ハングル工房 東京綾瀬 − パソコン・ノート

Hangeul-Lab Ayase, Tokyo
Ken Mizuno

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この「講義」の前に

あなたはコンピュータに関する「素人」だとします。
もちろん、コンピュータなんか使ったことがないとしましょう。
でも、コンピュータを使えば便利であることは知っているし、internetで韓国の生きた情報が手に入ることも、そこから韓国の本屋さんのホームページで「図書検索」ができたり、新刊書の注文ができたりすることも、まあ知っています。それから、もしあなたが学者・研究者のタマゴであって、最近の韓国の大学院の論文を読みたかったりする場合(こういう最新情報は、日本の大学の図書館には「ぜったいに」ないです)、ソウル大の図書館サイトから最近の論文が(説明ではなく本文が)ダウンロードできることを知っておいて損はありません。

学校の環境によっては、恵まれたところがあります; 例えば ある大学では、すべての学生に1台のコンピュータを用意してくれますから、あなたはそれを使えばよいです。私立の大学では そこまで余裕がないので、学生に義務的にパソコンを1台 買わせて、それを使った電子メールないし広報版で、学内に(紙をピンで止めた)「掲示板」のないところさえあります。
しかし、特に文系の大学一般では、そうは行きません。今でも学生課の「通知」は紙をピンでとめた「掲示板」で行われています。学生は貧乏かもしれないし、コンピュータなんか持っていないかもしれないから、あくまで学生への通知は紙とピンの「掲示板」でなければならないわけですね。

しかし、そんな環境であっても、朝鮮語専攻者はレポートや論文で朝鮮語を書かなければなりません。いまどき「手書き」の論文やレポートなんて、それほど多くはありませんし、あっても、それは定年を迎える前後のじいさん教授くらいのものです。いわゆる「ワープロ原稿」は、今では常識です。

しかし「ワープロ」では、ハングルは打てません。韓国製の「ワープロ機」というのがごく一時期 存在したことがありますが、今では淘汰されてしまいました。なぜなら、「ワープロ」は「コンピュータ」のごく限られた機能だけを実現する機械であって、その「限られた」機能だけでは(例えば)日韓混在文を書くこともできないし、ちょっとしゃれた英文の文書も作れなかった; だから韓国人たち自身が「ワープロ専用機」は見捨てたし、それは日本でも同じ傾向にあります。

では「コンピュータ」、手近なところで「パソコン」買えば、これはすべてバラ色か?
そうかもしれません。そうではないかもしれません。
パソコン1台 買って、あなたがどの程度に幸福になれるか、どの程度の苦労が待ち構えているか、それを予言するのが、以下 僕の「講義」です。


まずどんな機械を買うか

ごく端的に回答します:
街のパソコン・ショップに行って、「いま現在 入手できる」モデルを購入しなさい

「いま現在 入手できる」という意味は、ジャンク屋さんや部品屋さんの「稀少モデル」ではなくて、「ごく普通のパソコン量販ショップ」の店頭に出ている製品を買いなさい、という意味です。

最新モデルは高いです。ノートブックと呼ばれるタイプは、最新モデルは¥50万くらいします。それを買う必要はありません。「今日」¥50万のモデルは半年後には存在せず、その間に¥30万、¥20万という経過をたどります。半年たてば、そのモデルは淘汰されています。
だから、新型モデル登場後 数ヶ月、最新型ではないが3ヶ月前には最新型だったモデルが半額くらいで必ず出ていますから、それを買いなさい(最新でなきゃいやですか? じゃ、3年後、あなたの当時の最新モデルと、友人の3年半前のモデルと、優劣・遜色がありそうだと思います?)

