Ken Mizunoのタバコのけむり?

Hangeul-Lab Ayase, Tokyo
Ken Mizuno

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(20030212-1) 半角 ~ (日本語で俗に 「チルダ」) のキーはどこにあるか

この種の 「どこにあるの」キーには、もう1つ "_" (半角の下線、underbar または underscore) がある。が、この "_" の キーは、日本語 IBMキーボードにもある (位置は、たしか 「ろ」 のシフト位置。わたしゃ英文キーボードなので、「あなたの」キーボードをご覧ください)。

日本語 IBMキーボードでもう1つ紛らわしいのは、機械によっては 「へ」 のシフト位置にあるかもしれない 「上付き 横線」( - upperbar または upperscore) で、これは、実は 「機能しない」機械が多い。
この upperbar は、歴史的に ~ 「チルダ tilde」の 「異体字」だったか、あるいは _ underbar の異体字だったか。つまり、文字コード表の上では _ underbar あるいは ~ tilde と同じ値を持つ文字で、「その機械」 つまり 「実装」によって 「どちらの絵 (字体)が出てもよい」ものだった。つまり、3つの文字種に対して文字コードは2つしか存在しないので、この3つが 「3つとも全部出る」機械は存在しない。ここまでまとめ:
名前(呼び方) 姿 注記
tilde ~ 現在はこれで統一された
underbar _ 現在はこれで統一された
upperbar _ あるいは ~ あるいは -  (今では出るはずのない - が、なぜここには出るのでしょう?)
ところで、ここから本題。
・Windowsで、
・日本語キーボードで
・「IME韓国語」を使ってハングルまたは英文を入力するとき、
半角 ~ のキーはどこにあるでしょう?
例えば、韓国の知人に自分のホームページのアドレスを伝えたいのだが、他の窓 (ブラウザなど) から 「切り貼り」・「貼り付け」 せずに、「IME韓国語」のまま、キーボードから http://www.han-lab.gr.jp/~mizuno などと入力したい。さて、どこでしょう。「日本語」キーボードには、この記号があったりなかったり いろいろですが、あっても、そのキーを押すと、「IME韓国語」の動作中は別の字が出ます。例えば 「0」の上に ~ が刻印してあるキーボードでは " ) " (半角とじカッコ)が出ますね。
ヒント: 「英文キーボード」で (Windowsで) 日本語入力をしたことのある人は、必ず気がついている。日本語キーボードという機械の、プラスチックのキー・トップに刻印された日本語にだまされてはいけません。


(20030211-1) 今日の日記: また警察、つまり弁護士会からの呼び出し

弁護士会からの呼び出しには、時間軸の上でおそろしく ばらつきがある。半年 呼び出しがなかったと思うと、ある日から週2回も3回も電話があることがある。
現場の弁護士たちの話によれば、警察も 「計画的に」 取り締まりをするので − つまり、ある時期にはイラン人を重点的に、ある時期には中国人を、ある時期には韓国人・朝鮮人を対象に 「計画的に」 ガサ入れするから、「N国人」が 特定の時期に集中するのだという。「イラン」の場合はペルシャ語で、この言語の通訳の数は極端に限られる。しかしそれが集中したのも数年前のことで、今はどうなっているのかは知らない。朝鮮・韓国がらみでは、先週以来、僕への呼び出しはこれで3度めだ。

相変わらず、被疑者を特定ないし推定できる 「かもしれない」ので、具体的な話は書けない。が、そこから連想した、うちのかあちゃんの話は書いてもいいだろう。

昔、結婚していくらもたたないころ、彼女が、当時 流行(?)だった 「偽造 (再生、変造)テレフォン・カード」を持っているのを発見したことがある。僕は、あわて、怒鳴りつけた: こんなものを持っていて、警察官に所持品調査されたらどうするつもりだと。その場でカードは処分した。

仮に − その時 「カード」変造チームが摘発されたとする。そのチームには、香港出身者が含まれていたとする。その人物は、何人か、東京在住の同じ香港出身者の名前を記憶していたとする。その中には、違法滞在者も合法滞在者もいる。違法滞在者については、名前がわかっても偽名かもしれないし、正確な住所もわからない。しかし合法滞在者は、名前とラフな住所がわかれば、外国人登録から発見できる。「合法」滞在者は その意味で 「即」 割り出され、調べが来るだろう。ガサ入れされた当人にしてみれば、「俺だけが捕まるのはごめんだ」、人身御供に知人の名前を吐くにちがいない。結果として、被害は合法滞在者に 「のみ」 及ぶ。もし あのとき そういう流れの中にあれば、彼女もまた 「10日 (または延長して 20日)」のブタ箱入りを、避けられなかったかもしれない。今、それから 10年を経過したかどうか、微妙な線上だ。

そんな連想をさせる例だった。当番弁護士を派遣する 「弁護士センター」からの呼び出しで、「違法在留」でなかったケースは いくつもない。このケースは、久しぶりに完全な合法滞在者で、だからこそ身元を割り出され拘束された例だった。

「外国人」は、どこの国でも まず監視下に置かれることを免れない。しかも、合法的にビザを得、外国人登録をすることによってこそ、その 「監視」は やりやすくなる。その目的で、「外国人登録」制度が存在するのだ。日本人配偶者を持つ合法滞在者という意味で、今日の被疑者と うちのかあちゃんの間には 何のちがいもない。要するに 「外国人」は常に監視の対象になり、合法・違法を含めたたくさんの・ささやかな生活への努力が、ある機会に破られて行く。そのとき、がさ入れの直接の対象はともかくとして、その余波で 「被害」を受けるのはまず 「合法」滞在者であること ・・・ とても考えさせられる例だった。

当番弁護士は、まず被疑者の配偶者と話をし、弁護士費用の補助制度を使って、このまま被疑者の弁護人選任を受けるつもりのようである。その意味、幸いだった。「当番」に当たっても、事件を避けたがる弁護士と、あえて関与しようとする弁護士とがいる。ここ2回とも、弁護士は被疑者に好意的な態度を示している。


(20030210-2) 今日の日記 (2) 「ハリー・ポッター」

「ハリー」第4巻の 「説明」と 「描写」のちがい、原文を引用してみたいのだが、作者の単語使いがなかなか面倒。一般に言われる通り、たしかに 「見慣れない」単語が多いので、一人で調べて 「仮訳」を付けるのが負担になってきた。訳本を買ってくれば (訳者が調べてくれているので) よいのだが、それも面倒。今は宙吊りにしておく。

同じ巻の中で、単語は僕も調べなければわからないものがあるが、「機械翻訳では必ず誤訳する、しかし人間なら受験生でも決して誤読しない」だろう文例は、次のものである。文脈は、ハリーを迎えに行ったロン一家の双子の兄が、食いしんぼのダドリーに 「舌べらだらーん」ケーキ(?)を与えて、親にしかられる場面、その双子の言い訳である:
    'We didn't give it to him because he was a Muggle!' said Fred indignantly.
    'No, we gave it to him because he's a great bullying git,' said George. 'Isn't he, Harry?'
     ("HARRY POTTER and the Goblet of Fire", pp.50-51,
      Bloomsbury, 2000, London, ISBN 0 7475 5099 9, PaperBack), 太字は水野
(大意)「あいつにやったのは、あいつがマグルだからじゃないんだ!」と、フレッドが言った。
「そうだよ。あいつが特別にいやしい食いしんぼだから、やったんだ。なあ、ハリー」と、ジョージが言った。
"No" を 「そうだよ」と訳すのは、映画の字幕でもご存知の技巧だが、問題はそれではない。言語論の教科書の中でも (統語論に含まれるのかな)有名な問題:
    I didn't marry to him because he was rich.
「私」は、「彼が金持ちだから」 − 「結婚した」のか 「結婚しなかった」のか
これを正しく訳せる 「機械翻訳」は、はたして存在するや否や。これを訳すためには、「文脈」情報が必要になる。「文脈」情報をどんなアルゴリズムで、どのような形態で蓄えるのか、またその文脈が与えられていないとき、「肯定・否定」 正反対の解釈が可能な場合 ( n't = not の not は 「なに」を否定しているのか)に、「翻訳ソフト」はどう振舞うべきか、という問題である。受験生たちは人間だから、必ず − 少なくとも 「ハリー」の原文には正答を出すだろうけど、しかし、これに適切な回答を出すソフトが出て来ない間は、僕は 「翻訳ソフト」を信用しない。


