Ken Mizunoのタバコのけむり?

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Ken Mizuno

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(20040904-1) 読書録 − 『韓国の軍隊』

尹載善
韓国の軍隊
徴兵制に社会は何をもたらしているか
中公新書 1762, 2004.8.25, ISBN4-12-101762-5 C1231
最近の僕がつきあう機会が多い韓国人は、やはり韓国からの留学生だ。当然、近代文学専攻で、ほとんど場合 既に兵役をすませている。兵役をすませ、さらに留学が長引くとともに、本国の恋人とも疎遠になるケースも、ならないケースもある。中には既に結婚して妻子 (夫子)は韓国に、留学の途中でその妻子 (夫子) を呼び寄せてしまうケースもある。つまり、兵役前に結婚して子どもまでいる留学生と、さもなければ 30代前後で独身のまま留学する人との 両極端に別れる傾向があり、その中間は少ない。
彼らの兵役体験が 日本人との間で話題になることは、極めて少ない。日本人側に知識がまったくない、思いも 想像もまったく及ばない領域のことだからだ。

前にも書いたが、10年ほど前まで、僕は 韓国にソフトウェア教育の講師として行く機会が しばしば あった。ソフトウェア商品自体はアメリカのもの、そのアメリカ本社での勤務経験があり、現在 (当時) は日本にいて、韓国に行って現地の言葉で 韓国人を相手に講義・訓練を行なう講師としては、事実 うってつけの人材だったからだ。
その 「講義」 の場で、いつも驚くことがあった。受講者の年令層が 異常なほど若いのだ。せいぜい、大学を卒業したか、大学院を終わったか、くらい、つまり 20代前半の技術者のタマゴたちが、10人に7,8人、上司にあたる人が数人、ということが多かった。これが なぜ 「異常」 なことかというと、この 20代前半、つまり大学や大学院を終わる前後に、多くの韓国人は兵役をすませて、それで めでたく 「社会人」 となる; 陸軍の一般兵役が仮に 24ヶ月、それを大学卒業までにすませてしまうなら、卒業は早くても 24才になる。その後に大学院まで行けば、さらに2年から5年。そろそろ 30才である。一般企業の 「先端技術」 の現場に 20代前半が多いなどとは、想像さえしなかった。

この疑問は、彼らに聞いてみて はじめてわかった。彼ら、つまり 20代の青年たちは、兵役の一部として、または兵役に代えて、「先端技術」 分野の最前線に 「服務」 しているのだった。ただし、一般兵役に対して期間が長い。たしかに、そのころ、5年くらい拘束されると聞いた。つまり、その5年の間は軍籍にあり 軍務として 企業の先端分野に勤務するので、離脱・転職はできない; すれば兵役離脱なので、厳しい処分なり再度の一般兵役なりが待っている。しかし裏返せば、その間 解雇のおそれもなく、給料をもらって勉強するのだから、こんないい身分はない。拘束期間が長いのもうなづける。

実は、韓国の徴兵制度に興味を持ったのは、それがはじめてだった。
1980年に韓国の大学院に留学したとき、大学院の学生の年令は ばらばらだった。ある者は学部から上がったばかり、ある者は学部までに兵役をすませていてやや年長、ある者は大卒、兵役、さらに高校教師を数年やった後の入学、といった具合で、その点、日本の大学院でも似たような事情はあるから、不思議にも思わなかった。学部生はデモをやり、機動警察は催涙弾を打ち、第2の軍事政権の成立をまのあたりにした時期だったから、デモをする学生と、兵役の一部として機動警察側に立つ青年が同年代であることも不思議ではなかったし、現役で兵役中の青年が検問をしていて その彼が まだ 20才に届いていないと思われたことも、不思議だとは思わなかった。何よりも、兵役は韓国 現地人の義務であり関心であって、外国人留学生には関係がなく、韓国人たちもまた留学生と そのことを話題にすることは 少なかった。韓国には徴兵制がある。それは常識だったから、僕も常識的な理解をしていたにすぎない。

が/だから 兵役そのものは理解していた。しかし 10年前、「先端技術」 分野の 「講師」 として呼ばれたとき、だから驚いた。兵役年代の青年が、企業にいることに。
時期的には、オリンピック後の韓国。その間、事情は大きく緩和されていた。パソコン・ソフト屋の店頭にも - (男の行く道(?) − 兵役案内) なんて CD-ROM があったので買ってみたことがある。もっとも この CD-ROM は表題が連想させる通りで、ちっとも役に立たなかったが。

それから数年後だ。日本に留学している 「文学」 専攻の韓国人留学生との接触が増えた。そこで再び とまどった。彼らは、ほとんど例外なく、陸軍 24ヶ月程度の一般兵役を終えている。つまり、「文学」 などという専攻分野では、兵役には何の特典もない。もちろん、文学専攻でも ROTC つまり 在学幹部候補生の試験を受けることはできるが、実際問題 「国文科」 にその例は少なかった。ROTC 試験に受かると、大学3年から、在学中は軍の制服を着て通学することになる。良くも悪くもこれは 「目立つ」 ことであり、1980年ころのソウル大 国文科には 決して 「似つかわしい」 ことには思えなかった。
「だから」、なのかどうかは わからない。過去5年以上、出会ってきた 韓国からの留学生のほとんどは、特典なしの一般兵役をすませている。ほんの 10年前、韓国の大企業で、兵役年令の青年たちがソフトウェア教育を受けるのを見てきた (「教育」 するのは僕である) のに対して、逆のショックを受けた − そうか、韓国の徴兵制度は、やはり 「理系」−「先端技術」 優先なのだ。

そんな思いを、数年 抱いてきた。偶然、書店で この記事 表題の本に出会った。この本は、徴兵する側の立場にあった人の書いたものである。従って、最近の改革には美辞麗句が並ぶことがあり、また兵役生活の暗い部分は あまり書かれていないが、ときおり 「ぽろっ」 と それを臭わせるような部分がある。徴兵制度の、一応 詳細が書いてある。韓国人が日本語で書いたものらしいので、ときに、社会的な文脈、事情を理解していないと意味が取れない部分も、ないではない。が、少なくとも、韓国の徴兵制度を 第3者 (日本人読者) に説明した本は、これが 初めてではなかろうか?
僕自身、まだ半分 読んだところ。後半は 著者自身の兵役体験などが出てくるようだ。