パソコンはサカナ(魚、つまり生鮮食料品)と同じです。「過去 20年間、信頼できる動作を続けてきた」なんて、そんなパソコンは存在しません。家電製品には補修部品の保存期限が「製造打切り後何年間」なんて書いてありますが、パソコンにはそんなことも書いてありません。これは少しも極端ではないのですが、台湾ブランドだった AST がアメリカに買収され、それがさらに韓国の三星に買収され、その三星がさらにこれを放棄したというニュースは つい昨日のことでした。ご参考までに、ASTはノート型パソコンで急速にシェアを伸ばして有名なブランドでした。同様に三星が作った AT&Tブランドのパソコンも、いつのまにか消えました。

だから、パソコンは「電気を入れたら動く、動き続ける間がその寿命」だと思うべきです。
経験的に、その寿命は「5年」です。5年前後から、あちこちに(ハードウェア的な)不具合が出てきます − 例えば、ファンが異音を発しはじめる、電気を入れても正常に動いたり動かなかったり。ひどい場合は、ハードディスクが「見ている前で」ぼろぼろと壊れはじめます。

パソコンは生鮮食料品と同じです。おいしそうだと思ったら、夕方の値引き時間帯まで待ちましょう。待てば、50%くらいまでの値引きが期待できます。
生鮮食品は「食う」ことに意義があるので、冷蔵庫に入れておいても腐るだけだということを、銘記されたい。

5年後はどうする?
心配しなくても大丈夫。あなたは5年後、必ず別のパソコンに買い替えているだろうから。


買うときの注意

注意書きは、「パソコン」という生鮮食品の「新鮮さ」の尺度です。
1999年1月時点で、次のようにまとめておきましょう:

もし IBM互換機であれば、CPUの動作速度(クロック)は最低 200MHz。メモリは最悪でも 16MB。ハードディスクは、最低 4GB。「通信」環境として、internetにつなぐモデムは 56K bps。最後に「電源」ですが、もし韓国や台湾に持ち込むつもりなら 100-240V に自動的に追随してくれること(最近のノート型であれば、電源はみんなそうなってます)。

「最新」モデルでは、これらの数字は この2倍から4倍を示します。特に「CPUクロック」はすごいスピードで上がって行きますが − でもね、アジアの経済分析で多変量解析をパソコンにさせて「2日かかるか 10日かかるか」が問題なのでなければ、画面上でハングルの表示が 0.2秒かかるか 1.0秒かかるかは、あんまり問題ではありません。

もし Macであれば、これは「無条件に」 iMacを勧めます。この機械は、上にあげた IBM互換機の「性能」のすべてに同等または上回るし、これなら、買ったその日のうちに internetにつなぐことができます。

IBM互換機でも iMacでも、どちらでも「ハングルの読み書きは可能です」
ただし、どちらの場合にも、ハングルの読み書きを実現するために「多少の労力」と出費が必要です。

この「労力と出費」の絶対量を比較すると、おそらく IBM:100 に対して Mac:10 くらいになると思います − つまり、「どちらが簡単か」というなら、圧倒的に Macが簡単です。その意味で、あなたは Macを買うべきであって、IBM互換機を買ってはいけません。

ただ...困ったのは、韓国であれ日本であれ、IBM/MicroSoft-Windows と Macの、圧倒的なシェアの差です。「パソコン初心者」の常として、「誰か教えてくれる人がいないと不安」です。だから、多くの人は Windowsを買う; そして、Windowsでは「かなり面倒」な手順を経ないとハングルは画面に出ないし、キーボードから入力することもできないし、しかも「日本のパソコンではハングルが出るのに、なぜ韓国のパソコンでは "この" ハングルが出ないのか」という、とんでもない障害に出会うのですね。

この、最後の話が、僕の以下の「講義」の主題です; 話の多くは「Windowsではこんなことがおこる、なぜそうなのか、ただし Macでは その問題が起こらないのはなぜか」といった風に展開するつもりです。


何をすればハングルが使えるようになるか

Macでは、話は簡単です。KLK (Korean Language Kit) ひとつ買ってくれば、すべて解決します。それだけです。このキットで internetも、ハングルのメール交換も、Web上でのハングルでの検索も、韓国とのファイル交換も可能になります。