(20030210-1) 今日の日記 (1) System Commander

韓国版 Windowsでないとインストールできない 韓国版 最新 「アレア」のために、「OS切替起動」をするためのソフト System Commanderの話、承前。

とりあえず、ソフトの日本版は、日本版 Windowsの上にインストールする。つまり、これも 「日本版」はインストール自体が日本版 Windowsでないと文字化けする。これが完了すると、リセット後はまず 「日本版 Windows」というメニュー1つだけが出るようになる (細かく言うと、「フロッピーから起動」というメニューも出るが、これは消してしまう)。インストールには 「日本版」 Windowsが必要だが、インストール後は 「Windows起動以前に動作する」ソフトなので (おわかりだろうか、頭の体操)、ここからは全面英文の世界になる。

さて、では、多少ソフトの中身をさわってみようか ・・・ と思ったら、あっらら、マウスが動かない。触れ込みでは USBマウスはだめだと書いてあるので、文句は言えないようになっている。ま、マウスは動かなくても、このソフトはかつて Alt+ で操作できたから、問題なかろうと予想した。設定メニューもそれで出るので。
ところが、くそったれ (と、言う。下品でも何でもけっこう)、Alt+ キーで設定メニューに入ってからは、マウスがないとどうにもならない。メニューの中には入れるが、一切の設定変更ができないのだ。人をバカにしてやがる。「人を喰った」と言い換えてもいい。そもそも、「マウスなし」を検出している (触れ込み通り)ので、次から PS/2マウスで行くつもりでも、変えられない。試しに、PS/2マウスに差し替えて再度リセットしてみたが、「既にマウスなし検出ずみ」なので、やっぱり動かない。こういうのを、「バカ」とも 「あほ」とも言う。
結論的には、仕方がない、唯一動く日本版 Windowsに上げて、そこから、さっきのインストールを 「完全アンインストール」。リセット数回でその痕跡をクリアした後に、今度は PS/2マウス付きの Windowsから 再度インストール。やっとマウスが動いた。
ここまで、2時間以上を消費している。くたびれたぞ。
このソフトの最新版、つまり、最近のパソコンで 「各国版 Windowsの切替起動」に注目している (僕の作業の成り行きを待っている)人は、数人いる。残念だが、やはり こいつは、しょっぱなから お勧めするわけにいかない。いまどき 「USBマウス」がだめなんて、およそ時代錯誤なのだ。

この他にも、この種のソフトは 「語の全き意味における」 特殊なソフトなので、他のいろんなものと干渉しあう。典型的なものとして、「ウィルス駆除ソフト」 がある。Windowsが立ち上がる以前、ハード・ディスクの最初のとっかかり (MBR) から、この2者は互いに矛盾する操作をやろうとする。一方を乗せると他方が不平を言うならともかく、最悪の場合、機械自体が動かなくなる。そういう前提の上でなら、「あなた」にも勧めてよいかと思っていたのだが、そんな高級な議論以前に 「USBマウス」も動かない、使えない、使いものにならないソフトでは、残念だけど、もう 「他人には勧めない」結論は確定である。

それでも、今 私はそれを必要としている。USBマウスは (実はトラック・ボールだが) USB-PS/2 変換コネクタでよい。「ウィルス駆除ソフト」は、わたしは使う意志と予定がありません。その上で、まあいい。今日はくたびれたので、もう終わり。この上に (隣のパーティションに) 韓国版 Windows XPを乗せるには、まだいくつも面倒な問題がある − やはり、こんなもの、他人には勧められない。何よりも、「パソコン」には素人であっても 「コンピュータ」そのものにはプロである僕が、これだけ神経を使うソフトなんて、そう多くはない。


(20030209-2) 「ハリー・ポッター」 2題

友人から、いきなり携帯に電話が来た。韓国の空港で借りただろう携帯で、書店の店頭から僕の携帯に直通電話。

「ハリ・ポタ」の韓国版の本は、第1巻から上下2冊、第4巻に至っては4分冊になっているぞと。それは、わかってる。でも、「紙の本はいらない」。経験的に、A語をB語に翻訳した本を、C語の話者が読んでも、死ぬほど読みにくいのだ。特に韓国の場合、翻訳本は (僕には)死ぬほど読みにくいという経験を 「積んできた」。一時は 日本と韓国で出ている訳文を対照してみようかと思ったことがないではないが、それは 「やめ」という結論を出してある。

それより、DVDを買ってくれ。香港で買ったのは、中国語と広東語が入っていたが、朝鮮語がなかった。ハーマイオンの朝鮮語は、今でも聞きたい。そう伝えた。彼、そうしてくれるだろう。うふふ、これで、「魔法使いの石」とスネープの関係を議論する、第1作 後半の場面で、彼らが朝鮮語で議論するのが聞けるだろう。

「ハリー」 第4巻の原文はまだ電車の行き帰りに読んでいるが、「事実上の1人称」がほとんど出て来ない。作者の再婚後の執筆なので、心理的な安定が伴っている?のか、読者をどこまでも 「舞台回し」型の説明、シナリオ型の文面で連れて行く。具体的には、クィディッチ・ワールドカップの見物に出かけた一行のキャンプ地まで。

その中で、2点。1つは、機械翻訳にかけると確実に誤訳する (しかし人間なら受験生でも読み間違えない) 文例を1つ、もう1つは、「事実上の1人称」が出て来ない 「この」巻のこの部分の 「舞台回し」型の説明の中に、「それがなぜ 『描写』になっていないか」 という、説明には絶好の例が出てきた。
が、今夜は疲れたので、また明日以後に。


(20030209-1) 日記: 接見

で、留置場の被疑者に弁護士が会うのを 「接見」という。

前にどこかで書いたが、警察官が 「よそ者」相手に敬語を使うのは、だいたい弁護士相手のときぐらい − 警察官が相手を 「先生」と呼び、丁寧な敬語に 礼儀正しい態度を取るのは、弁護士くらいのものである。僕は、失礼ながら 「警察官」一般が 「敬語」を知っているとは、弁護士に同行するまで知らなかった。後に聞くと、「弁護士」は 「裁判官」、「検察官」と同じ (司法試験合格者という)身分なので、階級社会である警察の中では、当然 高い待遇を受けるのだろうという。

話の性格上、「どこ」とも書けないし、被疑者の性別を書いても、仮に女性だと 「どこの署」と推定できる (警察の留置場は、男女別のようである。都内では、僕が経験した限りで、「女」を留め置く留置場は2ヶ所しかないようだ)ので書けない。厳密に言えば、「今日」の日記に書けば 「今日」のことだとわかるから、それも被疑者のプライバシーに関わる。故に、これは書いてはいけない。が、以下の程度は許してもらえるだろう。