おまけの余談:
一般兵役したのだと思う。「作戦兵」 だったという青年が、7月の新潟の研究会への車に同乗していた。彼を助手席に乗せて、研究会会場への最終アプローチになった。彼、見事に地図を読み、狭い路地を通る経路で車を会場に導いた。帰路も、やはり彼をナビゲーターとして、今度は韓国人 「教員」 の運転で高速道路に出た。ただ、元作戦兵にも読めなかったのは、半日後、高速を抜けて都内に接近する際の渋滞だった。
しかしこの新潟からの帰路、「作戦兵」 と運転者との朝鮮語による やりとりは うらやましかった。「教員」 は 道案内が悪いと不平を言う; 不平を言いつつ、ナビゲーターを信頼している。互いに母語で指示と不平が往復する。僕の見た限りで、日本人同士でやるより 濃厚なコミュニケーションが成立している。なお、この作戦兵が僕に指示を出すときは、「外国人に聞き取れる」 明瞭な発音で指示してくれる。「相手には外国語である自分の母語」 を どれだけ明瞭・明晰に発話できるか、それは おそらく 「国際性」 の一種だ。この記事の表題とは関係ないが。
関係ないついでに、車内では チョン・キョンファのチャイコフスキーが2度 鳴った。その中の、第1楽章のカデンツァ、この 「カデンツァ」 という単語を覚えていたのも 「作戦兵」 だった。一般兵役につく者が 「無教養」 だという連想は、明らかに誤っている。


(20040907-1) 読書録 (続き)

上の記事の本は、後半に入って、著者ではない他人 (青年) の兵役の 「手記」 風の章がおもしろかった。が、それ以後は まったく 「外れ」。さすがに軍人自身の書いたもので、無味乾燥の美しい言葉が並んでいたり、重大な事件の記述を避けていたりする。それでもなお、この著者の言う通り、「韓国には徴兵制があるから」 韓国人はしっかりしていますね、という 物知りの日本人のせりふが 韓国人から反発を受けることだけは、わかるかもしれない。それから、今から何も珍しいことではないのだが、日本で言う 「国際化」 とは、何のことはない 「脱亜入欧」 と同義語にすぎないではないかというあたり、韓国人 元軍人 現大学教官の言いそうなせりふで、こういう 物言いの好きな方には おもしろいかもしれない。本の前半は、日本では なかなかわからない韓国の兵役制度の解説なので、その意味では価値のある本である。

著者自身、「韓国には徴兵制があるから」 韓国人はしっかりしていますね、という日本人の言い方には反発を覚えるようだが、実は僕自身、「徴兵制があるから」 韓国人たちの行動様式に何かしら共通点が生まれていることは、感じていた。かつ 著者自身 「徴兵制があるから」、兵役をすませることで 「大人」 になる韓国人 という図式を、本の中で一貫させている。要するに、韓国人が 「物知りの」 日本人から そう指摘されると、韓国人は (著者は) 反発を覚えるらしい。著者は 1954年生まれで、僕より1年若い。

「徴兵制があるから、韓国人はしっかりしている」 という主張には、ある意味 説得力がある。著者が手記風に再構成して紹介している ある青年の兵役の記録の末尾には、24ヶ月の兵役の後、どのような任務にも自分は耐えられる、どんな課題も自分はクリアできる自信ができたから、大学に復学した後の困難にも耐えられるのだと、るる強調されている。これは著者自身の 「期待する兵役服務者像」 でもある。最終章では、通常の兵役を務めただけで − つまり兵役特権層ではなかったのに − その後 弁護士となり大統領にまでなった人にも言及があって、つまり軍隊経験がこの意志の力を作ったのだとも 言いたげである。

もちろん、宣伝文書ではないだけ、裏返しの いわば弊害についても書かれている。2年の間に、新兵は3階級 上昇する。除隊前に、多くは 10人程度の小隊長を経験する。その階段を上ってゆく2年の間に、徹底した上意下達、上は楽で下は苦しい身分関係の中で、最後は必ずリーダー級で除隊する。いきおい、除隊後も、社会の身分関係がその延長上に見えてくる。韓国人の 「上昇志向」 は、そのためではないかという。つまり、兵役期間中に順次昇った階級を昇るように、社会に出ても同じことを志向するのではないかと。
たしかに、僕自身の観察でも、韓国人技術者たちは アグレッシブなまでの上昇志向を持って、アメリカ風とも言えそうな転職をくりかえしていた。ただ、こういう激しい上昇志向は 世俗的な意味で成功をもたらすことはあっても、技術の基礎または根幹部分を豊かにはしてくれないし、学問であればそれを深めることにも また つながってはいない。結果として、韓国には基礎技術がない。決して社会的・世俗的成功をもたらしてくれることのない人文科学には閑古鳥が鳴く。実際、韓国の大学での人文科学一般は、10年ほど前から 「危機」 に瀕していて、国文科、社会科学といった分野が急速に統合整理されつつある。科学技術の 「先端」 を行くはずのコンピュータの分野でも、それと人文科学を結ぶ ワープロ 「アレア」 の凋落がある。「アレア」 は、1980年代初期にすべてアセンブラで書かれたが、いま現在 韓国で 「コンピュータ言語 − アセンブラ − マシン・コード」 の関係を理解している技術者、学生が、どれほどいるだろうか? もちろん日本でもこの傾向は強いが、しかし日本では かつて 100人に 10人いたのが 現在では1人か2人という印象であるのに対して、韓国にはその 「1人」 が存在するかどうか、僕は最近 疑いはじめている。

