依頼元医院の処方による服薬を続けよという。ふむ。

仔細に書いていれば (子育ての話は) キリがない。
ただ、「マイコプラズマ」 肺炎というのは、激烈な症状を伴わないが、しかし やたらに長引く 「カゼ、セキ: 肺炎」 症状をもたらすらしい。副院長の疑念または推理は、患者の父親にも納得がいく。一般的な抗生剤で充分なようだが、我が家では その子に 薬を 「飲ませる」 方法が問題だった。今日、思い出して、市販のカゼ薬なら子どもらは喜んで飲む 「シロップ剤」、そのコップで処方剤を 個別に、次々と飲ませる方法を 「開発」 した (はは)。これで成功。後は 母親が それを学習してくれるかどうか。時は年末、上の子は じじばばんち − おばちゃんたちがそこに来る − に行かせることにしたので、その間に下の子の処置と、母親の 「学習」 状態を観察することになる。

余談としては、血液検査による 「マイコプラズマ」 如何の結果は、年明けまでわからない。が、それ以外の血液分析値は、点滴が終わらないうちに出た。医者の世界の英文字略語は手に負えないが、白血球数が適切に増加している点だけは、よくわかった。ふむ、2才め、おまえさん、バイキンに対抗する それなりの抵抗力を備えているんだね。


(20031229-2) ピアノを弾く近所の母親 − 日記

驚いた。近所の 親しい一家のお母さんが、「発表会」 で 「ノクターン」 をやった、と、その息子 つまり うちの子の同級生が言った。「ノクターン」? そりゃショパンか。まさかと思って、CD を数枚 取り出し その子に聞かせた。3枚あったショパンのソロ曲集1枚目、宮沢明子の2曲め、「うん、これだ」。Nocturne E flat major. Op.9 No.1

驚いたなあ − 彼女がピアノを弾くとは知らなかった。でも、うちの子は知っていたという。たしかに、今年のサンタさんは うちの子に オルゴールの自作セットを持ってきてくれたので、その オルゴール曲の 「自作」 に、同級生の男の子は 「黒鍵はどうするのだ」 と聞いてきた。「黒鍵」? そりゃ、ピアノを弾く親でなければ、子どもに教える単語じゃないぞ。幸い オルゴール自作円盤の最外周には # キーがあるので、「そこにピンを入れるんだ。すると、その右上の黒鍵になる」 と教えることができた。

この一家とのつきあいは古い。このマンションが建った 11年前 ほぼ同時に入居し、階下での 「新左翼」 投打殺人事件、3Fからの母子投身心中事件なども、ともに経験しつつ、うちの子とその子は同じ幼稚園に通った。今も、同じ小学校の同じクラスだ。その間 あちらの父親の会社は資本関係が大きく移動しつつ転職を経験し、僕は一貫して自営業とはいえ 紆余曲折をくりかえしている。あちらの妹が生まれるとき、一家を産院に運んだのも 僕のマツダ・カペラの四駆だった。その 女の子が、この春には2年生。上の子らは、ともに4年生に上がる。あちらの上の子はサッカーばかりやっているのかと思ったら、「黒鍵」 なんて単語を発するのだ。

ひるがえって、「我が子」 ども。
上の子8才 (3月に9才、4月に4年生) は、通信簿の 「音楽」 の項に 「B」 をもらってきた。その下位項目には、「表現力」 その他があるが、「絶対音感」 はない。「絶対音感」 の判断には計測器が必要であるから当然のことであるのだが、僕の観察では 彼女の絶対音感レベルは高くない。父母による積極的な指導もないので、ばあちゃんの 「とんでもないオンチ」 と大きく変わるところがない。オルゴール自作セットでも、奇妙きてれつな音の連鎖で 「現代音楽」 みたいなのを作っているだけである。まして 「黒鍵」 などという単語も、「半音」 の意味を理解していないので 出て来ない。むしろ、ようやく音素の分離が形成されつつある2才半に、期待をしてみたいとも思うが、しかし芸術より科学を優先するのが この親でもある。

念のため、「音素の (例えば5母音の、言語によって3母音、7母音などの) 分離」と、「音程の (バッハ以来の) 分離」 とは、まったく別の問題である。世界的なオペラ歌手が後者に天才的能力を持っていても、前者は母語と英語・イタリア語の間で ごく素朴な (あいまいな) 認識しか持っていないことは、十分にありうることである。
余計な話だが、少なくとも6母音、子音は日本語より少なくとも 8種多い 朝鮮語の場合、子どもたちの音韻系の完成 (母語の正確な発音)は、6才か8才くらいまでかかるのだそうだ。いろんな世界が、ある。


(20031229-1) 長い休みの不安 − 日記

職場の同僚が、この前の夏に言っていたのだったか − うちのかあちゃん お料理へただから、(子どもたちの栄養状態が) 心配なんだよ。
いや、これは見事に僕の不安を代弁してくれるものだった。
説明すると、こうなる:
・夫は、弁当もって出社する習慣はない。しかも帰りは深夜が多い。
・子どもたちは学校なり保育園なりに行く。そこでは、栄養士が管理する給食がある
・この給食さえしっかり食えば、子どもたちの栄養状態は 最悪の状況だけは避けられるだろう。あとは 「朝メシ、しっかり食え」 とか、夕食の用意が手抜きなり、食うほうが さぼっていると思われる場合、おみやげにチョコレートなり、父親の酒のつまみのスルメだの何だの、そういう類を あえてつまみ食いさせておけば、補充にはなる。
学校が長い休みに入ると、その最低限の栄養摂取レベルに不安が生じるのだ。