強制送還になることは、当人はもう承知しているし、覚悟ができている。ただ、警察に通報された内容は刑法犯で、これは、まったく記憶にないという。送還されることは避けられないが、この刑法犯のほうは、記憶がないだけに承服しがたい。親戚への連絡先を弁護士に伝える。幸い弁護士も、「当番」の延長上でその連絡はしてみる、それでだめなら、また私が来ると、言ってくれた。「当番」にあたった弁護士でも、「それでだめなら、また私が来る」と言う人は多くない。
強制送還になるにしても、自費で切符を買って帰るのと、送還の便を待つのとでは、差が出てくる。また別の面では、警察を経由せず入管に出頭すればその場で 「帰る」 ことができるが、警察を経由すると、容疑がノービザだけでも 拘留・取調・起訴・判決の過程を経なければならない。公判自体は 開廷1時間後には判決になるだろうが、それまで2ヶ月くらいは待たされる。その後に 入管への移送で、前後あわせて 3,4ヶ月はかかるだろう − その説明はせざるを得ない。当番弁護士の通訳で出会った被疑者たちの中でも、この人は非常に冷静な人だ。それでも、かなりつらそうだった。しかし、大丈夫、この人は心配ない。

僕自身の私生活でも、「私、実はノー・ビザ」と言って来る人に、何度か出会ったことがある。彼らの場合、長い違法滞在で 「捕まりもせず」平穏に暮らしていることを、つい誰かに言ってみたくなるのかもしれない。僕は、あわてる。「おい、そんなこと、日本人に言ってはいかんぞ」。僕が通報したらどうなるのだ。仕方がないので、説明する: 入管にいきなり出頭すれば、多少屈辱的な思いはするだろうが、自費で 「即」帰るチャンスがある、しかし 「何か」のきっかけで警察に引っ張られると、拘留 「ブタ箱 20日」に、起訴・裁判までの 「拘置」が2ヶ月くらい、その後に入管移送なので 「多少」の屈辱ではすまなくなってくる。僕自身だって、「善良な市民の義務」の解釈次第で、彼らをそこに追いやることができるのだ。問題は、なにが 「善良」なのか、だ。しかし、アウシュビッツを支えた善良な国民、イラク攻撃を支えた善良な市民、死んだシャトルの乗員を悼む善良な市民たちも、同じ 国民、市民である。

逃げ道?
ないではない。例え違法滞在でも、現地で法的に結婚はできる。法的な結婚が成立すれば、その配偶者としての滞在資格を得る権利が発生する; が、法務省:入管は、既存の違法滞在を理由に強制退去を出してくる; そこで、弁護士を動員して、退去処置の停止という仮処分を出させ、その間に 「特在」 つまり 入管法上の特別在留を求め、入管が拒否してくれば裁判に持ち込む。成功した例では、「特在」の判決を得る。(その後の過程は、僕は知らない。「特在」は1年限りなので毎年更新。これがやがて 「日本人の配偶者等」 (または 「永住者の配偶者等」) 資格に変更できるのか、あるいは 10年、20年後にいきなり 「永住」に変わるのか。そこまでは僕も知らない)

昔、アメリカで、僕にはついに 「技術者」資格のビザが出なかった。見かねた同僚が、「実は俺の弟は、朝鮮戦争孤児だ」、つまり、朝鮮戦争で出た大量の戦争孤児の一人を、彼の父親は養子として、米国市民として育てていた。だから、同僚は言う: 「お前を俺の父の養子として受け入れよう、Oh my brother ! 」。おいおい、俺は孤児でも失業者でもないんだぜ、それも 30代の、職場のある技術者ではないか。
僕のビザは結局 出ず、強制退去にこそならなかったが、次の入国を拒否された。それが、1989年2月。その後 最初のアメリカ行きは、おそらく 2000年春のサン・ディエゴ、東洋学の大会か何かだった。もう、入国拒否もされなかった。

ビザ、つまり 「滞在資格」の話は、いま現在の配偶者が外国人であることも含めて、僕には他人事ではないのだ。


(20030208-1) フロッピー・ディスク (のドライブ)

韓国 国内版 「アレア」が 韓国 国内版 Windowsでなければ動かない (インストールできない)話は、書いた通り。やっと時間ができて、やってみようかと思っていたら、例によって意外な障碍がいくつも。

まず、隣のツマ子用の機械の、子どもの TV録画が、ハード・ディスクを埋めつくしつつある。多少 CD-Rに掃き出さないと、あと2時間も録画できないだろう。DVD-Rに差し替えればいいのだが、そのカネが、ない。一方では CD-Rに掃き出す間に、隣の機械の日曜大工にかかった。

韓国国内版の Windowsを乗せるために、「OS切替 選択 起動」にする System Commanderというソフト。
マニュアルを読んでいると、またか、フロッピーに何か作業用のデータを残し、緊急時にはそれを使うという。フロッピーなんか、もう、稼動しているドライブ自体が ないぞ。
しょうがないので、古い機械から外して放置してあるドライブとケーブル、試してみる。動かない。ドライブがだめか。別のドライブを持ち出す。動かない。おかしいな。調べてみると、最初のドライブについていたケーブルが、左右方向がおかしい。「コネクタを差しまちがえないよう」に突起が付いているのだが、よく見ると、それが逆だ。これじゃ動くわけがない (よく機械が壊れなかったわね)。
第2のドライブで、フロッピーは動いた。逆向きコネクタのケーブルが付いていた第1のドライブは、それでも 動かない。これはものすごく古い、「1.44Mb 300RPM」のできない機械なのだろう。しかし、それが一番上品な 「顔」のドライブなのだが − 仕方がない、これは廃棄処分だな。
ご参考までに、30年前の IBM 「ディスケット」 つまりフロッピーは8インチ (ちょうど 「うちわ」になるサイズ)、回転数 360RPMで、容量 128KBだった。それが 「倍々」に増えて、直径が小さくなり、76トラックが 80トラックになって、最後は5インチ 1.2MBだったか。その後、IBMは奇抜な方法を発明した。それは 「単に回転数を落とす」という方法だった。回転が遅くなってもデータ転送速度は同じなので、結果としてディスク容量は 1.44MBに増えた。それが、現在は直径だけが 3.5インチになった Windows フロッピーである。僕の手元にあった 「古い」ドライブは、その 「回転速度ダウン、360RPMを 300RPMに」 が できない機械らしいのだ。これは、あくまで 「信頼性」を求める日本の企業で、1990年ころまで生き残っていた。その当時の、「NECの PC9801」と 「IBM互換機」の間でフロッピー交換ができなかったのは、ほとんどがこの理由による。
午前3時。ソフトのインストール以前にフロッピーが動くかどうかで、今日はおしまい。


(20030207-1) ハリー・ポッター、「おメール」と 「おコンピュータ」

去年の後半に 『ハリー・ポッター』の話を書きはじめてから、Yahooさん、Googleさんといった大手の検索サイトからのロボット検索で、僕の 「この」ページが発見されているらしい; それで、「この」日記の 「読者」数が、異常に増えている。かつては1日に数人、つまり書き手の予想する具体的な読者たちと一致する程度の読者数しかなかったのだが、現在、多いときは1日 数十人の読者がある。

試しに、自分で Yahooの検索をしてみた。検索語に 「ハリー / ポッター / 原文 / ピーターパン / ブルームズベリー」( / は ここでの表示の都合で入れた。実際の検索画面では単に半角スペース) と並べてみたら、おーい、広い日本の中で、僕の去年の 11月、12月の記事 「だけ」 が現われた =3
話題は、一面 「ミーハー」の代表みたいなものだ。ただし そこに 「原文」、「ピーターパン」、さらに 「ブルームズベリー」 で AND検索にかけると ・・・ Web上で、日本語のサイトで、その全部が出てくるのは (やはり)僕だけだったのだ。