その人文科学、その中でも もっとも 「科学」 らしくない 「文学」 研究の世界でも、やはり弊害は出ているはずである。軍隊社会では、自分自身の問題意識をもつことができない。裏返すと、除隊後に大学に復帰しても、自分自身の問題意識から論文テーマつまり課題を引き出し、その みずから立てた課題を調査と論理によって解いてゆくという過程は、軍隊にはあり得ない。学生は、立ち止まる。そして、課題そのものの発見のために、例えば朝鮮近代 − 特に植民地期 − を扱う学生は 日本に留学する。その意味では、日本は玉石混交、うぞうむぞうの研究者と教官の宝庫でもある。そして、留学中に 「世界」 の新しい見方を発見し、課題をまとめて行く間に、留学は長引く。こうして 30代後半の留学生が増えてきた。
軍隊では、任務と権限の範囲が明確である。ある任務は、すべて 「私」 の物理的な身体を持って遂行しなければならない。が、任務と権限外のことに口を出すことはできないし、出してはならないし、その越権行為自体が処罰の対象になるだろう。文学研究には、その反対の面がある。文学論が近代史論、社会史論の一部であったり、逆にそれらを援用して文学側の論理を展開することがある。これは、「軍隊」 的 論理とは まったく対照的なものなのだ。7月の新潟での研究会発表は、その模索過程にあるものだった。

もう1点。その新潟からの帰路 300km。この大半の運転を韓国人たちにまかせることができたのも、一面では彼らの兵役体験がある。「運転」 という任務が与えられたとき、何をするべきか、何をしてはならないか、その 「任務」 の範囲は明確である。だから、その点に不安がなかった。ただし、どの程度のスピード違反なら許容されるとか、その時期、洪水地帯を通過するときの時間と距離の感覚 (激しい雨、ひどい横すべりを起こすハイドロ・プレーニング現象など、それ自体は彼らも対処できたはず。ただ、その瞬間は たまたまアメリカで数万キロ走ってきた僕が運転していたので、そのまま進めた)、それに東京への接近と渋滞予測など、日本の現地人である僕が判断を下すことになった。

要するに 「軍隊」 経験とは、与えられる任務、その肉体的な支え (訓練、苦痛、思考停止、克服) の過程を経験した、ということである。それが 「大人」 になることの条件だというなら、「大人」 でない日本人も、韓国人も、いくらでもいる。しかし同時に、軍隊経験は 「任務」 つまり自分の責任と責任外のものを峻別して、責任外の部分については自分の意思も届かない、ただし順調なら それらはすべて外から与えられる、それに口を出すこともできない、べきでもない、処罰の対象にさえなるので、それへの配慮を捨てるということでもある。従って、軍隊経験者は、条件反射的に 「任務」 の責任範囲を明確に意識するだろう。だから、新潟往復には不安を感じなかったが、しかしその 「与えられる」 ばかりの任務では、人文科学の 「研究」、自然科学であっても 「創造的」 な研究はできないのだ。まして、「何かの研究で実験していたら、とんでもないものができちゃった; それでノーベル賞までもらった」 なんてことは、「兵役」 の対象となる軍隊組織の中では 考えられない。「兵役」 は その意味で、今も否定的な面を強調する必要があると思う。



まったくの余談。「北」 の兵役期間をご存知だろうか?
僕も正確には覚えていない。が、数年前の新聞記事では、たしか8年?だったかを、9年?に延長するという話が出ていた。
「南」 が最近は陸軍 24ヶ月にまで短縮されたのに対して、「北」 は逆に、非常識なまでに 「延長」 だという。原因は、人口比である。現在では、経済力でも、人口比でも、総軍事予算でも、圧倒的に 「南」 が優位に立ってしまった。休戦ライン上の保守監視部隊を南側と同じ規模で維持するためには、北側の兵役期間を長くするしかない。
この話を聞いた 女性が叫んだ: 「8年も9年も兵役してたら、いったい いつ結婚するんですか!」
そう。きっと 「北」 では、兵役中の兵士がたまに休暇で帰ると、そこには新婦が待っているにちがいない。そして二人で公園へ; 池にかかった橋の上で二人は革命への意志と夢を語り合う ・・・ それが 「北」 の小説や映画のラブ・シーンなので。もっとも、たまに帰省したら新婦が待っていて、公式の 「妻」 ができてしまったが、それを放置したのは中国の魯迅である。彼には後に、『両地書』 という題名で 事実上の妻との書簡集がある。ただ、現代の北朝鮮で 「両地書」 に類することが可能かどうか、懐疑的ではある。
しかし、この8年、9年にわたる兵役を維持しなければ、休戦ライン上の兵力バランスは崩れる。それを補うのは核兵器か。そういえば、問題の本の後半には、1970年代に朴正熙つまり韓国が、核兵器開発を示唆したことが書かれていた。


(20040917-1) 「ハリポタ」 第5巻 − 解説本を読んだら

既に訳本が出た。その訳本が出るのを待ったのだろう、書店には新しい解説本が出ていた。ふと目にとまって、その解説本を買ってみた。第4巻までは、詳細な 「あらすじ」 が書いてある。第5巻についても、わずかに字数は少ないが、同じように見開き1ページで説明されている − この本を買ったのは、失敗だった。

ご存知の通り、「ハリポタ」 は 「童話」 の姿を取りつつ、しかし同時に 「推理小説」 でもある。その 「推理小説」 の あらすじを説明されたら、読者はシラける。わざわざ字数を減らしてあるとはいえ、第5巻の大筋が説明されている ・・・ ハリーの名付け親 つまり God Father であるシリウス・ブラックは、この巻で死ぬのだそうだ。もっとも、訳本を買った人は、もうそこまで読んでしまったかもしれないが。

この 「あらすじ」 の説明によって、僕には2つの効果が現われた: 1つは、まったく未知の展開を精密に記憶し その流れが過去と将来の巻とどう結びつくのかを、自力で解いて行く意志を失った。それは、解説本に もう書いてある。第2に、しかし読み進めるのは楽になった。筋書きは既にわかってしまったので、あとは細部だけだ。この作者の、技巧を弄さない (その技巧を持ち合わせない) 作品展開は、例えていえば 「今日 私は何時に目が覚めたら こんなことがあった。それから朝食はこうで、朝食に行く間にロンとハーマイオニーはこんなことを言った。だからハリーは ・・・」 という、小学生の作文みたいな展開である。それを追うだけでよい。