事実、最近2才に見られた現象だが、「チョコレート・モンスター」 になっていた。『セサミ・ストリート』 の 「クッキー・モンスター」 みたいに、顔中チョコレートだらけにして 食っている。この年令の生存本能というべきか、からだが それを要求しているのだろう。この 「チョコレート・モンスター」 現象は、まじめで有能、始末屋で子どもの教育もしっかり (ムシ歯にさせない!よう) やっているお母さんの家庭を訪問した時にも、おみやげに チョコレートを持って行って、その結果として観察したことがある。この有能な母親のもとで そうなのだから、有能でない母親を持つ子たちは、案外 栄養失調に陥る危険を抱えているのではないか。俗に 「肥満」 児が問題になることがあるが、それも、あるいは半数は 「安いお菓子ばかり与えられて むくんでいるのだ」 と、かつて そういう子だったという お母さんから 聞いたことがある。安い駄菓子 数個分の値段で、100円のチョコレートは買えるのだが。

子どもたちが長い休みに入ると、その不安が毎年 浮かび上がる。まして今年の年末年始は父親の休みも長い (今度は 土曜から翌週日曜まで、まる9日間) ので、「我が家」 の食生活をつぶさに見ることになる。うーむ、座って しっかり食わない子どもたち、おもちゃも遊びも多すぎて、食事より買い食いに走る。外に連れ出したとき、しっかり座らざるを得ない外食をさせるのが安直な解決策だが、これをやっていると、いや、はや、カネのかかること。

休日には父親の外食費がかからないので、それだけ家計は好転しそうなものなのだが、さにあらず。かえって、子連れの出費は 父親の外食費を上回るし、時には母親をさしおいて 「今夜のおかず」 を買って帰る必要さえ生じる − 世の中、そんなもの、なのかもしれないが。


(20031226-1) 今年のサンタさん事情

かつて、「サンタさんは一生に一度だけ (4才児に) 実在する」 と書いたことがある。あの日、4才が昼寝している間に、宅急便の 「サンタさんより」 が届いた。これで 「子どもが眠っている間にサンタは来る」 ことが実証された。それをダメ押しするかのように、翌朝 4才は 本来のサンタさんからのプレゼント袋を発見した。

今年は その子が8才ともなると、宅急便のサンタさんは ついに Come Out した。おばあちゃんである。24日、まず会いたいし、プレゼントは持参したいという。が、その時間帯は父母とも不在。家族が揃う時間帯では、じいちゃんのカゼの具合がよろしくない。じいちゃん、宅急便で、翌日 夜9時着指定を手配した。しっかり届いた。あらら、2才のための 「ゲーム・ボーイ」? そりゃ無理。それはやはり、お姉ちゃんに取られてしまった。26日、ゲーム・ボーイは お姉ちゃんの公園仲間で使われている。結局、この宅配では お姉ちゃんに たくさんのプレゼント、弟には お菓子のブーツしか残らない結果になった。

一方、本来のサンタさんは、まだ Come Out して来ない。8才・3年生が父親に 「サンタさん、いるよね」 と確認を求めてきた以上、父親は否定することはできない。その直前の週末には 教会学校のクリスマス会があり、そこには本物のサンタと 赤い鼻のトナカイがいた。質疑応答があり、サンタ氏は マンションではベランダから侵入する; その案内をするのが赤い鼻のトナカイであることも 明らかにされていた。

24日の夜、父親の就寝時刻は (カレンダーの上で翌日) 午前3時。8才の起床時刻は午前7時ころと思われるが、8時には 自分あて および 弟あての サンタの巨大ブーツを すっかり むしり開けていた。この数時間の間に、サンタは来ている。

お姉ちゃん、さすがに 自分のものと 弟のものを入れ替え 錯取する意思は持たなかったようだが、品目数に不平を言った。サンタさんに出したメールの要求リストを越えた品目が並んでいるのだが、品目数は弟が多い:
8才、姉: オルゴール・セット、アイロンビーズ・セット、風船の地球儀、それにチョコ入りバス − 計4品目
2才、弟: トトロのぬいぐるみ、飛行機は 747、777 の2種、自動車1つ、クレヨンとノートのセット、それにチョコ入りミルク潅トラック − 計6品目
お姉ちゃんの風船の地球儀は、サンタさん、品目数あわせに使った疑いがある。それでも なお、「数」 は弟が多い。父親の値踏みでは、お姉ちゃんの2つのセットと、弟のトトロのぬいぐるみが高そうだ。

2才の子は、トトロのぬいぐるみより、それを刺激として むしろ DVD の 「トトロ!」 の要求が強くなった。747、777 の2機は小さく かつ 「フリクション」 なので、ごく自然に 「所有物リスト」 に含まれたらしい。が 「自動車、ぶーぶー」 を抱えて離さない。ポルシェ、「プル・バック」 型 全長 8cm。抱えて離さないが、やはり2才の知能では、これが 「プル・バック」 の動力を 持っていることは理解していないようで、ある。