うれしくはない。僕が職業的 研究者であれば、これらの関係を統合的に扱うのが自分だけであることを確認し、さらに研究にマイ進するのかもしれない。が、朝鮮文学と同じで、僕が求めるのは それらの話題を 「共有」できる友人なのだ。『千と千尋の神隠し』の、「神隠し」の韓国版の訳語が 「行方不明」 であるという話なども、あるいは 僕の 「この」日記から出たのかもしれない。この時期の異常なほどの読者数を考えると、決して考えすぎではないと思う。

・・・ という話を、恩師へのメールの中で書いた。
一方、師/氏のページは、そろそろ公開段階になってきた。その許可をもらいたい。「よろしければ」その旨、昔なら 「お手紙ください」と書いたところだが、今はメールだ。「おメールください」では、日本語にならん。これを、言語屋は 「非文」という。一瞬困ったが、とっさに 「お返事ください」と書いた。我ながら、よく言い換えた。

同じようなものに、「コンピュータ」がある。「先生」の 「本」は 「本」ではなく 「ご本」であるとは、高校の古典の師の強調するところであった。そう。ならば、先生のコンピュータは 「おコンピュータ」 ないし 「ごコンピュータ」であろう; が、そういうわけにはいかない − まてよ、そういえば 「機械」は 「ご機械」になれない。しかし 「機会」は 「ご機会ありますときに XXX くださるよう・・・」という文が可能だ。
このちがい、例えば敬語の 「お」 や 「ご」 が付けられる単語と付けられない単語がある。「機械」は 「お機械」になれないが、不思議なことに 「道具」は 「お道具」になる。「車」も 「お車」になる。だがその車の 「車庫」は 「お車庫」になれないが、車の 「席」は 「お席」になれる。はたして日本語のこの 可・不可は、どういう原則で動作しているのだろう。誰か教えてくれ。

どうでもよいが、「おフランス語」という表現は可能だが、「お朝鮮語」は不可能である。これは、「おフランス」という語に伴う 「ざあます感」が、「朝鮮(語)」には欠けているからだろう。同じように 「おエスペラント」も、「おドイツ」も、「おロシア」も不可である (ただし昔の日本人は 「ロシア」を 「おろしゃ」と言った。ははは)。不思議なのは、「英語」が 「お英語」に、「英会話」が 「お英会話」に なれないことだ。やはり、この 「可・不可」の原則がわからない。

ついでなので、「僕の」 古い読者には何度も提出したことがある問題: 「いる」と 「ある」は、現実の中でどう使い分けられるのか。
いきなり正解を出してきた例が、2例ある。2人とも、「言語」には縁のないソフト屋だった。あなたはご存知ですか? 「うちには車がある」から買い物にも行けるが、「車庫の前によその車がいて」 出られない。さて、あなたはこれを、外国人にどう説明します?


(20030206-1) 日記 − 韓国の 「役人の作文」

このところ、弁護士会からの呼び出し (注) が ほとんどなかった。先日、久しぶりの呼び出しがあったのだが、当日は弁護士の事情で、翌日以後の接見になった。翌日からは僕が急に忙しくなり、申し訳ないけど他の通訳を探してくれと、センターと弁護士さんとに連絡を入れた。
(注): 人が警察に拘束される; 警察は取り調べのために、被疑者をまず 「10日間」 「拘留」できる; が、そのためには裁判所の許可が必要で、被疑者を裁判所に連れて行き、裁判官に会わせる; 裁判官は当人に質問する (これはまだ裁判以前なので、「拘留質問」と呼ばれる): 「あなたは弁護士に会いたいか」。被疑者が Yesと答えると、弁護士会に連絡が行く (これは、刑訴法に従った手続きである。どのような被疑者も、弁護士の支援を受ける権利がある)。被疑者が外国人である場合、通訳が必要になるので、弁護士会のセンターは当番弁護士を呼ぶと同時に、登録されたリストから適当な通訳を選んで呼び出す。一度、呼び出されて行ったら、日本生まれの在日朝鮮人だったことがある。裁判官は 「弁護士に会いたいか」とは聞くが、「通訳が必要か」とは聞かないらしい。わりと機械的に 「外国人なら通訳」となるらしい。なお、「拘留」は 10日間が 「2回」まで可能で、これがいわゆる 「20日間のブタ箱入り」である。これを越えて取り調べをしたいときは 「別件」が持ち出されて、それ自体が後の裁判で争いになる。
今日は、弁護士会センターではなく、弁護士さんから直接電話が来た。これも時々ある。つまり、弁護士の仕事の中で韓国と交渉する; あちらからはハングルの文書が届いたりするので、その 「翻訳」が必要な場合 (あるいは通訳が必要な場合)だ。弁護士会というのは、その意味で便利なところで、弁護士が通訳・翻訳を必要とすれば、すぐ紹介してくれる (でも、一般人が電話しても、紹介してくれるかどうか、知らない)。

韓国の役所に、解放前の戸籍の謄本を求める弁護士に返ってきた返事。あいかわらずですね、韓国の役所の文書。発信者名は女性名。冒頭で ときた。末尾には とあり、一見 「やわらかな」表現に はさまれた本体6行の文面は、官僚主義的デクノボー的文面そのものだ。バカか。

こういう文面、韓国だけだろうか? 文書の本文を紹介できないのが残念だ ・・・


(20030204-1) 日記 − ハリポタ第4巻 / OCR

「ハリー」第4巻のイギリス英語版は、不思議な印象。無事ロンの家についたハリーは、不思議な、しかし典型的な、ロンたちの一家団欒の夕食風景の中にある; もちろん、その後にクィディッチ・ワールドカップ、そこでの騒動が予定されているのだが、「一家9人、そこにハリーとハーマイオンを迎えて 11人」の夕食の風景が、この作家らしい (童話の典型的な)舞台回し型 (映画のシナリオ型)描写で展開される ・・・ この風景、どこかで読んだことがあるような気がする。チェホフの 『桜の園』ではない。「ピーターパン」とも、やや異なるような気がするし (「ピーターパン」に対比するなら、むしろダーズリー家こそブルームズベリーの家庭に当てるべきなのだ)、もちろん、アメリカの 『怒りの葡萄』でもない。『風と共に去りぬ』の園遊会でもあり得ない。何だろう?
やっと、39.5mmのペーパーバックは、背中で裏返しにできるところまで来た。ここまで、60+ページ。

韓国版 Windows XPのインストール作業は、恩師の 「OCR復元」原稿の校正で、まだまだ延期の見込み。人間の植字工とは異なる不思議な 「読みちがい」分布を見せる 「OCRソフト」のゲラ刷りに、老年の師と中年の元学生が、四苦八苦している。氏(師)のホームページ公開には、まだ多少時間がかかりそうだ。


(20030202-1) 「OCR ソフト」の 「認識率」の意味

「文系」の大学周辺の常で、ほんの数年前の原稿ファイルが所在不明の例に出会った。

僕自身が忘れていたのだが、その例には、朝鮮文学の関連で数回 出会っている。そのうち、大きなものは、断固として 「出版」した側の保存ファイルを求めた。それでも出て来ないので、一時は人海戦術で手分けして再入力、という話が実際に稼動しはじめていたのだが、その2週間後に、出版当時の担当者から出てきた。少なくとも、これでテキスト本文は復元できる。
もう1つは、小さな文章なのだが、失いたくないケース。これは、もうファイルは望めない。FAXで送ってもらったものは画像が汚いので 「OCRソフト」の結果は悲惨だった。「認識率 50%」とは、「2文字に1つはつぶれている、変な字に化けている」という意味だ。そんなの、使いものにならない。思い切り拡大してコピーした紙を、折り曲げず、郵政省メールで送ってもらった。ふむ。認識率 99%くらい。どうにかなるな。