イギリス原語版のペーパー・バック。第3巻?までには付いていた、子どもの読者からのファン・レターのコピーは もう ない。それは、初巻では 11才だったハリーたちが、第5巻ともなると 15才、5年生になっていて、もう 「子ども」 ではなくなりつつあることに関連するだろう。事実、今も残っている裏表紙の 書評の引用には、これは既にハリーの冒険談であるより 彼の boyshood の本である、というせりふがある。つまり、成長期の少年の心理描写、その変化を扱う時期にさしかかったからである。だとすると、この巻の課題は、過去4巻までの謎解きの続きであると同時に、15才という 本当に少年期を扱わなければならないことになる。事実、「模範生 prefect」 に選ばれたハーマイオニーとロンの言動の描写が難しくなってきていて、ロンよりハーマイオニーが、まるで 鴎外の 「安寿と厨子王」 の 安寿の役割のようになっている。

ただ、解説本の通りに展開するだろう この先は、かなり はちゃめちゃである。例えば唐突な例かもしれないが、マーラーの9本のシンフォニーが、1番の静かな深刻な主題で はじまり 末尾では激しい咆哮で終わること、2番、3番、4番、5番といういくつかのバリエーションを経て 6番では冒頭から 「はちゃめちゃ」 な主題で展開されること、その 「はちゃめちゃ」 な展開が、「ハリポタ」 第5巻に対応するような気がしてきた。

第1巻から予告されているように、最終巻 第7巻は 既に書かれているという。従って、作者にはもう、第6巻 1冊しか残されてはいない。さて、解説本の通りに この第5巻が展開されるなら、第6巻は かなり強引な展開をしないと、「既に書かれている」 はずの最終巻との整合性が取れないだろう。作者は、それを成功的にまとめられるだろうか?

「ハリポタ」 第1巻、第2巻の流れで予見された、これがある種の 「循環劇」 であろうという予測は、まだ変らない。ま、それはまだ、2年先までわからないことなのだが。
第5巻は現状で、イギリス原語版、p.250/956 に届いたところ。まだ 「学校」 の授業がはじまっていない。


(20040922-1) 「日記」 のスランプ、または 倦怠期(?)

「倦怠期」 と呼ぶには、すいぶん時間がかかったものだ。過去歴は2年半しか残していないが、このサイト自体を開いたのは 1998年のはずで、その後 まもなく この 「日記」 もはじめたからだ。

この夏の狂乱の暑さ、それと並行して強い疲労感、それでも どうにか 「話題」 を見つけては書いてきたのだが、先日の 「読書録」、それに続く 「ハリポタ」 あたりから、なぜか 書いている内容の 「無意味さ」 を感じはじめている。



過去数年 − おそらく5年くらい − の間、この 「日記」 は 「特定少数の読者」 を想定して書いてきた。実際、既に過去のものになりつつあった 「パソコン通信」、その時代に知り合った友人たちを想定して書きはじめたのだが、当初は その意図通り、期待したごく少数の読者が、しばしば反応をメールでくれた。

それから数年の間には、やはりパソ通時代からの 「ストーカー」 みたいな読者もいて、その対策として、まず 「日記」 ページ自体を CGI 化した; 「ホーム・ページのストーカー的 引用」 を お断りしたかったからである。それが2年も続いただろうか。その後さらにこの CGI は 「多言語文字の混在、その中での外国語文字は画像化表示」 という、大きな改訂をした上で、現在に至っている。現在も 「ストーカー」 対策のコードは残っているが、今は必要がないので そのコードは素通りになっている。

その数年の間に、外的な 「ある」 変化が現われた − インターネット上の検索ロボットである。週に1度くらいの頻度だろうか、「あるだけ」 の記事をすべて 舐めるように見て行く者がいる; その者の参照時刻の並びを見ると、1つのファイルについて2秒、3秒といったオーダーで、次々と移動して行く; これは、機械的に参照・検索して自分のデータ・ベースに登録してゆくロボットに まちがいない。そう判断できた。実際 今では、大手の (いわゆる) 「検索サイト」 で、「朝鮮、文学、ハリポタ、童話、子育て」、それにさらに 「Ken」 または 「Mizuno」 を加えて 「AND 検索」 (以上の単語をすべて含むサイトを探せ) をやってみると、おそらく僕の この 「日記」 が一発で出る。実際 友人の中には、「この話は たしか 水野さんが どこかで書いていた」 と思った時、Yahoo か Google で その検索をしてみるという人がいる。その意味では、我ながら有名になったものだ。彼は長い間、そうやって僕の記事を (文字通り) 「検索」 していた。

僕自身が、過去2年半に限って 自分自身で 「総目次」 を作ってみたのも、実はその彼が 「公の」 サイトで僕の記事を検索していることが 一面にはあった。自分自身の書いたものから、逆に 機械的に 「目次」 を復元してみると − ふむふむ、表題だけでは意味 (内容) の想像できないものが多い。特に 「今日の日記」 などというタイトルでは、中身が まるで想像できない。友人が、大手の検索サイトを使う理由が わかったような気がした。だから、残してある過去2年分については、「日記」 などというタイトルに副題を追加した。追加すると同時に、そこから逆に作成される目次には自動的に反映される。コンピュータまたはソフトウェアによる 「自動化」 の強みは、たしかにその点にあることは、確認することになった。と同時に、自分の書いたものの中から 「キーワード検索」 ができないか、それは別の方から言われたことでもあるが、これは面倒; やってできないことはないが、それはまた、営業ベースの検索サイトか、あるいは大量の文献を扱う ある種の研究会のサイトで やるべきことであって (実際、朝鮮史研究会のサイトには 過去の出版物のデータベースが作成されて、それをキーワード検索できるようになっている)、個人の 「タバコのけむり」 程度の 「日記」 で そこまで やる必要を感じなかった。あくまで 「水野め、この話題、いつ・どこで、どのくらい言及しているだろう」 と気になる方は、Yahoo か Google で調べてくださるのが早い (速い)。