(20031223-1) 1万5千円のデジカメ

はじめて買ったデジカメは、サン・ディエゴで US$100 だった。640 x 480 の画像。しかし光学系の品質がおそるべきものだったことと、シリアル回線での画像ダウンロードに半年かかったことなどで、「実用」 になる しろものではなかった。

その後、スキャナとカラー・プリンタの衝動買いに前後して、Olympusの 「130万画素」 を買った。これではじめて、僕の 「写真」 はパソコンとプリンタで実用化された。当時、たしか ¥4万の手前だったと思う。
それを、最近 2才になった下の子に触らせたら、たちまち故障した。要因は、「せり出すレンズ」 の光軸ずれ。修理は ¥14,000 の見積りが返ってきたので、キャンセルした。その値段なら、同レベルの新品が買える − と思ったが、場末のスーパーで ¥14,800 の 「200万画素」をみつけた。
その後、安売り店を数軒 見た。ふむ、最初の ¥14,800 が一番安い。経済事情から選択の余地はないので、再度 「場末」 のスーパーに行った。あらら、在庫処分といいながら、値段が上がってるじゃないの。¥15,000 ちょうど。余地なし。

FujiFilm ブランドの、made in China。このブランドが記録メディアを変更する前のモデルで、Olympus と同じ 「スマート・メディア」 を使う。これなら、「替えフィルム」 にあたるメディアの予備がある。面倒な設定は放置して、デフォルトで同じ解像度になっているので、ほぼ正確に 「代替」 になる。

しかし、いくつか 意外な差があった。
第1に 「Olumpus 130万画素」 は、「光3倍」 ズームが付いているにもかかわらず、あくまで 「固定焦点」 だった。FujiFilm は、なんと オート・フォーカスである。これは、はるかに 「高級」 な印象を与える。

第2に、フラッシュの能力。これは、盲点だった。Olympus に対して FujiFilm は、この到達距離 = 光量が半分もない。結果として、Fuji では わずかな撮影距離の差で 急速に画像が暗くなる。明るさは距離の2乗に反比例するが、その 「ある」 明るさ (暗さ) で、人間の感覚は 「突然」 暗くなったと感じる。いわゆる体感の上でのスレッシュ・ホールドだが、この 「暗くなる」 距離が、Fuji では 異常なほど近い。細かいことを言えば、ズームを使っている以上、フラッシュの光量と距離、その撮影範囲 (視角度) に応じて露出を調整するべきなのだが、FujiFilm の機械ではそれが省略されている − つまり ズームすれば露出を開く論理が動いていない − ようにしか、思えない。フラッシュについては、FujiFilm は 「まるでだめ」 である。もちろん、この値段のカメラに、外部シンクロ フラッシュのコネクタなどはない。

第3点は、電池の扱い。Olympus 130画素では、アルカリ電池1セットで メディアの 16MB をちょうど埋めきる程度だった、つまり1回の撮影場面について1セットの電池を消費した。このコスト・パーフォマンスの悪さを、Olympusさんは 次のモデルで解消したことを、僕は知っていた。だから、経済事情 (機械の値段) が許せば、次期モデルも Olympus で行くつもりだった。
一方、オート・フォーカスで高級そう、しかしフラッシュはまるでだめな FujiFilm さんは、ここでも 「在庫処理」 に会いそうな仕様で、充電式、しかもその充電には5時間もかかる。「急速充電」 には別売りの機械をお求めくださいと。電池自身も、リチウムではない 「放電ぐせ」 のつく (完全放電する前に充電すると、前の充電レベルで 「もう ないよ」 と言ってくる) タイプで、これでは救われない。たしかに、僕が店主でも 「在庫処分」 したくなりそうなものなのだ。
もっとも、「アルカリ電池は緊急用としてのみ御使用いただけます」 とあり、その場合は モニター画面も出ない、フラッシュも使えないと書いてはあるが、実際には出た。100円ショップのアルカリ電池でこれだけ使えるなら、ま、「緊急」 代替機としては、それでいいか。

フラッシュ光量が不足するのは仕様3mだが、実際には2mやや越えるあたりからである (ったくもう、常識外の能力であるぞ)。その距離を越えてズームすると、悲惨な暗さになる。これを救うのは、適当なソフトによる レタッチだろうが、面倒くさいので放置してある。


(20031222-1) 女の子がプラモデルに凝るなという法はない

実は、父親つまり僕による誘導は かなりある − 僕自身、過去 十年くらいの間に買いため遊ばせているプラモデルの箱が、十箱以上 押入れに積んである。その中には、例えばオリエント急行 機関車と客車2両のセット、シャトルを背に乗せたジャンボ、DC-10、YS-11、V-107 といった前世紀の遺物の中に、香港タクシーに改造するつもりだったクラウンがあった。何がきっかけだったのか、わからない。が、3年生の女の子が、これに興味を持った。「プラモデル」 を 「プラモ」 と略語で呼ぶことを知っているので、この学年になると、周囲の男の子たちはプラモデルを作りはじめているのだろう。事実、僕自身がハンダ付けを覚えたのは3年生の夏休みで、プラモデルのモーターへの配線が最初だった。ちょうど、3年生の理科では 「電気」 の教材の集金が来た。僕自身、そのころ、3色信号機を授業で組立て、一番で完成させて 「めでた めでたあーの」 と鼻歌を歌ったら、まわりは 「おいおい、まだ ちっとも めでたくない」 と、クラスの子から言われた記憶がある。