「認識率 99%」とは、「ほとんど正解」なのではない。誤解しないでほしい。99% OKだということは、1%はダメなのだ。つまり、100文字に対して1文字は必ず化けているという意味だ。従って、400字の原稿用紙に換算すると、原稿用紙1枚あたり少なくとも4ヶ所、誤り(文字化け)がある、という意味である。

では 「98%」ではどうなるの?
98%というのは、100文字のうち2文字がダメという意味。つまり、400字あたり8ヶ所のゴミが出る。
同様に、97%では 400字あたり 12ヶ所、96%では 16ヶ所。ここまで来ると、原稿用紙の 「ほとんど毎行に1つ」は誤りがある、ということになる。しかも、誤りは均等に分散するとは限らない。認識率 90%くらいになると ・・・ 400字1枚あたり 40ヶ所が文字化け状態だ。ここまで来ると、完全に 「使い物にならない」レベルになる。

これを 「数字の魔術」という。「90%、ふうん、だいたい読み取れるんだ」などと考えさせる。
世の中の 「翻訳ソフト」の それも、同じことだ。「80%くらいは当たる」かもしれない 「翻訳ソフト」は、「そりゃ まるででたらめな訳文」だと解するのが正解である。


(20030201-4) Never Ending Story

店の DVDをながめていたら、1500円で出ていた。なつかしいな。1984年ころのアメリカで、字幕もなしに英語だけ、断片的に見た記憶しかないが、今度は 「だまっていると日本語で、日本語字幕」が出た。(もっとも、音声の日本語と字幕の日本語が、またまた、まるでちがう。字幕では 「1万マイル」が、音声では 「1万五千キロ」だったりするほど、ぜんぜん異なる)

日本語の訳題は、カタカナで 「ネバーエンディング・ストーリー」。「Nothingがやって来る」 の Nothing の訳語は難しいだろうと思っていたが、単に 「無(む)」 だった。これは字幕・音声も一致する。字幕なしの音声だけでは、多分理解できない訳語だ。結局この訳では、子どもに理解させることはむずかしいし、大人でも解説や予備知識がないとわからない。もっとも、原作自体が、喜んで見ていたのは 30代の大人だったのも事実だ。

いろんなことを思い出させる映画だ。
「子ども」でなければ参加できない世界であるというのは、「トトロ」と完全に一致する。白い、犬の頭を持つ竜に乗ったアトレイユの姿は、「千と千尋」にそっくりだ。忘れていたが、「トトロ」の監督と僕は、おそらく同世代だ。「同世代」というのは、それぞれ同じような年令の時代に 同じようなものを経験して、同じような記憶の連鎖を持っているという意味である。

DVDの宣伝のソデには、「"ハリー・ポッター" に並ぶ児童文学の最高峰 ・・・」 などと書いてある。が、このせりふは、先行する作品を侮辱するものだ。例えば、Never Ending Storyにも、鏡が出てくる; それは、物語の主人公の姿の実体、つまり物語の読者であるバスチアン自身を映し出す。一方、「ハリー」 第1巻に出てくる 「みぞの鏡 Mirror of Erised 」。不思議なアスペクトの差を示すけれど、これも必ず、「世代」的な影響関係の中にあるだろう。つまり、ハリーの作者も、多少若いけれど、Never Ending Storyを知っている; 世代が僕より若いから、彼女の作品で変貌した姿が、僕には 「不思議なアスペクトの差を示す」ように見えるのだ。
(ただし、「鏡」というモチーフは、至るところにある。もちろん、白雪姫の 「鏡よ鏡」を含めて。従って、ハリーの 「みぞの鏡」が Never Ending Story の あの鏡の影響下にあると言うのは、「研究者」たちには冒険にすぎる発言である。また・もちろん、アトレイユとバスチアンの関係に、「鏡の国のアリス」を思い出すのも、当然の連想ではある; アリスの鏡の国は、またさらに 「チェス」の世界であることも、「ハリー」 第1巻の読者は見逃してはならない点である)


(20030201-1) 「韓国版」 Windows XP と 「アレア」

前に書いたが、ワープロ 「アレア」(実は、今では 「ワープロ」を含む MicroSoft Officeなみの大型パッケージ)の最新版は、「韓国版の」 Windowsにしかインストールできない。これを、その時は 「アレアの堕落」と書いたのだが − 今でもそう思うが − 「堕落」は しかし、この 「国民的商品」が MicroSoftへの吸収が決まってから 急遽 「国民的規模」で救済・改編された会社の、経営努力の一部なのかもしれない。

かつて 「アレア」は、「英語版」の MS-DOS + VGA で動いた (この機械を、日本では 「DOS/V機」と呼ぶ)。つまり、OS自体にハングルの表示・入力機能がないことを前提に作られたから、日本で売っているパソコンでも動いた。少なくとも1つ前までのバージョンは、英語版、日本版の Windows 2000に正常にインストールでき、正常に動作した (する)。が、去年 友人に韓国内で買ってもらった最新版は、日本版 Windowsの上では、インストール時点で文字化けする; メクラ・インストール (盲目的インストール、これは差別語だな)してみる手もあるが、その元気は僕もない。

「これは経営努力の1つかもしれない」と気がついたのは、つい昨日か今日だ。
文字化けするようになったのは、インストーラー自体が、市販の製品 (ソフトウェア業界相手の商品)に変更されたからだ。このインストーラーは、現地の製品は既に 「現地語」化されている。日本でソフトを買ってインストールすると、案内も注意書きもすべて日本語で出るのと同じで、韓国内ではハングルが表示される − つまり、韓国内では 「韓国版」 OSが前提になっている。

かつての 「アレア」は、そうではなかった: OSにはハングルを表示する機能が 「ない」 ことを前提に、インストーラー自体を 「アレア」は自社で作成してきた。これには、手間がかかる。「ハングル」という 「文字」は出ない前提なので、ハングルという 「絵」を描画しつつ、ユーザにインストール作業をさせるのだ。手間がかかる、つまりコストがかかる。最新版は、それを切り捨てた。結果的に、最新版は韓国版 Windowsでないと、インストールできない。日本向けには、まだ古い版を秋葉原で売っている。

日本版 Windows 2000にインストールできる 「1つ前」のパッケージは、もう手元には ない。2年前、恩師がパソコン購入された時にお譲りしたのが最後の1個だった。
その当時、うちでは かあちゃんの機械は Windows 2000だったが、僕のは Windows 98 だった。「アレア」は、僕の機械にしか乗せてなかった。その 「アレア」自体は、「さらにもう1つ前」の 1996版だった。

去年の夏、我が家のパソコンは一気に2台を入れ替えた(実はそれが、我が家の経済問題に発展するのだが、それはそれ)。そのとき ・・・ 再度やってみて思い出したのだが、1996版の 「アレア」は、インストーラー自体が動かない; 文字化けするのではなく、「アレア」自社版のインストーラーが、Windows 2000では そもそも 「動作」しないのだ。そのときは、当座の必要がなかったので放置した。
一方、同じ友人から、韓国版の Windows XPも買ってもらってあった。これを乗せるつもりで、現在の機械にも パーティションが1つ空けてあるのだが、これも当座の必要がないので放置してあった。