問題は、Windowsです。Macと比べると、これは「建て増しをくりかえした純日本的旅館」みたいなもので、ハングルひとつ実現するにも、長い長い迷路を通らなければなりません。
この迷路を一度経験すると人は「病みつき」になる傾向があって、迷路を複雑に通過する技巧を身につけながら「Windowsエキスパート」が育ってきます。そして、「わかりにくい」からこそ、多少理解できた人は「Windowsでハングルを使う方法」を、ハイテク技術を身につけたかのように吹聴してまわります。結果として「Windowsで」「ハングルを扱うのは難しい」。不可能ではないから、しかもユーザ数は多いから、「限られたエキスパート」だけがそれを使う・という、ある種の優越感につながってもいます。

しかし、わざわざ「難しい」ものを買うべきではありません。これから買うなら、Macになさいませ。


何をすればハングルが使えるようになるか - Macでは KLK

Macのメーカーは Appleといいます。このメーカー自身が販売しているソフトウェアに、一連の「多国語キット」があります:
Korean Language Kit
Chinese Language Kit
Japanese Language Kit
この品揃えを見てわかることは、「これは英語版の MacOSに追加できるキットだ」ということです。事実、英語版以外の「何語」版(日本版、韓国版、台湾香港版)MacOS自体が、本質的にはこれらのキットの1つを「はじめから乗せてある」にすぎません(ただし、OSメニューが日本語だったりハングルだったり中国語だったりする、くらいの変更は出ています)。

この「図式」または技法の名前を WorldScript II と呼びます。この図式は Windowsには存在しないもので、「各言語ごとに、それぞれの文字コード系を別々に扱う(ドライバ層を切り替える)」ものです。
これらのキットの1つをインストールすると、OSの入力選択肢にその言語が追加されます。例えば日本版の Macに KLKを追加すると、英文、日本語の入力選択に追加して、「ハングル入力器」が現れます。

英文の文字コードは「1バイト」ASCIIコード系と呼ばれています。日本版 Macの日本語は Shift-JISと呼ばれ、これは2バイト系です。韓国の「KS完成型」文字コードも2バイト系です。これらの関係を、Macに即して整理してみます:
この切り替えは、文書を作成中の任意の時点(地点)で指定できます; つまり同一文書内に多言語が混在できます。

Macのこの図式の もう一つの利点は、日本語は日本で優勢な Shift-JIS、韓国についてはもっとも優勢な KS完成型(8ビットx2)を使っていることです。
この意味は大きくて、例えば日本の Macでハングルのメールを書き、韓国に送ったとします。相手は韓国版 Windowsでそれを読む; 韓国の Windowsでは、このメールを当然のこととして読むことができます。同様に、韓国の Macに JLKが乗っていれば、そこで日本語文を作成すれば、日本側では Windowsでも読める、という点です。

Macの多言語環境は、「OSレベルで多言語をサポートする」点、またその各言語のコード系として その母国でのコードをそのまま採用した点が、最大の強みです。一見あたりまえのことのように思われますが、Windowsでのハングル(多言語)環境を少しながめてみると、Macのこの図式が実に「美しい(論理的、かつ一貫性ある)」ものに見えてきます。


何をすればハングルが使えるようになるか - Windowsは魑魅魍魎

Windowsには、「各言語ごとに、それぞれの文字コード系を別々に扱う(ドライバ層を切り替える)」という図式が用意されていません。言い換えると、ハングルを表示(入力)するためには、アプリケーション・プログラムの中で「ハングルという絵」を表示するか、さもなければ、「日本語文字コードの亜流」としてハングルを扱うしか、方法がありません。
この意味を、以下「アレア」と「Korean Writer」を例に説明します。


ワープロ「アレア」ハングル

IBM-PCという言葉を覚えていますか?
あれはたしか、1983年頃に発売されました。この時代、画面には「文字」つまり「英文」が表示されるだけでした。ただし、コンピュータ伝統の「なんでも みんな大文字」の時代は通り過ぎて、小文字が「英文の地の文字」になるところにまでは来ていました。

IBM-PCはその後「グラフィックス」機能を強化して、IBM-PC/ATという機種に発展しました。おそらく 1980年代の後半です。これが、現在の いわゆる「IBM互換機」、業界用語では「AT互換機」または「DOS/V機」の原形です。