なぜ 「クラウン」 に興味を持ったのかは わからないが、じゃ、お前 組み立ててみるか、という話になった。ついては、モーター、付いているのかな? いない。じゃ、買いに行くか。ただ、この模型では やや複雑にすぎるように思われたので、「練習」 に もう少し簡単なのはないかと、模型屋さんに相談した。いっしょに連れて行った2才がうるさいので、父親は抱き上げて店の外に; 2才は ショー・ウィンドウの 「ぶーぶー」 を指差している。その間に、8才の姉は、ほえー、70年代のセリカ (Toyotaさんの) を選んできた; おうおう、接着剤不要、配線不要、ぱちんぱちんと はめて 組み立てるだけ。モーターは、このセリカも 香港タクシーにするつもりだったクラウンも 同じで、型名 FA130 という; つまりローター径が 13mm なのだろう。これが1個 ¥140 だというのには驚いた。40年前と、同じ値段ではないか。めでたくモーター2つ、セリカは ¥1,200。

午後6時に買ってきて、ニッパーで部品の切り離しを教え、一番 難しいはずのステアリング (左右輪の連動首振り) 部は多少 手伝った。その他、電池の接点金具とモーター端子の接触も、僕が手を出した。後は、「ぱちんぱちん」 では脱落してしまう部分には接着剤を使ったくらいで、おおむね8才は自力で完成させた。それが9時。

できてしまうと、今度は付属の 「水転写シール」 が やりたくなる。これもまた 40年前と まったく同じであることに驚いている。と同時に、色を塗りたい、ときた − あのな、この春 お前ちゃんの机 傷だらけだったから、その 「傷かくし」 に使った塗料、実はプラモデル用の塗料だったんだ。「シール」 がいろいろ付いているから、どこに何を貼ってもいいよ:
− そんなの、してもいいの?
− これは あなたの模型である。それをどう作ろうと、あなたの勝手である
塗料を塗るには、溶剤、塗料自体、それに刷毛、場合によってはスプレーと、けっこう面倒になる。だから、夜9時すぎ、そこまでは 「指導」 しなかった。が、3年生の女の子は言う:
− 模型って、ハマるねえ
勝手にしろ。
ただ、2才の好奇心は 「ぶーぶー」 に手がのびる。24時間後、仕事から帰ってみると、セリカは 2才の手に届かない レーザー・プリンタの上に倒立して置かれていた。これが、「お姉ちゃんの」 セリカを保護する母親の行為なのか、お姉ちゃん自身がそうしたのかは わからない。お姉ちゃんが本当にプラモデルに 「ハマる」 のかどうか、それもわからない。いずれにしても、8才から9才、この時期が 「プラモデル」 の組立てを覚える時期であることは、わかった。ついでに、2才児の 「ぶーぶー」 への関心、そのまたついでに 2才児の男の子が、「趣味の大人のプラモデルの飛行機の精密仕上げ作品」 に 「うおー!」 と声を上げることも、初めて観察することは できた。2才の子は飛行機に乗ったことはないが、僕自身 20代で初めて飛行機に乗る前、8才か9才で飛行機のプラモデルに 「凝って」 いたのは事実なのだ。


(20031221-1) 「『添付』 なら文字化けしない」 説と、その対策

下記 20031219-1 の多言語 Word ファイルの 「添付」 による年賀状は、「あるいは」 と危惧した通り、やはり 「文字化けして読めない」 という受信者がいたそうだ。知人から 「添付なら文字化けしない」 と教えられたという わが師は、それを信じてそうしたのだが − たしかに、日本語環境しか持たないが 「アレア」 の使える人には、ハングルの文書は 「アレア」 のファイルを添付すればよい。同様に、Word を持っている相手に Word の文書を 「添付」 で送れば、ほとんどの場合、同じ文面が読めるはずである。が、この場合、「文字化けする」 読者が出た。
とり急ぎ、発信者 つまり 師には、次のような内容のメールを送った。ほぼ全文の引用だが、一部個人名を含む部分を改変したので、正確な 「引用」 ではない。が、「読者」 に対する指示内容は 正確に同じである:
Subject: 添付 受取り側の文字化け対策

拝復、

「添付にすれば文字化けしない」 というのは、正確ではありません。「添付にすれば、正確に元通りの文書が送受信される」のです。

従って、添付した文書を相手が正確に読めるためには、
・相手も同じソフト(この場合 Word) を持っていること
・相手も同じ言語(文字セット)を持っていること
が、必要です。今度の年賀状の場合、
・相手も Word 2000 あたりの版を持っていること (Word 98 では、不明)
・相手も Windows 2000 あたりか それ以後であって、同じように 「すべての言語にチェック・マークをつけてある」 こと
これが揃わないと、相手側では 「未設定言語の部分」が 「化け」て見えます。
対策は、Windows なら 「コントロール・パネル」の
・Windows 2000 日本版なら 「地域のオプション」
・Windows XP 日本版なら 「地域と言語のオプション」
その中のさらに
・Windows 2000なら その「全般」タブ、その右下にある 「詳細」ボタン
・Windows XP なら その 「詳細設定」タブ
を開いて、「すべての言語について チェック・マークを付けてまわれ」 と指示してください。このチェック・マークをつけると、「Windowsの CD-ROMを入れよ」 と要求してきます。CD-ROMがないと問題解決できない点、注意です。
なお、Windows 98 には、これがありません。この版の Windowsでは、未知の言語については Microsoft の Webサイトから、1言語ずつダウンロードしなければなりませんでした。現在もそれがあるかどうかは、水野も知りません。