(20030201-2) 「韓国版」 Windows XP と 「アレア」 (2)

さて、以上をまとめると
・最新版の 「アレア」は、韓国版 Windowsでないとインストールできない
・手持ちの版の 「アレア」は、Windows 2000にはインストールできない
・韓国版の Windows XPは、用意してある。それをインストールするためのパーティションも用意してある。
従って、
・最新版の 「アレア」をインストールするために
・韓国版の Windows XPをインストールすればよい
ここから導かれるのが
・1つの機械で、日本版 Windowsと 韓国版 Windowsの切り替え起動をすればよい
と、いうことになる。かつて、同じ日本版 Windowsの上でいきなり 「アレア」が動いたのに較べると、ずいぶん面倒だが、やむを得ない。


(20030201-3) 「韓国版」 Windows XP と 「アレア」 (3)

というわけで、「複数OSの切り替え起動」。これも、実は用意があった。Windows 2000対応、2000年版と称する System Commander。パッケージを一度 開けたことまでは覚えていた。再度取り出してみると ・・・ マーカーでメモがつけてある。ん? ディスク上には必ず FATパーティションが存在する必要があると。

まいったわねえ ・・・ 思い出した。それで、韓国版 Windowsのインストールを放置していたのだった。DOS/Windowsは、Windows 2000で はじめて 「そう簡単には壊れない」 NTFSが一般化した。もう、FATなど、ごめんだ。だから放置してあった。

しょうがない。輸入・販売元に電話した。国内版を買うことなど、考えたこともなかったが。その最新版の日本で販売版のパッケージでは、NTFSだけの既存のパソコンでよいという。秋葉原に行った。たしかに、箱にも、XPの追加インストールも確認済みと書いてある。買ってきた。

しかし、複数OSの同居・切替起動までは、頭の体操が続く。今夜は、もう休みたい。


(20030128-1) 純然たる日記 − カゼ / 休憩

カゼで、かあちゃんは常備薬とカゼの薬で同時に7種! 上の子もカゼ3種、それにアトピーの塗り薬、さらに「かゆみ止め」服用で、計数種類。僕自身は、常備薬1つに、市販のカゼ薬を交互に、そこに定例の目薬2種:1日4回。
家族そろって老人なみの 「薬漬け」なんて、しゃれにもならん。
だからといって、ツマ子のカゼを放置するわけにいかないしねえ。

「通勤」がしんどいので、さすがに 「ハリポタ」原文は置いて出た。なるほどね、英文の解読は、僕にも相当に負担になっていたようで、これを略すとだいぶ楽になった。
明日は出張で7時起き。まてよ、もう午前2時ではないか。もう寝よう。

恩師は、あいかわらず嬉々として 朝鮮語古典の文面を送ってくださる。ふうむ、先生、48時間ほど休憩しましょうよ。


(20030127-1) 純然たる日記 − カゼ / ハリポタ / 古ハングル

流行のインフルエンザと思われるが、僕を含む家族4人が、全員アウト。僕自身、カゼをひいても これほどひどいのは − ここ20年 − 初めてだ。

「ハリポタ」は 「通勤途中」でしか読まないのだが、土曜は定例の眼科通い (老人性障害とコンタクト・レンズの補充。「初期老人性白内障」は、医者の目薬で、たしかに進行が遅れるらしい。ま、悲しいが、それはそれで人生と)、めずらしく混んでいたので、39.5mmのペーパー・バックを持って行って よかった。なんだか、自分が 「いま流行のハリポタ、おしゃれな原文に挑戦」 「みたいな」こと・ではない、まさにそれをやっているのが、不思議な気分になる。いつも行く近所の本屋さんに、英文のペーパーバックが並んでいるのには、驚いた。「ハリポタ」に、古典的な意味での 「評論」 − つまり、いわゆる 「まじめな」 文学論としての 「評論」 − が、少なくとも2種類くらいはある・はずなのだが、これはほとんど店に出ていない。まして ・・・ 「純血種」のロンと 「混血種」のハーマイオンが、ハリーの両親の 「写像」であろう、などという議論は、仮に気が付いている人が他にいたとしても、当分は僕一人の議論になるだろう。が、原文をもう少し すらすらと読める人、つまり英語のネイティブ・スピーカーで、「古典」の解釈に慣れた人であれば、そのくらいは思いつきそうなものだ。おそらく、アメリカのどこかのページで、そんな 「随筆」でも書いている人はいるかもしれない。

恩師のホームページは、大変なことになってきた。古ハングルの実例と、その読み方をどう提示するか (ハングルだけ提示しても、「現代語は読めるが」 古ハングルは読めない人が出てくる。だから、読み方を提示せざるを得ないのだ)、師ご自身のいくつかの試みと画像で、実験ページを作ってみる。
先生の構想では、そこには 「講義」に類する文章が並ぶのだが、この様子では いきなり 「訓民正音」かもしれないなあ ・・・
「訓民正音 世宗御製」、現代では ですむのだが、出版時の原典では、実は もっと、はるかに複雑なハングルが表記されている。これを本気で扱うのが、「プロ」の言語学者なので、ある。


(20030123-1) 日記: すみませんねえ、まだ 「ハリポタ」

面倒になったので、「ハリポタ」の原文は第3巻をとばして、第4巻を持ち歩いている。第4巻はご存知の通り、訳本は 「上下2冊」のセット売りである。高いから、まだ買いしぶっている。原本をみると、既刊の確かに倍の厚さがあるが、中を見て驚いた; あらら、ずいぶん活字が大きいわ。行間も、それ以前よりかなり空いている。ふーん。訳本の組み方は買ってみないと見れないけど、「厚い」のはそのせいだな。頭初2冊の原文の経験から、これは 「子ども」相手の朗読に耐える文面であることがわかったので − つまり、小手先のつまらない文章技巧を弄する原文ではないことがわかっているので − こりゃ何とかなるか。そう思って、第4巻はいきなり原文を見ることにした。あらら、第2巻のトム・リドルの家庭事情からはじまる。第2巻での説明と、ぜんぜんちがうじゃないの。お話は、いよいよ 「子ども相手」になってきた。どこまで こんな話につきあえるかは保証の限りではないが、ま、通勤の途中はヒマなので、よいか。

しかし、それにしても厚さ 39.5mm (これはノギスで計測した) の 「ペーパーバック」というのは、困る。こんなの、「文庫」の運びやすさを裏切るものだ。いっそのこと、カッター・ナイフで2冊に分割してしまおうかとも思うのだが、そうすると分割点前後のページが、はらはらっと失われるおそれが出てくる。さて、どうするべえ。各巻の導入部が決して面白くないことは 第1巻から第3巻まで共通しているので、第4巻も同じだろう。「ある」 分水嶺を越えるまでは、このまま 39.5mm を持ち歩くかどうか。困った作者、いや、作品だ。

どうでもいいけど、第5巻の原文はもうすぐ出る。最終巻・第7巻はもう書かれているという。従って、くどいようだが、作者には もう、第6巻 1冊しか残されていない。この2冊で、作者は 「すべての」謎を明かさなければならないはずで、その帰結、つまり作者の 「ウデ」に、僕は興味がある。第4巻は ちょうど真中で、思い切り舞い上がることのできる地点であること、既に読んだ人の話でもそれは想像できるので、まあ、もう少しつきあってみようかと。