その、いや 「この」 日記に、僕は 「倦怠」 を感じはじめているのだろうか。特に 9月になってからの読書録 (韓国の徴兵制) と 「ハリポタ」 第5巻の話題は、自分で読み直してみると、おもしろくない。なぜ おもしろくないか。僕 すなわち 書き手が、少しも 「特別な」 意見、見解、読者の目からウロコを落とすような新鮮な指摘、他の誰にも出せない特別な情報を 出していないから、つまり 僕 つまり書き手が まったく 「ただの人」 であり、まったく あたりまえのことしか言っていないから、らしいと気が付いた:
・例えば 「子育て」。こんなものは、誰でもやっている。我が子の危機に僕がパニック直前になったとき、友人はメールをくれた。だが、そのパニックの表現こそ不適切であることに気がついたとき、記事は消して書き直した。そうなると、残るのは どこにでもある 「子育ての記」 でしかない。その価値は、当事者・関係者だけにしか存在しない。インターネット上の公開 「日記」 に、そんなものの価値はない。

・「ハリポタ」。僕が 「もと研究者のタマゴ」 として、その分析技巧を動員して解説するとき、読者には 「ある」 新鮮な刺激になったかもしれない。が、今度の (直前の) 記事では、それがない。ただ、「訳本 出た、解説本 読んだ、つまらなくなった」 としか書いてない。まして、今後は僕自身が新鮮な指摘をすることはないだろうとさえ、書いてある。おもしろくないに決まっている。

・韓国の徴兵制度。本を読んだだけ。それが、日本では とてもわかりにくい制度であることは指摘してあるが、それだけである。それ以上の新鮮な体験は、韓国に講師として行ったとき、また最近つきあいのある留学生たちとの関係だが、しかし それらは既に、過去のどこかで書いたことだ。つまり、この話題で新しいのは本だけで、この記事の書き手はそれ以上 何の新しい話題も提供していない。
これらに類することは、いくつでもある。ただ、去年9月の 「ルーター」 の話題、今年5月の 「外国に出たとき、メールをどうするか」 という話題については、職場の同僚つまりコンピュータ業界のプロにも一応 好評だったので、「素人にこそ わかりやすく、クロートにとっても 『こう説明されると ちゃちゃを入れたくなると同時に面白い』」 内容だったらしい。つまり、僕が 自分の 「得意分野」 と言えそうなのはそのあたりにある・らしいのだが − しかし、「Ken Mizuno のタバコのけむり?」 で本当に書きたかったこと、書こうとしたこと、5年前に書きはじめたとき意図したことは、本当は何だったのだろうか? 正直なところ、こういう 「日記」 形式の連載に疑問を感じはじめては いる。

だが、それをやめたとき、トップ・ページから放置してある 「文学、言語、パソコン」 その他の記事の追記にもどるべきなのだろうか? 今、その気がない。今この瞬間の僕自身の頭にあることは、どこにでもある子育てのこと、家族関係のこと、既に日々消費するだけの 消費財化した 「ハリポタ」 原文と、やはり 「子育て・家族」 に関連する 「おもちゃ」 のことばかりなのだ。これを 「インターネット上の」 公開 「日記」 形式で綴りつづけることに意味があるとは、また思えなくなりつつも ある。


(20040923-1) 「子育て」 の話題 − 「くすり」 と 「すくり」

上の記事 = 昨日の記事で、「子育て」 など誰でもやっていることであって、こんなものを 「インターネット上に公開」 する特別な価値が あるはずがない、と書いた。これは、一般論として 正しいはずである。「うちの子が どうした、こうした、こんなことを言った」 − そんな話題がえんえんと続く 「日記」 など、死ぬ前に 「自分史」 の中に書いておけばよいことで、不特定多数に公開する必要も価値もない。「僕も」 そう思う。新聞や雑誌に ときどきその種の投書欄があって、投書マニアたちの活動の場になる。それは、それでいい。童謡にある 「あのね / ママ / 僕 どうして生まれてきたのか知ってるよ / 僕ね ママに会いたくて / 生まれてきたんだよ」 といった ほほえましい表現は しばしば 大人の観念の産物にすぎないし、大人の観念の産物ではない 本当の子どもの 「発話まちがい / 言葉の解釈ちがい」 の面白い例は、この種の投書欄にこそ たくさんある。

それとは別に、例えば3才の子が、父親が薬を飲んでいるのを目撃して、言った: 「すくり?」。そう。不思議なことに、子音・母音がばらばらに入れ替わるのではなく、音節単位で入れ替わる: ku-su-ri / su-ku-ri 。実は、40前になる 外国人である母親にも、この現象が見られる: 「とうころもし」 とか、「とうもころし」 とか。それが 「唐」 と 「もろこし」 の合成語であると教えても、少しも改善されなかった。これは、脳のある部分のメカニズムに障害があって ある連続音を排除するのか、あるいは その連続音が何か別の連想に結びつくので無意識に忌避されるのか、と思ったことがある。子音・母音がばらばらに入れ替わるのでなく 音節単位で入れ替わる点は、考えてみれば彼女の母語 − 広東語、広い意味で中国語の仲間 − も音節単位で単語を作るので、その点に関しては日本語と同じだ。従って、それは疑問の範囲から外れる。問題は、音節単位で前後の入れ替えが起こる理由が 何なのか。3才の子がこの 「前後入れ替わり」 現象を示した以上、別の単語への連想から無意識に忌避しているのではない、ことになる。「くすり」 という語は、3才の子自身、さんざん薬を飲まされて知っているわけで、父親が同じものを飲んでいるのを見て その単語を忌避する理由はない − だろう; もっとも、彼が 「薬」 一般で つらい思いをしているのは事実で (飲みたくもない水薬、限りなく苦い抗生剤、おかげで、薬といっしょに与えられる 「カップ入りアイスクリーム」 に完全な拒否反応を示すようにさえなった)、それなら 「くすり」 という音の並びに無意識の忌避がはたらいても 少しも不思議ではないのだが − しかし、父の行動を見て けんめいにそれを確認しようとする行動の中で、その 「オト」 を、無意識とはいえ 「忌避」 する心理のメカニズムが はたらくものだろうか?