念のため、先生の機械は、Windows 2000 を最初に動かしたとき、片端からチェックしてしまったので、それと気付かないうちに CD-ROM (実は、先生の機械では ハードディスク上に隠されている CD-ROM イメージ) から Windowsに乗せられているのです。先生の Unicode によるキリル字 年表の一部が僕の機械で一部 化けるのも、このチェック付けが不足で、1つ1つ確認しつつ やっているので なかなか 「これだ」 と特定できない − それで手間取っているだけ。いっそのこと 「全部まとめて、片端から」 チェックを付けてしまうのが、よろしいです。

・・・という旨、「文字化け」を訴えてきた相手には、お伝えください。相手が日本語を読めれば、このメールをそのまま転送なさってもかまいません。
つまり、Word というソフトは Windowsという OS の 「言語」 (実は文字系) にまったく依存していて、その Windows側の設定によって ある 「言語」 (の文字) が出たり 出なかったりする。細かいことを言えば、Microsoftさんのきまぐれで、Windows 2000 と XP の間でフォント姿 (いわゆる グリフ) が異なっていたり、フォント名そのものが変化していたり、Windows 2000 にはあったものが XP では消えている?ものが、あるそうである。その意味で、Microsoftさんは、まったく信頼するに値しない; つまり、Word で書いた 「多言語」 文書は、将来的に 「でたらめ」 になる可能性が、ある。

それを救うのは、おそらく PDF である。PDF とは、これも営利ソフト企業である Abobe という会社の、文書形式を表す言葉だが、これを 「読む」 ソフトは無料、「作る」 ソフトは有料 (かなり高い) である。この PDF には、「作る」 とき 「文書ファイル自身の中にフォントを抱えてしまう」 機能がある。これをしてしまえば、「読む」 側で文字化けのおそれは ない。かつ、Microsoft Windows に依存するのではないので、汎用性は より高い。ただし、文書ごとにフォントを抱えれば 必然的にファイルは 「やたらに大きくなる」 ことになる。が 一般論として、無意味に (そんな気がする) 巨大な DOC ファイルを作る Microsoft Word と、「フォントまで抱えている」 PDF ファイルとで、そう大きな ちがいは ないような気もする。ただし PDF ファイルの作成には 「作る」 ための別ソフトが必要な点、その扱いが けっこう難しいらしい点 − 特に、文書自体を 「絵」 とみなした場合の解像度や 「色の深さ」 など、これを誤ると数十ページの文書の印刷に1時間もかかる、そんなケースに最近 出あった − などが、問題にはなる。

Word ではなく PDF で文書を配布する場合の 「主たる目的」 は、しばしば 「読者に勝手に改変されては困る」 点にある。普通の読者は、PDF を 「読む」 ことはできるが、「書く」 ことはできない (Wordでは、読者の意図しない間にファイルが 「更新」 されることさえある。まして、誤って数行消してしまい、そのまま セーブされたら アウト)。だから、大手の IC チップのマニュアルなどは、過去十年の間に 「ほぼ すべて」 PDF に統一された。Windows 以外の OS のマニュアル類も、「ほとんど例外なく」 「PDF、さもなければ HTML」 になってきた。

話は横すべりしたが、Windows と Word は 「一心同体」 である。Word の多言語文書が読めるかどうかは、Windows 側の設定で決まる。Wordの文書は、もらった側は勝手に改変できる、または意図せず壊すことがあるが、PDF あるいは HTML なら 「読む」 ことと 「書く」 ことは別なので、「意図しない改変」 のおそれはない。この話題には いろんな派生事項があるので、いずれ ゆっくり 書くつもり。


(20031219-1) 話題の(?) 恩師の年賀状

問題の古い恩師から、いつもとちがうメールが届いた。開けてみると、おいおい、こんな Word のファイルが入っている。右の図では 画像化して 縮小してある。この絵には6行しか取っていないが、おどろかれよ、これ以下 延々と、総 29 の言語による 「新年の挨拶」 が並んでいる。もちろん その中にはペルシャ語も英・独・仏・露・ウクライナ・トルコ・イタリア・スペイン・・・ が含まれている。僕の思いつくもので ないのは スウェーデン、フィンランドにモンゴル旧文字、中国簡体字くらいか。この絵では つぶれてしまったが、それが何語であるかは、右端に エスペラントで示されている。

いったい何人にこれを送ったのだろうかと思った; あて先は、「なし」 である。つまり、BCC で複数人に、受信者名を明かさず ( = 受信者のプライバシーに関わるから) 複数送信なさったのだ。先生、いつの間に そんなの、覚えられたのですか。

前世紀のそのまた前世紀のころ、現在の 「言語学」 は 「博言学」 と呼ばれた時代がある。「たくさんの種類の言葉」 を 「博学」 の極みで 羅列、記憶するものが Linguist だと考えられて作られた訳語であった − にちがいない。事実、今でも 「一般人」 の認識する 「言語学」 とは、「いろんな言語をよく知ること」、つまり 「たくさんの言語を羅列する学問」 みたいなもの、かもしれない。「一般人」 に限らず、実際問題 大学で 「言語学」 を教える教員は、最低でも5つ、ないしは 10くらいの言語は経験しているものだ。そのくらいの数をこなさないと、研究者自身、「主専攻とする言語の ある現象が (世界の中で) 特殊なものであるかどうか」 がわからない (はずだ) し、その訓練に耐えられない者は 「研究者」 にはなれないことになる。