(20030122-1) 日記: 友人または後輩と、恩師とまた han-labの友人たちと

このところ、いくつか 「しあわせ」な気分にしてくれる事件(?)がある。今日のそれは2件もあった。

1つは、厳密な意味では卒業校がちがうので 「後輩」と言いがたいが、しかしその後輩が、朝鮮屋のくせにソフト屋に就職して数年。今では自力で自分のサーバを構築している。その彼に、「まだ」 自信がないらしいプログラムの練習をさせてしまった。再帰。
例えば、等差数列の和が次のように定義されるのは、高校1年の数学だったか?
    An = An-1 + 1 ( ただし n は正の整数で A1 = 1 ) である数列 A の和 F(n) は:
    F = {   n > 1 のとき、  n + F(n-1)
            n = 1 のとき、  1
        }
つまり 「1からnまでの和を求めよ」。この問題は、C言語の関数で表現すると、次のように実現される:
    int f( int n )
    {   if( n > 1 )
            return( n + f( n -1 ));
        return( 1 );
    }
彼は、驚いたことに、これを Perlで書いてきた。「『できません』じゃすまないので、夜中の2時まで」 かかったそうだ。しかし、知識としては知っていても、彼が自力でそれを解決するのははじめてだったそうだ。彼の返事に、自力で解決し自信を得た喜びがあふれている。彼は言う: 「再帰」で、三面鏡を見たときを思い出した、と。

鏡の中に鏡が、その鏡の中にさらに鏡が、その中にはさらに ・・・ と無限に続く 「再帰」の 「限界」は何だったかと、彼は言う。おいおい、そんなの簡単。光の波長まで画像が小さくなったとき、そこで終わる。しかし、より現実的には 「鏡」自身の平面度の限界が先にやってくるので、乱反射で画像が意味をなさなくなったときに、終わり。鏡の国のアリス体験。プログラミングの上での 「文学体験」である。彼も、僕も、大学での 「専攻」は 「文学」 − それも朝鮮近代小説論 − だった。

もう1つ。
「恩師」の 「ホームページ」説は、師のほうから事前に 「わたくしはホームページなど開くつもりはないので」と、ずっと牽制されてきた。が。ある日、先生はおっしゃった: 「あなたのホームページ」 (ないしその関連)の一部に、ご自分の記事の不定期連載をできないかと。
おう!
今がチャンス。先生を説得した。
成功。我ながら、よく説得した。ごく近い将来 (具体的には、おそらく週明けないし月内)に、www.han-lab.gr.jp のトップ・ページを書き換える。そこには、超・有名人のホームページへのリンクがあるはずで − ただし、先生の記事がいつ上がってくるかは、まだわからない。それから、書き手の関心はあくまで言語学上の話題なので、「一般受け」はしないかもしれない。それは、先生ご自身、承知されたうえでの話ではある。


(20030120-1) 日記: 二人の 「初心者」

一人は、もちろん恩師である。
僕は当初、先生に代わって機械の 「設定」をしてさしあげるのを、避けた。避けた理由は、「相手はバカではない」と考えたからである。その当日のその場で、先生は苦労された。かつての学生に、「ああしろ、こうしろ」と指示され、四苦八苦していらっしゃる。予定した半分も、「教える」ことはできなかった。相手がバカなら、簡単なのだ。僕が設定をくりくり・カチカチやってしまえば、1時間もかからず先生は即 それを使えるようになる。が、僕は、あえて先生を苦労させる方法を取った。

2年後。ほんの先週の土曜日だ。その間 先生が苦労されてきたことの、大半は解決されている。残ったいくつかの問題も、「3人ではないから文殊の知恵はない」が、プロの言語屋とソフト屋の組合せで、ほとんどが解決した。解決できなかった中国語入力の1つも、僕が帰ってから気がつき、判明し、判明した旨をメールでお伝えしたら、その晩のうちに先生は自力で解決、嬉々とした文面で返事をくださった。

「相手はバカではない」ので、当初は苦労させるが、しかし あえて苦労していただいた・このやり方は、正しかったと思う。一番大切で必要なことは、当事者が切実にそれを求めること、それを本気で、誠実に、手探りであっても何かを調べつづけ、ついには解決してしまう、いわゆる 「熱意」だ。定年退職されたこの先生は、バカではない。パソコン上の多国語環境を話題にして、今までで最大の 「手ごたえ」のある相手だった。先生の機械では、ウソではなく、Windows 2000で用意されている 「すべての言語」系が、使えているらしい。「らしい」というのは、僕自身はこの 「すべての」言語は知らないからだ。キリル文字による旧ソ連圏内とも、数種類のコード系で、すべて文字化けなく送受信できたそうだ。僕が驚いている。

その対極にある方を、紹介しなければならない。
メールが来た: 日本の翻訳サイトがある、そこで 「韓国語」に翻訳して、OutLookに切り貼りして韓国に送ったら、文字化けして読めないという返事が来たそうだ。ついては、OutLookに切り貼りする正確な手順を教えてくれ、よかったら、ついでにこれこれの場合も教えてくれ、と。
ご本人は、ハングルをまったく読めない、のだろうか? 見ず知らずの相手に、そんな 「手取り足取り」の案内を、僕がわざわざメールで、自分ひとりのために作文して返信してくれるとでも、考えたのだろうか? ごていねいに、han-labの代表あて、僕個人あての2通、得意の切り貼りで送ってきた。

返事を書いた: あなたの言っているそのサイトの一番上には 「UTF-8」だと書いてありますね。切り貼りする先もそれでやってみたら?/ただし、人間が読めない言語に機械が翻訳したものでは、仮に相手に読めても、まったく意味が取れないと思います。/お仕事なら、プロの翻訳者(人間)に依頼したほうがよいと思いますよ。

冷たい?
しかし、この発信者の文面は、「仕事」を連想させた。あこがれの彼氏や彼女にどうしてもハングルでメールを送りたい人の文面ではない (わたしは文学屋である。それが読めないで、どうする)。「仕事」とは、おカネを目的とする行為である。その人のおカネもうけのために、なぜ僕がタダで、懇切丁寧な説明をしてあげなければならないのだろうか。タダで情報を手に入れて、自分だけカネを作ろうという根性?が、気に入らないのだ。

「恩師」とは、このところ長い文面のメール交換が続いている。師は今でも大学教官だから、それが広い意味で 「仕事」であることは事実なのだが、しかし、少なくともグルジア、アルメニア、チュルク、中国 ・・・ といった言語の操作に嬉々として取り組むその行為が、先生の 「おカネ」に結びつくとは、とうてい、ぜったいに、決して思えないのだ。これは、死ぬまで続く先生の熱い希求である。この方は、どうも僕の終生の 「恩師」となりそうだ。

なお、一般論として、申し上げておきます:
「あなた」が、切実にハングル (であれ 「なに語」であれ)を必要としているなら、僕は、僕にできる支援を惜しみません。大切な人とのハングルによる交信をしたいなら、それは 「あなた」の文面から、僕にも読み取れるはずです。あなた自身が、助言を得て本気で取り組む意志をお持ちなら、それはどこまでも、お付き合いさせてくださいな。そういう人とこそ、僕はお友達になりたいと思います。

ただし、もし 「あなた」がおカネを目的として、つまり 「仕事」でそれを必要とするのであれば、それは 「仕事」 つまりおカネを介した関係なり、条件なりで、私に要求をしてください。それは、社会人つまり職業人の常識です。過去 10年の間に一番目立ったのは、この常識を欠いた 30代、40代が多かったこと、それだけは申し上げておきたいと思います。今後とも、「タダで情報よこせ、それで俺はカネにしたい」型のお申し出には、冷たく応じるつもりでいます (いや、適切な報酬さえ出していただければ、それは職業人の常識に従ってお手伝いします。ただし、例えば 「通訳」を1日雇えば数万円かかるのも常識であることも、お忘れなく。政府主催の無料 「IT」講習会の 「講師」代がどのくらいになるのか、「仕事」の方は想像してみるべきだと思います)。