PC-ATには「画面」が2つありました。もちろん、物理的な画面(TV)はひとつしかありませんが、内部的には「80文字X25行」の英文テキスト画面と、「640x480ドット」の「グラフィック」画面とがあり、この2つのイメージの「どちらか」を実際のTVに表示できるのでした。

この「640x480ドットのグラフィック画面」に、日本語を表示して見せたのが、日本 IBMの DOS/Vという「OS」でした。計算すればわかりますが、640x480の画面に日本語 40文字X25行を実現するために、日本語の「漢字」1文字はタテ・ヨコ 16ドットで表現されました。タテが少し余りますが、これは行間の余白であり、NECの PC-98 (640x400)よりは「やや」読みやすい画面ができていました。
この時点で、「漢字(日本語)の文字コードをOSに与えれば、画面には日本語の『文字』が出る」図式が完成したといえます。
IBM-PC初期の発想では、それは「絵」にすぎません。が、英語以外で「文字コードを与えれば その文字が画面に出る」というパラダイムが IBM互換機で成立したのは、DOS/Vが最初のものでした。

韓国では、韓国版 DOS/V(IBM互換機で、MS-DOSが立ち上がるとメッセージの一部がハングルで表示される)は ものすごく遅れました。現在、これを「見た」ことのある人は、ほとんどいないと言ってかまわないでしょう。

韓国でハングル版 DOS/Vが普及しなかった理由の1つに、有名なワープロ・ソフト「アレア」があります。

当時ソウル大の学生だった作者は、いくつかの8ビット機を経験した後に IBM-PC/ATに出会ったようです。この「グラフィック」画面 (VGA画面) が、東洋語の 16x16ドットで「40字x25行」にぴったりであることは、日本の IBMだけでなく韓国人も気がついていたのです。

「アレア」ハングルは、英語版 DOSの上で動作するワープロ・ソフトでした。
このワープロは、起動されると、画面を強制的に「グラフィック」画面に切り替えてしまいます。そして「入力装置(もちろん、ソフトの)」を用意して、キーが押されると、なんと! ハングルが画面に出ます。それは、コンピュータの内部構造からいえば、単なる「絵」にすぎないのですが、韓国人たちの感激がどれほどであったかは、想像に難くありません。

この「アレア」の成功が大きければ大きいほど、韓国では DOS/Vが普及する余地はありませんでした。DOSそのものは、英語版のままでよい。「アレア」1つ用意すれば、コンピュータの上でいくらでもハングル文書が書けるのですから。

「アレア」は、その後 Windowsに移植されました。Windowsに移植後も、その基本図式は変化していません − つまり、このワープロは英語版 Windowsの上でさえ正しくハングルを表示する; 英語しか知らないOSの上で、すべてのメニューがハングルで表示され、すべての操作はハングルで完結します。

「すべて自前でハングルを(入力)表示する」このやり方は、「独立」の好きな韓国人にとても親和性の高いものでした。その表示システムや入力システムの出来のよさもあいまって、これは現在でも韓国のワープロ・ソフトの主流です。

ただ、重大な、原理的な「欠陥」があります。
このソフトは「すべて」を自前で抱えています − 入力装置も、表示フォントも。従って、このソフトの「ある機能」だけを「他のソフト」から利用することはできません。例えば、アレアについている入力装置を Webの検索で使うことはできないし、「アレア」では出る「ちょっと古いハングル字体」を、Windowsのワードパッドに入力することはできません。このソフトの「すべて」は、つまり入力も表示も、さらには文字コード系さえ「独自」であるために、気に入れば気に入るほど「必ずこのソフトに依存しなければならない」という皮肉な結果を招くのです。

こうした「何もかも自前で用意する」方向は、日本では一時「一太郎」にも見られました。が、「一太郎」とは比較にならないくらい(例えば文字コードさえ自前のものを維持するし、入力装置はそれ専用 − 一太郎の ATOKは他ソフトにも流用可能なのに)「アレア」の独立性(または閉鎖性)は高く、これは将来に渡って「英語版 Windows 2000でも動作する」ことになるのだろうと思います。

ただ、そのやり方である限り、「アレア」を買っても Web検索の役には立ちません。
「アレアでなければ出ないハングル字体」も、将来的に「アレア」を維持する以外に、現実的な方法はないと思います。