ただし、俗に言う: 「外国語は、3つまで習うと あとは類推で4つでも5つでも どうにでもなるものだ」 と。「俗に言う」 というのは、僕が通った高校は そのテの 「学者にはなれなかったので、田舎に帰って教師になった」 教師がごろごろいた学校だったから、そいつら (いや、失礼) が言っていた、という意味である。

僕自身は − 満足にしゃべれるのは 朝鮮語と、やや落ちる英語くらいか。「習った」 だけで身につかなかったのを羅列すれば、エスペラント、フランス、ドイツ、ロシア、中国(北京)。これらのうち、「辞書があれば読める」 のは前3つ、ロシア語はキリル字の処理で最近は記憶が戻りつつあるが、それは 「文字」 だけで、文法を習うまでに届いていない。この他に、配偶者の母語 香港広東語があるが、これは身近にすぎて 罵声や叱り言葉を 「オト」 として理解しているにすぎない。香港では、日本に留学していた妻の親族と、英語を解するその周辺に頼ることになる。余計な話としては、コンピュータ市場で・だけ・は、英語がほぼ完全に通用する; この現象は、台湾でも同様であるそうだ。


(20031218-1) 「トトロ」 の 「ロ」 を発音できる子どもは少ないか

おどろいたことに、こんなバカ話に 音声学と得意とする恩師のメールをいただいた。

[XoXoRo][X] が あいまいである点は自然なこととしても (それは 「閉鎖音ではなくて一種の破擦音ではなかろうか」 と、師はおっしゃる)、[R] が流音だというのは驚きであると、先生は おっしゃる。事実、先生は旧ソ連圏の在現地朝鮮人の子どもの発音を観察されていて、英文字でいえば L、R とも、幼い子どもの発音では (日本語でいう) 「や」行の発音で幼児言葉を発していたという。同様に韓国の子どもたちも、幼時には 「ハナ,トゥイ,セー,ネー」 と発話するという。

これと酷似するものが アメリカの幼児にも観察されることは、一応よく知られた現象である。right 「右」 が発音できないのが アメリカ人幼児に共通する現象だそうで、この場合 「ライト」 ではない 「ワイト」 になるという。同じ発音を持つ write も、馬や自転車に 「乗る ride」 も、幼児語では みんな [w] で置き換えられるらしい。幼児語というのは、この いかにも 「可愛らしい」 発話障害をさし、それが (あるいは) 親の愛情を促進する面を持っているとも思う。日本語で言えば 「もうすぐ生まれて来るんです」 が、観念の上の幼児語では 「もうチュグうまれてくるんでチュ」 になるのと同様に、あくまで 「観念の上での」 幼児語は − あるいは大人の 「観念」 の産物で、この年代には こうした発話障害があるべきで、そのことによって幼児は幼児としての愛情を受ける、そんなメカニズムが働いているのではないかとさえ、思う。

うちの2才の子が 「トトロ」 を [XoXoRo] と発話した点、特にその [Ro][R] が流音 (具体的には 英語でいう R/L) だったという僕自身の観察は再度検証を要するが、しかし再度の観察でも おそらく同じだろうと思う。日本の幼児の発話に、「ら」行の障害は 見た (観察した) ことがない。逆に 「な」行を 「ら」行に発話する子がときおり発見されるが (「危ない!」 を 「あぶらい!」 と発話する子がいる)、これは、実は 僕自身の配偶者、香港ネイティブの広東語話者と、まったく同じ現象である。おそらく、仮に偶然の一致でなければ、「危ない!」 を 「あぶらい!」 と発話する子は 中国南方系の影響下にある子だろう。

あと1点。
恩師が観察した旧ソ連圏の在現地朝鮮人の幼児が [r/l] を [j] (「や」行) で発話する例は、師の例示はすべて語頭だった。アメリカ人幼児の right 「ワイト」 も、語頭である。「ハナ,トゥイ」 は語頭ではないが、この場合は音節末、母音を伴わない単独の [l] である。
「トトロ」 の 「ロ」 は、それらと異なる。前後に母音がある場合、日本語環境の幼児には、/R/ の発話は案外 簡単なのではなかろうか。そもそも語頭の 「ら」行は、朝鮮語と同様、日本語にも 原則的には 「ない」。
逆に、「危ない」 を 「あぶらい」 と発話する子は、別の観察 つまり言語環境を調査する必要があるような気がする。