(20030119-1) 日記: 「昭和元年=大正15年」

私事で恐縮だが、わたくしの父は 「昭和年と同じトシ」である; 故に(?)当人は今でも、「今年は昭和XX年だから」 俺は何才だと言っている。しかし、昭和天皇 裕仁 が死んでから、もう 15年ほどになる。こうなると、彼のトシは西暦で生年を割り出し、現在 2003年から引き算するしかない。

僕には長い間、彼の言いに起因する混乱があった。一般論として、「敗戦/終戦」は 「昭和 20年」であり、これは 1945年のことである。西暦年から 1925を引くと、「昭和」年になる。混乱は、ここから はじまる。昭和 「元年」は、「大正15年」と同じであると、彼はいつも言いつづけた。そんなことはわかっているが、では、彼は 昭和0年生まれなのだな。昭和0年とは、ふむ、大正14年か。1919年の 「3・1運動」は 「大正8年」だから、西暦年から 1911を引くと 「大正」年になる ・・・
どうであれ、僕は 「大正 14年」の換算を誤った。正しくは、「大正14年: 1925」、「大正15年=昭和元年: 1926」である。従って、彼は 1925年生まれで、78才である。ったく、自分の生年くらい、自分で覚えていてくれよなあ ・・・ 僕はメモ用紙を取り出し、「大正・昭和」の切れ目を順に西暦に書き出して、やっと割り出したのだ。当人は、「どの 年令換算表を見ても、みんなオレは (今年の正月に) 77だと書いてある」 と、すました顔だ。自分のトシは、自分で計算するべし。作者不明の 「換算表」なんか、持ち出さないでくださいな。たしかに 「西暦から 1911を引くと 大正年になる」ので、「 x - 1911 = 14、故に x = 1925 」で、そういうのを 「1元1次方程式」という。しかし、おやじのトシの計算に、方程式を持ち出す息子が どこにいるものか。

「昭和 13年」 といわれて、即座に 「1938年!」と換算する・ある種の条件反射を、僕は過去 30年の間に作ってきた。それは、相当に意識的にやってきたことだ。それができないと、歴史上の、あるいは文学史上の、ある事件や作品の時期の対応関係が把握できないからだ。が − おやじの生年は、盲点だったぞ。まして、それが 「昭和」と 「大正」の切れ目の上にあったうえに、「大正」期は さすがに 「1919」が 「大正8年」という古い世代の言い方しか記憶になかったから、「大正X年」 から 西暦への換算・条件反射までは、形成されていなかったのだ。

韓国人の中には、「今でも日本人は 『元号』を使うのか」と、本気でいぶかる人がいる。台湾人の中には、逆に 「民国X年」と西暦の換算に苦労する人がいるかもしれない。香港は英国植民地だったので、その問題はない。北朝鮮では、この先 「X年」とは西暦何年のことなのか、困る世代が出てくる・の・かもしれない。


(20030118-1) 日記: 技術的に可能なことと 「現実的に」 可能なこと

いわゆる、「理屈では可能だが、実際にはねえ ・・・」 というやつである。

壊れたおもちゃが3つ、こわれた木の丸椅子が1つある。

おもちゃ (1) は飛行機。前脚が根元から折れている。1才の男の子だ。材質次第だと考えて、接着剤を数種試してみたが、全部ダメ。ナイロン質のプラスチックは、ほとんど接着剤を相手にしない (つかない)。

おもちゃ (2) は、ブリキの飛行機。ブリキといっても、最近のものはプラスチックが多用される。かつて7才の子が遊び、今は1才に譲られてから、なんと垂直尾翼がもげた。この尾翼はプラスチックで、そこから胴体下半部までのびる長い支柱が出て、それに胴体下半がねじ止めしてある。この支柱の根元が折れた。プラスチックの材質はプラモデルと同じだが、これは接着しても・また・必ず折れる。

おもちゃ (3) は、サンタがくれた、やはり1才のための、過度に精密な車。ステアリングする前輪の片側のプラスチックの軸が、根元で折れている。材質的に、付かない。付いても、どうせまた折れる。

「おもちゃの病院」ならどうするか? (1) は前脚ごと交換、脚の周囲を数本のネジでねじ止めですね。(2) と (3) については、折れたプラスチックの根元に 逆に穴を開けて、ここに外から長いネジをねじ込めばよさそうだ。ただ − 子どものころ、ドリルで 3mm径以下の穴を正確に抜くことのできた男の子は、100人のうち何人いただろう。この程度になると手回しドリルでは精度が悪いので、モーター・ツールが必要になる。さらに 2mm径以下になると、ツールの精度さえ問題で、「手回し」ならぬ 「指回し」 ドリルでの工作になる。結局、僕は、思春期までモーター・ツールも 「指回しドリル」も使っていない。30才をすぎてから、アメリカで、ドイツ製の、しかし精度の悪いモーター・ツールを買った; これは今でもあるが、この機械が、3mm以下の細密工作に活躍したことは、ない。

脚の1本が折れた食卓の木の丸椅子も同じことで、見事に折れた脚は、おそらく最初から多少の defect があった、つまり 折れかけの素材が使われていたと思われる。この際ひっぺがして、「脚」の姿は木工用ボンドで修復した。その先が問題だ。一度折れた木の素材は、信頼するに値しない。再利用するには、周囲をよほど補強しないと不安である。補強には、再度 「添え木」を当てて、さらに金属性のバンドで押えるか。その程度であれば、「可能」なはずだ。でも 「実際には」、そんな作業、やってられない。「添え木」はベランダに出てごしごしと整形すればよいが、その時間がとれない。金属バンドでの補強は − 僕には、人の体重を支えるほどの金属工作はできない ・・・ そんな道具は持っていないのだ。

最近数年の間に活躍したのは、「細密」ではない 10mm前後のドリルをモーターで回すやつだった。やや大型のゴミ。「粗大ゴミ」に出すのは、おカネがかかる以前に とても面倒だ。ネジまわしを持ち出し、分解する。それでも分解できない、「ネジ」ではない 「リベット」固定部がある。これを金属鋸で切り落とすのは、かなりの労力を要する。ある朝、日曜大工屋に走った。10mmほどのドリルで、リベットの頭から切削してしまう。リベット1つに数秒の作業で、大きなゴミは小さな部品に解体されて行く。かくして、「粗大ゴミ」は小さな 「燃えないゴミ」の集まりになって、収集されて行く ・・・ 壊れた5台のプリンタも、数台のパソコンも、みんなこれで出て行った。
ただし − 数えてみたら、まだ数台、同じ作業で解体して出すべき機械がある。ベランダにも室内にも、まだ大きなツマ子用品が、いくつもあるなあ。

おもちゃの 「修理」は、「細密」作業に属す。一方、「廃棄・解体」は「粗い」作業である。
では、ソフトウェアそのものは? メディアを廃棄するのは簡単。逆に、作りかけの CGIの、最終段階の調整などは − これは 「勤勉さ」の一種だ。しかし、「過度の勤勉さは その場限りのプログラムを作り出す」という皮肉も可能なので、もう少しだけ、あと少しだけ、あと・もう1段階、 . ,

「急ぐ」 は なのか なのか、ふと疑問に思った。辞書を見たら、なるほどね: 後者は前者の縮約にすぎないと。だから、副詞形は必ず である。ただし という表現も、見たことがあるような気がする


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