というわけで、「音節単位の前後入れ替わり」 が、脳神経上の つまりハードウェア障害によるものなのか、あるいは無意識であれ心理的な連想 つまりソフトウェア的な忌避によるものなのかは、結局 今もわからない。なお、この子にこの現象を発見したのはこれが初めてで、6年 年上のお姉ちゃんに この現象は 発見したことがない。現象を示した母親と3才の共通点を あえて探せば、出生時に親が 「高齢」 だった点があるけれど。
この他に余計なことを言い出せば、ADHD であれ アスペルガー症候群であれ、後者の説明で必ず出て来る知的能力のいくつかの 「柱」、その1つが必ず 「言語」 系である。もちろん 「言語」 能力といっても、「言語」 のハードウェア面 (発音能力) と、その先の音素形成、単語、統語 ・・・ といった細かなレベル分けが必要なのだが、臨床の現場では そんな細かなことは言ってはいられないはずで、ある。というのは、この種の子どもの障害のほとんどは、言語には関係がないからだ (障害のある子に必ず言語障害が伴う、ということはない)。脳性マヒでは強い発話障害が出ることがあるけれど、しかしその発話障害は、その子 (大きくなれば大人だ) の 「言語」 を含む知能一般とは別である。実際、三角関数表を使って 「高速鉄道」 の曲線部の傾斜角を計算したのは、高校生だった僕とその後輩で、後輩には脳性マヒによる強い障害 (発話と歩行) があったが、彼の言語、知能一般は極めて高かった − いや、正確には、僕と同じ程度だった。

お姉ちゃんのほうは、4年生である。4年の春から、今年は国語辞典など使うので家庭で用意しておけと通知はあった。そのころから、書店に行くたびに (新学期だし)、棚に並んだ 「小学生用」 国語辞典の類をながめては見た。が、当人がさして興味を示さないことから、放置してあった。ところが9月、急に 「用」 が発生した。何かの単語を調べるというので、アクセント表記のある金田一京助辞典を使った。ついでなので、この子のアクセント系を調べたら 「端を渡る」、「橋を渡る」 が異なる 完全な関東型だった。その前後に、彼女は学校に国語辞典を持って行って 授業でも使ったという。僕は、彼女が金田一辞典を持っていったのだとばかり思っていたのだが ・・・ 後でわかった: 彼女は、1周り大きい 「白いほう」、つまり岩波の国語辞典 (西尾 実 他) を持って行ったのだそうだ。おいおい、4年生が、権威主義の権化みたいな岩波国語辞典かよ ・・・

9月、書店の店頭には、もう 「小学生」 用 「国語辞典」 の棚は ない。
このまま同じ経過をたどるとすると、彼女は中学では 1980年印刷、研究社の英和辞典を使うのだろうか。これは、僕は高校生のころ使ったが、いずれなくして、後に同じものを買ったものである。

4年生で習いはじめたローマ字。一方 街には氾濫する英語と英語もどきの看板の類。Camera の綴りの C の 「意味がわからない」 と彼女は言った。「英語はね、カキクケコのところで C を書くことがあるんだ」 と答えた。僕のタバコの Camel も そうである。この L も問題になる。昨日だったか、『キリクと魔女』 の DVD のパッケージで、横文字の 「キリク」 のつづりが Kirikou であること、「これ、キリコ じゃない?」 と言ってきた。正しい。しかし 「フランス語だと、ou と書いて 「うー」 なんだ」。
単語末尾に母音のない、いわゆる 「閉音節」。これも、そろそろ 彼女には問題になってくる。早めに教えておきたいと思う気持は、ただの 「子育て日記」 にすぎないだろう。


(20040925-1) 「強制退去」 の旅費は自分持ちでなければならないか

うわさに聞いていた話として、ある違法滞在の外国人が交番に出頭または相談に行ったら、「あんた、(帰る) 旅費はあるのか」 と聞かれた; 「ない」 と言ったら、「では その旅費を稼いでから出頭しなさい」 と言われた − という話がある。
つまり、「強制退去」 させるにはカネがかかる; 国家の方針として 国のカネで外国人を送還するのは避けたい、よって強制退去であっても自費で帰国させるべし、という方針が、交番の末端まで届いている、というのだ。

実際、帰国のためのカネまたは航空券を持った上で入管に出頭すれば、その場で入管に拘束、強制退去になるが、その「退去」 の方法として、本人がカネまたは航空券を持っていれば 「自費」 帰国できる、つまり定期便の 「帰国船」 が回って来るまでの、つらい収容所生活が避けられる − と、言われていた。または、僕は そう理解していた。
その当時 問題視されていたのは、こうして直接入管に出頭すれば 直ちに帰国できるのに対して、街で職務質問に出会い警察に拘束されると、一度は拘留、取り調べ、起訴、裁判、それに執行猶予がついて はじめて入管送りになる。それで はじめて、「いきなり入管に出頭」 と同じ段階にたどりつくことになる; これは、明らかに不公平でもあり、拘留から裁判に至る国家予算の無駄使いでもある、という話が 出回っていた。

数年前、それで警察では、違法滞在が 「ある」 期間内であれば もう 拘留・起訴を省略して、ただちに入管送りにする、という話が回ってきた。事実、弁護士会 当番弁護士センターから僕に回ってくる通訳の機会も減って、たまにある呼び出しは 違法滞在期間 数年を超えるものばかりだった。