技術屋さんのための追記:
「アレア」の内部文字コードは 16ビットで、ISOの制約にとらわれない「全ビット有効利用」です。従って総文字数は 65536。この中に、ASCII 8ビットも上位を 00にして収められています。
「アレア」のメニューの「別のファイル名で保存」のうち「2バイト」コードとは、この「アレア」の内部コードによる保存です。解析するとわかりますが、「2バイト」が 16ビット整数表現になっていて、従って IBM/Intelの "High Value(Byte), High Address"になっている、つまり上下バイトが反転していることにご注意。


Korean Writerとその一族

Windowsには「文字コード系によってドライバ層(OSの文字表示 下請け層)を切り替える」という図式が存在しません。例えば「日本版」Windowsを買うと、そのOSのもとでは・原則的に・「日本の Shift-JIS漢字と 英文だけ」しか扱うことができません。同様に、「韓国版」の Windowsを買うと、原則そこでは「韓国の KS完成型と 英文だけ」しか扱えません。
Q:「うそ! じゃ、なんで Korean Writerでハングルが出るの?」
A:あれはねえ、見た目はハングルだけど、中身は日本語なのさ。
Q:どういう意味? ハングルなら朝鮮語じゃないの?
A:正確に言うとね、あれは「日本語」フォントの一種なんだ。
Windowsには(もちろん Macでも)、「フォント」を変更できるソフトと変更できないソフトがあります。例えば「MS-Word」というワープロ・ソフトや、Windowsにタダで付いてくる「ワードパッド」というソフトでは、「フォント」指定ができます。一方「メモ帳」では これができません。
この「フォントを指定できるソフト」では、「ここからここまではゴチックだよ、ここからここまでは明朝で、ここは斜体に、そこは下線を引いて...」という指定ができますね。英文の文書を作ってみるとよくわかりますが、書体の選択ひとつで、見た目ががらりと変ってしまいます。例えば:




「フォント」ファイルとは、与えられた文字コードに「どんな絵を与えるか」を指定した「絵の集まり」です。
フォントのデザイナーは、与えられた文字コードの順に、その文字の「絵」を、ひとつひとつ当てはめてゆきます。その「絵」のセットは一貫したデザイン方針のもとに、あるセットには「ゴチック」という名前が付き、あるセットには「明朝」という名前が付きます。

上の英文の例でもわかるように、その「絵」のデザイン・設計、つまり「どんな絵を描くか」は、ひたすらデザイナーの任意であり、恣意で決まります。極端な話、「英語フォント」として、「まるでロシア文字みたい」な絵のセットを作ることもできますし、「英語フォント」としてタイ語のアルファベットを並べてもかまいません。もちろん「英語」とは何の関係もない、不思議な記号を羅列したってかまいません。事実、「何語」にも属さない、音声学の国際音標記号などの場合、そういう「フォント」セットが使われます。

では、
「絵」はデザイナーの任意であり恣意なのですから、日本語のあるフォント・セットでは

亜 唖 娃 阿 ...

と表示される文字が、また・あるフォントを指定すると
...

と表示されるような、そういう(「日本語」の)フォント・セットを作ったって、いっこうにかまわないのです。

Korean Writerの「正体」はパソコンの日本語文字フォントの一種であって、それを人間が見るとハングルに見えるにすぎません。

Korean Writerのこの「ハングル」は、
日本の Shift-JISシステム(つまり日本版 Windows)用のフォントとして、韓国の KS完成型の順に、ハングルその他の文字記号の "絵" を並べたもの
です。

従って Korean Writerには「韓国の KS完成型」文字に含まれるすべてのハングル、記号類、韓国漢字が含まれます。その限りで、このセットを使う限り、ほぼ完璧に「韓国版 Windowsと同じハングル」が使えます。
同時に、Korean Writerは KS完成型の写像でしかありませんから、「KS完成型に欠けているハングル」は Korean Writerでも出ません。早い話 h@n(アレアのハン)は、韓国版Windowsでも出ないから、Korean Writerでも出ません。