(20031217-1) 「猫バス」 の足は 12本である

2才の子が 「千と千尋」 ばかり見ているので、先月、商品券の残ったので 「トトロ」 の DVD を買った。幸い、2才は 「トトロ」 に興味を示す。今日は、おねえちゃんが昔 完成させた トトロのジグソー・パズルを発見して、おぼつかない発音で [XoXoRo] ! と叫んでみせた。言語獲得の過程で 発音に やや遅滞が見られたこの子も、母音だけは明瞭に発話する。子音は、[XoXoRo] の [X] は、実は [t] のようでもあり [d] のようでも、[k] のようでも [g] のようでもあり、まだゴリラの発話みたいだが、[Ro] については [R] は明瞭に流音である。もちろん 音素に分離された 日本語・大人の 「ら行」 には遠いが、流音であることだけは まちがいがない。
最近、おねえちゃんが2才のころのビデオをパソコンに取り込みつつあるが、これを見る (聞く) と、おねえちゃんの2才の発音も、たしかに 「子音」 は不安定である。5母音は、おねえちゃんは3才で完成した。ひょっとすると、これは子どもの性別による 「一見 遅滞」 にすぎなくて、2才の男の子の言語獲得過程は、これはこれで 「まったく正常」 なのかもしれない。少なくとも、2才4ヶ月で、父母姉の発話を復唱しようとする努力が 明瞭に見えてきた。

去年のサンタさんは 1才児に猫バスのミニチュアを持ってきてくれたが、これは当人の興味を引かなかった; 映画の 「トトロ」 を見ていないのだから、興味を示すはずがない。去年のサンタさんは 全般にピンボケで、わんちゃんのぬいぐるみも おねえちゃんに取られてしまったし、ハンドルと前輪が連動する 過度に精密な自動車のおもちゃを1才児に持ってきたりで、それも たちまち壊れてしまった。これではあんまりかわいそうなので、数日後 父親と当時7才が相談、代りに 壊れないブリキの自動車を買って与えた経緯がある。

今年のサンタさんへの要求は、8才にまず求め、ついでに2才のものも この8才と父親とで要求リストを決定した。8才には2週間ほど猶予を与え、先週末 最後の詰め、また一日 猶予期間をおいたうえで、日曜夜にサンタさんあてメールを出した。だから今年の要求リストは万全 − のはずである。あとは、実在することはわかっているが 所在は不明のサンタさんの、財力、あるいは 現在の8才が数年前に推定した 「サンタさん、自分で作るんだよ」 が本当なら、その製造製作能力の問題である。

ところで、「トトロ」 に出て来る 「猫バス」 の、正確な 「足」 の数をご存知だろうか。DVD で要所要所を キャプチャしてみたところ、場面によって異なるようなミスはない; 正確に、どれも左右6本ずつ、合計 12本である。
12本すべてが明瞭に描かれているのは、とうもろこしを抱えて道に迷い 「おねえちゃーん!」 と泣いている めい の上に舞い降りる、さつき を乗せたそれを、下から描写する場面 (下から撮影した・構図) で、ある。この瞬間、猫バスの生物学的?な全容が示される。その他の場面では、その さつきを乗せた猫バスの左側面の描写が、美しく 「片側6本足」。それから、初めて猫バスが登場するバス停で、バス停をわずかに通り過ぎて停止した 「猫」 が数歩バックして定位置に戻る場面でも、よく見ると 「右側6本」 のようである。めい を求めて高圧線の上をひた走る猫は、前足1対で駆けているように見え、左右4本ずつの足が外を向いて遊んでいる; そこで8才は、「前足だけでよく走れるねえ!」 と疑問を発したのだが、結論的には その場面の猫は、最前部の1対、最後部の1対、つまり4本足で走っているのだった。この前後端の各1対が、タコやイカの長い 1対の 「腕」 に対応するようにも思われる。

かくして、「猫バスの足は何本か」 という 父と娘の課題または論争は、それらのキャプチャ場面をプリンタに出し、足に番号を振った父の活動で決着を見た。娘は3年生、昆虫の足は6本、クモの足は8本であることを、学校で習ったばかりである。

ところで、どなたか 「走る」 猫バスのおもちゃをご存知ないか? 理想的には、はずみ車 (最近の用語では 「フリクション」) で、ブリキの、左右6本の足を動かしながら走るのがよい。次善の 「理想」 としては、最近は主流の 「プル・バック」 つまり 「チョロキュー」 の、「後向きに押す、それでゼンマイが巻かれて、手を離すとビューンと走り出す」 ものだが、これは2才の知能では理解できないことがわかっている。最近は飛行機のおもちゃも 「プル・バック」 が多くて、サンタさんにも頼みにくくて困る。願わくばサンタさん、あるいはそこへの卸元業者さん、単純な 「はずみ車」 型 の飛行機、ついでに猫バスを作ってくれないか − 実は、「はずみ車」 型のヘリコプターを見つけたので、サンタさん以前に父親がそれを2才に与えたばかりだ。