2年ほど前だったか、全国規模で警察庁が、今後 違法滞在外国人については、罪状がオーバーステイだけなら 拘留・起訴を経ず 直ちに入管送りにすべし、という通達を出したという話が出た。これは、新聞記事にもなった。かくして、今後 例えば僕に通訳の呼び出しが来る当番弁護士の事件には、オーバーステイ以外に 何かしら刑法犯が付随することになる。そう考えた。が、それだけに さらに呼び出される機会は減った。久しぶりの呼び出しがあったときは、身構えた; オーバーステイだけなら拘留はない、それがある以上、必ず刑法犯が伴っていることになる ・・・
初めて呼び出しを受け弁護士とともに留置場の接見に行ったときのような、新鮮な(?)緊張とともに出かけた。結果は、旅券そのものが偽造だった。つまり、入国そのものが違法なので、その偽造パスポートに正規のビザがあっても意味がない。この例では、かつて日本に出稼ぎに来たが、一度オーバーステイで捕まり退去させられている。その当人には、韓国内で再度パスポート発行は望めない。だから当人は、「正式な」 手順をとって、ただし他人の名前の 「本物の」 パスポートで再び出稼ぎにやってきた。それが 再度オーバーステイで捕まった − というケースだった。
この 「事件」 の、その後を僕は知らない。僕は弁護士会の当番弁護士センター登録の通訳であって、裁判所には登録していない。仮に、その日の当番弁護士がそのまま国選弁護人に移行しても、僕は裁判所の通訳ではないので、その後その事件に関与することはないからである。僕が裁判所に登録しない理由は前にも書いたし、この記事末尾にも再度 書く。

ごく最近のケース。
例によって、被疑者を特定できる内容は書けない。が、パスポートは本物だが紛失している; オーバーステイ。パスポートを紛失しているので、オーバーステイ以上の嫌疑があると 警察官は判断したのだろう。拘留請求。当番呼び出し。今後は起訴、裁判、執行猶予と同時に入管送り。問題はその先だ。この人の場合、韓国内にも頼れる親戚がない。手持ちのカネはない。「自費」 帰国は絶望的だ。その場合、今まで僕の理解してきたところによれば、ある期間 収容の後、定期便の 「帰国船」 で帰れるはずだ。そう考えていた。

しかし弁護士は言う: 自費帰国できるカネが用意できなければ、無期限に収容所で暮らさなければならない; 「定期便」 など、ないと。
「大村収容所」 の非人道的な処遇が問題になったのは、遠い昔のことだ。現代の収容所は大村ではない、内陸にあり、最近では冷暖房さえあるという。が、内陸にあるという点は、定期便の 「帰国船」 は もう ない、という点にも符合する。あるいは − 例えば年間何人という送還 「枠」 があって、その 「枠」 内で飛行機に乗せるのだろうか? 僕は、今でも地球を1回りしてくる 「定期便」 送還船があって、その周期で 「強制退去」 者を送り出しているとばかり思っていたのだが。
この 「定期便」 がないと、「収容所」 は無限に人口増加を続けるだろう。所内では 「労働」 はできないという。まして外に働きに出るわけにはいかない。所内で労働させ、その対価を貯金させ それで 「自費」 帰国させる、そういった回路がなければ 収容された者を送り出す方法がない。無期限にとめ置くなら、収容人口は無限に増えつづけるしかない。それこそ 「国費の無駄遣い」 以外のなにものではない。入管の、現在の、現実の政策を知りたくなった。



なぜ僕が、裁判所の法廷通訳に登録しないか:
過去に傍聴した例の中の、たった1例:
被告人は中国人青年。小さな窃盗団の監視役をやったらしい。オーバーステイが伴っていたはず。裁判は開廷から判決まで1時間。判決の後、裁判官は親切にも 「あなたは この後 入管に収容され、強制退去になると思われます」 と説明した。その法廷に朗々と響くのは、髪の長い女の通訳の声だけ。裁判はそれだけだった。
が、傍聴席には、僕以外に もう一人いた。若い女だった − もしも、仮に、この若い女が妊娠していたとする。そのとき、この責任を取るのは誰なのだ?

通訳は、本質的に 「自分の意見」 を述べることができない。静かな法廷に朗々と響くのは、人格を持たない、長い髪の女の通訳の声だけだった。彼女の声が、被告人の運命を決める。いや、運命を決めたのは彼女ではないが、その残酷な宣告を あの明瞭な (母語だろう) 中国語で青年に伝えたのは彼女なのだ。僕にはできない。まして、傍聴席にただ一人 女がいるという状況を見た以上、それが僕なら、僕はその場の職務を放棄ないし忌避したのではないか。だから、僕は今も、裁判所の通訳に登録することができないでいる − いや、それが 「仕事」 というものなのだろうか。通訳の彼女は、事前に判決を予測しただろう。だからこそ、ロボットとしての 「通訳」 に徹した。法廷通訳は、完全に機械でなければならない。それに対して 「弁護側」 通訳は、まだ通訳として弁護人と意見交換する余地がある。だが、国選弁護人について接見に同行する通訳は裁判所の通訳であり、この通訳が法廷での通訳でもある。つまり、「国選」 での通訳は 必ずしも 「弁護側」 通訳ではなく、機械としての法廷通訳の兼任でしかない −

一方、警察・検察側は取り調べ段階でそれとは別の通訳を自前で用意して、想像だが その報酬のほうが (はるかに) 高いはずである。つまり、国選の法廷通訳・兼・弁護士通訳は 「国選」 以上の存在ではないが、取り調べ側は必要に応じて有能な通訳を使っている ・・・ ということである。なお、その被疑者の取調べ中、つまり起訴前には、国選弁護人は付かない。多くの場合、ただ1度の当番の接見の後は、起訴されるまで放置され、起訴と同時に 「あなたは自費で弁護士選任するか、国選を求めるか」 という問合せが裁判所から出る。それまでの間、被疑者の出会う相手は取り調べ官とその通訳だけである。


(20040926-1) 「増加する外国人の凶悪犯罪」?