そして もうひとつの問題は、「韓国 KS完成型」=「韓国で最優勢の、Windowsでも Macでも使われている」文字系のはずなのに、「なぜこのファイルを韓国のパソコンでは読めないの?」ということになる点です − それは、Korean Writerがあくまで「日本語コード系」のフォント・セットであって、韓国とはそもそもコード系が異なっているので、「外見上 同じハングルであっても、韓国の Windows/Macでは無意味なコードの羅列にすぎない」からです。

なお、この項の表題を 「Korean Writerとその一族」とした理由は、今日現在 日本で販売されている (Windows用の、かつ「アレア」以外の)すべての「ハングル」表示・入力ソフトが、この類型に属すからです。これには数種類がありますが、今は省略することにします。

「コード系」の話は、この講義の中盤で もう一度 詳しい話をします。


その他、過去の DOSハングル・ソフト

「過去の」というのは、Windows以前、つまり MS-DOSで動くパソコンでの、ハングル・ソフトを言います。

「アレア」の歴史は長く、これは英文 DOSでさえ動くソフトでした。ただしそれは「あくまでアレア」すなわち「OSの機能なんか あてにしない、あくまで私は "絵" としてハングルを画面上に実現する」ものでした。

この時代の「アレア」は、現在も Windows 95/98 の「DOS窓」で、正常に動作します。ただし 100MHz前後の非力な CPUでは負担が大きく、DOS窓ではとても「sluggishな」動作つまり「もこもこ、ぽろぽろ」としか動きません。
しかし、それでも「とにかく動く」ので、僕のように「昔 DOS版は買ったが、Windows版は買ってない」ような場合には、緊急用に使うことはできます。

一方、そのころ「国民機」と言われた NEC PC-9801という機種には、名作ソフト「KOA TechnoMate」がありました。発売元は、現在の Korean Writerと同じ高電社(大阪、ホームページは あちら、ただし昔の話は出ていません)。

KOA TechnoMateは、NEC PC-9801という特定の機種をターゲットとして、その Shift-JIS「日本語コードの空白域」をフルに使って、3000文字以上のハングルを実現したものでした。この「3000文字以上」とは、実は現在の韓国の圧倒的な主流「KS完成型」の 2350文字を上回ります。
実は、現在の「KS完成型」には「ある種の古文字」が欠けています。かつての KOA文字セットにはその一部が含まれていて、それが、今になってみれば「貴重」でした。
例えば、現在の韓国の Windowsでは、"heuis" というハングルが出ないことをご存じでしょうか; 韓国の現在の「KS完成型」には、この程度の文字が欠けているのですが、この種の字体を、KOA TechnoMateは組織的に調査したようで、それが、その時点での「3000余文字」に反映されていました。

技術的には、KOA TechnoMateは「PC-9801/Shift-JIS」日本語コードの空白域をすべて使い切ったものでした。「空白」が、ワープロ・ソフトでいつも「外字」になるとは限りません。事実、この 3000余字は、当時のワープロ・ソフトであった「一太郎」の処理能力を越えていました; 従って「普通のワープロ」=「一太郎」ではこのハングルを出すことはできず、仕方がない; 高電社はそのための専用ワープロ・ソフトを、商品に添付していました。だから商品の名前も「KOA ハングル外字」ではなく、ワープロ・ソフトまで含めた「KOA TechnoMate」だったわけです。
この製品は「DOSの」異種フォントなので、現在の Windowsの「DOS窓」では動きません。

一方この時代、日本語ワープロ・ソフトの主流であった「一太郎」の、その「外字」だけを使った「ハングル」セットも、いくつか登場しました。「一太郎外字」なので、文字数の制限がありました。その制限を限界まで使い切った場合、文字数はおおよそ 1300余字になったようです。現在もそれらの「一太郎外字セット」は、当時の PC-9801「日本語 MS-DOS」と当時の「一太郎」バージョンのもとで動くはずです。(現在の Windowsの「DOS窓」で当時の「一太郎」が動くかどうか、またこの「外字」が出るかどうかは、ちょっと否定的です)