(20031209-1) 西洋語(?)の 「いろは歌」

ご存知かと思うのは、Windowsの 「フォント」 の見本にこれが出て来るからである。
Windowsの 「コントロール・パネル」 にある 「フォント」。これをクリックすると フォント一覧が出てくるが、その1つをクリックすると、英語系フォントの場合、次の 「文」 を そのフォントで、いろんな大きさで表示してくる:
The quick brown fox jumps over a lazy dog. 1234567890
つまり、「この文には、すべての英文字が少なくとも1度は出て来る」 決まり文句で、この種のものは たしか もう1種類あったと思う。 さて これを、原則的な 「ロシア語のローマ字転写」 とみなして ロシア文字、つまり現代ロシアのキリル文字に映してみると、こうなる。ただし h, q, w は該当するロシア=キリル字がないので、英文字のまま残す:
h q w . 1234567890
ただし僕の CGI では、最初の実装から (恩師の) ウズベク語が考慮されることになった。だから、実は 「該当するキリル字がない」 のは w だけになる:
w . 1234567890
なお、英文字の Ja, Ju, Jo, Je (Ya, Yu, Yo, Ye), , , となるが、単独の J、単独の Y である。これは 「最長一致」 を優先し、それでまずいときは ハングルのローマ字と同様、適当な位置に (ローマ字側に) 区切り記号を入れる。数年前 ハングルのローマ字からの復元には詳細な仕様書を1ヶ月かけて作成したが、今度のキリル字については 「最長一致」 ですませてしまった。
この他、上の jumps となっている; これは 上の 「最長一致」 でも解決できない、つまり jumps のままだと (1) になってしまうので、ここだけは (内部的に) ローマ字表現を zhumps、つまり zh に書き換えて (2) を生成している:
(1)
(2)
中学生のときだったか、高校生だったか、当時 僕は静岡県にいた。そのとき、名古屋の航空ショーに行ったことがある。バスの上を、大型のヘリが通過して行った; マニアばかりのバスなので、ヘリの腹に大書されている を見て、「あれはソ連のだ。シー・シー・シー・ピーと書いてある」 と、誰かが言った ・・・ 「シー・シー・シー・ピー」 じゃないのよ、あれは 「エス・エス・エス・エル」 と読むの。「エル」 は L / R / の場合がある。
こうしてみると、僕は けっこう 言語マニアだったのかもしれない。

なお、The quick brown fox jumps over a lazy dog に当たるような (つまり その文の中にすべての文字が含まれるような) ロシア語の文が存在しないかと 恩師に聞いてみたのだが、答えは うーむ、「考えてみます」。つまり、ロシア語 またはキリル字の文化の中には、そういう遊びは ない、らしい。ロシアの 「小話」 は有名だが、「文字」 で遊ぶ伝統はない、のだろうと思う。

日本語には 「いろは」 がある。朝鮮語では − 文字数が多すぎるので不可能。ある 「限定した」 文字セットに限れば、中華周辺では 「千字文」 がある。


(20031208-1) キリル文字

「キリル文字」 という言葉をご存知だろうか。英語では Cyril と綴るので 「シリル」 と読む人はいるかもしれない。そのあたりは China を 「チャイナ」 と読むか 「シナ」 と読むか、くらいの差だろう。

遠い昔のことだが、朝鮮語学科の学生だったころ、小説を訳した。その解説に、「遠い昔」 とはいえ戦後のことだから、「朝鮮」 と 「韓国」 という用語の問題を説明せざるを得なかった: 「ここで 「朝鮮」 とは Korea / の意味であり朝鮮半島全域をさす」 と。

当時の小規模出版は、和文タイプだった。つまりある限られた数の活字を並べた盤面上にアームを移動させ、そのアームが活字 (鉛活字) を拾って ガッチャンと紙に、インク・リボンをはさんで衝突する (だから和文 「タイプ」 と呼ぶ)。紙には、英文タイプ・ライターと同様にリボンのインクが残る。これが写真フィルムに写されオフセット印刷にまわったところは、当時の先端技術だったろう。1970年代の前半である。

が、写真フィルム -> オフセット原版、つまり 「写植」 の原形がそこにあったとはいえ、最初の 「植字」 は 「和文タイプ」 にすぎない。和文タイプに 「ロシア文字」 または 「キリル文字」 はなかった。僕の原稿で 「ロシア字」 の は、ゲラでは空白になってきたのだったか、英文字の R になってきたのだったか − もう覚えていない。いずれにしても、「これは無理な要求である」 と 「悟った」。

それから 30年ほど経過した。
過去数年の間に、Unicode による 「多言語混在」 が Web上では可能になった。ただし − それは それなりの 「準備」 をしないといけない、ことがある。例えば、「ロシア語」 にはない という文字、 (この2文字には右足がある; ロシア文字の , の関係) が Unicode で書かれている場合、あなたの機械、あなたのブラウザで表示できるだろうか? だから、僕は今でも − 現時点では − これらの表示を 「画像」 に頼る。「画像」 である限り、1990年代のブラウザでも、必ず 「何の設定もすることなく」 「どんな文字でも表示できる」 から。

念のため、Korea は朝鮮語では と読み、 「カレヤ」 である。
(ったく、余計な知識で、何を遊んでいるのだか。しかし、「世界中のどんな言語も表示できる」 Unicode のパラダイム、その理想は美しいが、少なくとも Windows、それから Windowsや Macに限らず、HTML というコンピュータ言語の中では、今も 「何もしなくても必ず出る (見える、読める)」 保証が ない。この保証がない限り、僕は それを 「画像」 として表示せざるを得ないと考えている)

余計なことだが、この記事には 日本語、英語、朝鮮語、ロシア語、ウズベク語 ( )の文字、つまり 5言語が混在していることに注目されたい。もっとも、日本語と英語以外は全部 「画像」 だから、まったく 当たり前なのだが、しかし Unicode では パソコンの 「設定」 によって出たり出なかったりする。そこが、問題になる ・・・ 僕自身のパソコンでも、ウズベクはフォント姿が美しくなかったり、ロシア周辺の文字では絶望的に 「見えない」 トーフが出たりする。確実な表示のためには、当面は まだ 「画像化」 の余地 大であると、僕は思う。


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