長いスパンで、「凶悪犯罪」 は増えているかもしれない。が、この数週間のニュースを見ていると、殺人事件など日本人同士の怨恨だの、保険金殺人だの ばかりではないか。もう少し過去まで行くと、外国人同士の殺し合いつまり殺人事件は、数回 続いたことはあった。

いずれにしても、新宿あたりでは外国人への職務質問 (警察官による) がひんぱんに行なわれていて、弁護士は 「1日に3回も職務質問に会った」 という外国人を知っているという。

第1に、外国人を含む総人口に対する凶悪犯罪の発生率が、過去何年かの間に統計的に増加したというなら、それはそれでいい。第2に、過去 20年の間に 違法滞在の外国人が飛躍的に増加したのも、まちがいない。しかし第3に、合法滞在の外国人も同様に、飛躍的に増えている。増えているのは、日本政府自身が 「国際語としての日本語」 などというスローガンを掲げた時期があったり、その方向で 「国際化」 などというスローガンが出たりしたことと 無関係ではない。一方では 「外国人さん いらっしゃい」 とやっておいて、一方では 「外国人の凶悪犯罪」 とくる。これでは 「外国人」 の立場は なかろう。凶悪犯罪が増えている、同時に外国人が増えている、従って(?) 増えた犯罪は 「外国人の凶悪犯罪」 だろうという素朴な発想は 文字通り素朴な、幼稚な連想にすぎない。統計があるなら、取り締る側はそれを出せばよい。つまり、外国人一般を含む 「人口」 に対する犯罪発生率と、その犯罪者の数について外国人の比率 内訳; そのうち外国人については滞在資格の有無と、それぞれの母集団に対する4つの比率 (合法・違法滞在 それぞれの中での犯罪率と、合法・違法すべての外国人数に対する、合法・違法それぞれの犯罪者率。もちろん、母集団の大きさ (数) とサンプル数 (犯罪者数) も考慮しないと意味がない)。

念のため、こういうことは予想してもよいと思う − 合法滞在者と、生活 (つまり出稼ぎ目的) 違法滞在者は、犯罪率は非常に低いだろう; この一派は、あくまで 「外国人」 である自分を守りつつ生活する必要があるから; ただし、違法滞在の場合 「足元を見られ」 、トラブルに巻き込まれる (または実力行使に及ぶ) ことがあるので、多少 「犯罪」 者として検挙される率が高くなる。ただし、違法滞在そのものの発覚は、この場合は 「犯罪」 に含めない (含めると、発覚・即・犯罪になるので、統計の意味がなくなる。「普通なら警察に通報されないが、違法滞在の外国人であるが故に通報された」 程度のトラブルも、この場合 多少は考慮する必要があるかもしれない)。
一方、非合法滞在者のうち犯罪そのものを目的とする一派の犯罪率は、当然 100% 近いだろう (「目的」 を実行できないまま 「ひそかに」 生活している 「犯罪目的」 滞在者もいるはずだから、100% には届かない)。

ところで、「職務質問」 とは、警察官の職務によって、道行く人を呼びとめ、その身分証明などを求めることを言う。この場合、相手が日本人であれば、日本人つまり 「国民」 には どのような 「身分証明書」 の携帯義務もないので、警察官は手が出せない; せいぜい、挙動不審で任意出頭 (ちょっと交番に来て話を聞きましょうか) を求めることができる程度だ。では、
「わたし」 は碧眼紅毛のいわゆるガイジンで、日本語はカタコトしかできない。だが、「わたし」 は日本国籍をもつ日本国民である (この例は、法的に日本国籍を (も) 持つ親を持ち、かつアメリカで育った人に、ありうる。また、日本人配偶者を持ち日本国籍を取得したが、日本語を習う意志はない、という場合もある)。日本国内において、国民は どのような身分証携帯の義務もない。旅券または外登証の提示を求められて 「わたし」 はこう答えた:
Watashi-wa nipponjinde-su
警察官は どうするであろうか?


(20040928-1) 「ソナタ」 と 「ハリポタ」 の俳優は似ている

よそで かすかに話題になっていたので、僕の感覚が異常なのではないと確認したと思った。「ソナタ」 の主人公役だそうな、俗に 「ヨンさま」 おそらく原語名 と、「ハリポタ」 の主人公ハリー役 Daniel Radcliffe。

街の家電屋さんの店頭に、たしか Sony だったか、どうか、DV カメラのポスターがあった。あれ? ハリーが ずいぶん大人っぽくなった感じで、これは映画第4作を撮影中のそれかな、と思った。が、そこにいた9才の娘いわく 「ちがうよ! 全然 別の人でしょ」 ときた。次にその店に行ったとき、レジのお姉さんたちに聞いてみた: あれは 「冬のソナタ」 の主人公なのだそうだ。

思い出して分析してみると、メガネの形、顔の輪郭、髪の長さまたは髪型、それに − ここが重要なところで − 日本の 「女受け」 しそうな 「やさ男」 の顔、または表情。この二人には、僕には年令差しか読めない。「ソナタ」 の番組を見ていれば彼の表情の動きから判断・判別の基準ができるのかもしれないが − しかし 同様に 「ソナタ」 は見ていない9才は 「ちがうよ! 全然 別の人」 だと言下に否定した。

人の 「顔」 の判読は、脳の画像認識能力に関係するはずだ。僕は昔から、それが不得意だった。ひょっとして、僕の脳内では、その種の識別能力が欠けているのかもしれない。例えば、20代で好きな女の子がいて、その子のことを考えつづけている間に、いつの間にか彼女の顔を思い出せなくなっている − この現象は何度も体験したので、もし、他に同じような記憶のある人がいなければ、僕の脳内の 「顔」 画像記憶能力に問題があることになる。

なお厳密には、「ソナタ」 は TV を見ている間に、ほんの数十秒、原語での音声に字幕が付いたのを見たことがある。想像するに、語学番組の一部だったかもしれない。ただし そのときは子どもが騒いだので、それで TV は消した。数十秒の画面は、彼が 「僕はウソをついていた、僕の両親は健在だと言っていたけど、実は母は死んだんです」 と語る場面で、「死んだ 」 という表現が 「自殺」 を暗示しているらしいと思わせる、そう思っているうちに子どもが騒いで TV を消した。その彼の声は、ハリー役の Dan と全く異なる。が、9才の子はそれを見ていないのに、ポスターが 「全然 別の人」 だと即・断定した。
やはり、「顔」 という画像認識/記憶には、脳内メカニズムが関係しているのだろうと思う。


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