余談ですが、この「一太郎外字」セット(たち)のあるものは、「総連系」で配布されたそうです。新潟からの連絡船で当時の NEC PC-9801が北に持ち込まれ(これが当時の COCOM規制に抵触するとは、言ってはいけません)、その上に出るハングルという驚異的な事実 ...それに刺激を受けて、さらに「北で作られた朝鮮語ワープロ・ソフト」が日本でも一時 有名になり、その動作環境が(当然)NEC PC-9801の DOSであったことは、記憶にとどめる価値があると思います。1980年代後半か、90年代初頭のことでした。

KOA TechnoMateは、時代の流行に従って「DOS/V」に移植されました。が、その DOS/V つまり IBM互換機では、NEC PC98時代とはまた異なる制限のために、ハングル文字数が大幅に減りました。結果として高電社の「DOS/V」ハングル・ソフトは失敗し、やがて高電社は Windows 3.1上の Korean Writer初版へと移行して行きました。

くどいようですが、Korean Writerは「そのままでは韓国で通用しない」ものです。Macの美しい「コード系 切り替え」の図式に対して、Windows上の Korean Writerは「日本のパソコン Shift-JIS体系に寄生する、KS完成型ハングル擬似コード系」にすぎません。「日本語パソコン」のコード系に「寄生する」意味においては、KOA TechnoMateも Korean Writerも、どちらも「日本」の製品であり、日本でしか使えない製品でした。

(コード系そのものに関する原理的な話は、まだ先送りにしてあります。ある1章をささげて「文字コード系とはどんなものか」を説明するつもりでいますので、了解を求めます)


Windowsに救済措置はないか?

この質問には、困りました。

上で申し上げたように、Macでは 基本的な多言語混在の図式が完成されていて、それに従って部品を用意すれば、問題は解決します。
この「講義」を読んで、Macユーザはくすぐったい思いをしていることを僕は知っていますし、また Windowsユーザは Macをうらやましいと思いつつ・しかし にわかに機械を買い替えるわけにもいかないしと、はがゆい思いをしているはずです。

だから、Windowsユーザは言います: 「では、Windowsに救済措置はないのか」。

救済措置は、あります。
それが「英語版OSのもとでさえ動く」「アレア h@n-geul」であり、また「擬似 KS完成型」による Korean Writerです。それらは、「原理的に、ぜったいに本物のハングルが出るはずのない」日本版 Windowsのもとで、ハングルの入力も表示も可能にしてくれる、魔法の杖でした。ただ、それは魔法にすぎませんから、12時をすぎればシンデレラは再びもとの姿に戻らなければなりません − 「アレア」ファイルは「アレア」という特定のソフトがなければ、Korean Writerは日本版 Windowsという環境が失われれば、それら「ハングル」で書かれたすべての文書はゴミに戻ります。

それは、「アレア」型の(全部自前で入力・表示までやる)たくさんのフリー・ソフトがみんなすべて消滅して行ったこと、それから Macでも、「KLK 発売前には Korean Writer型「日本語ハングル」がフリー・ソフトで実現されていたが KLK 登場とともに淘汰されたこと」と、正確に同じです。

ただ。 1つだけ申し上げておかなければならないことがあります。
「アレア」だけは、Macが死に絶え Windowsが消えた後にも、生存を続ける可能性があります。

ここまでの間にも何度か示唆しておきましたが、韓国で現在 圧倒的優位に立つ KS完成型文字コードは、「あるべきハングルの字体が いくつも欠けている」という、致命的な欠陥を含んでいます。
この欠陥は、同じ KS標準「組み合わせ型 jo-hap-hyeong」でほとんど解決されますが、しかし それでも決定的に欠けているのは、(擬)古文字です。

詳しいことは「コード系」の話の後にしますが、1999年2月時点で、朝鮮近代、開化期のハングルによる文献(それに含まれる「擬」古文字)をコンピュータ上に復元する手段は、「アレア」以外には存在しません。このソフトの販売元は 1998年に倒産しかけて現在 改編の途上にありますが、さて どうなることか。この危機をこの会社が乗り越えることができるかどうか − そのあたりの話は、また、この講義の最後のところでむしかえすことにします。


(このファイル終り)