Ken Mizunoのタバコのけむり?

Hangeul-Lab Ayase, Tokyo
Ken Mizuno

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最近数年の記事の総目次
この時期の前後の 目次


(20040702-1) Cable-TV プロバイダと Windows 95

こんな題をつけると、ご本人には たちまち わかってしまう。が、許してくださるだろう。

コンピュータの 「プロ」 は、自宅のパソコンくらい自分でセットアップしてしまう。あたりまえの話で、そのくらいできない 「プロ」 は 「もぐり」 か ニセ医者の類である。

で、プロは、自宅のパソコンくらい自分でセットアップしてしまう。
職場の同僚 (または先輩) の話だが、彼は Cable-TV 回線を使った プロバイダ・サービスを 早い時期に導入した。時期は、Windows 95 のころ。それ以来、自宅では常時接続、パソコンも 24時間 稼動しているにちがいない。こういう早い時期の導入は、「あたり」 さえ悪くなければ (Cable-TV 側 プロバイダの技術が低くて すぐ落ちるとか、Cable Modem が故障するとかが なければ) いつまでも使われる。今この瞬間まで、彼の自宅は それでインターネットにつながっている。
時代が時代なので、まだ家庭用ルーターは ない。それが なぜ、過去2年の MSBlaster 型、最近の Sasser 型 「つないでいるだけで感染する」 ウィルスにやられなかったか? Windowsが古いからである。「つないでいるだけで感染する」 タイプのウィルスに感染するためには、OS 自身に 「ある種のサーバ機能」 がなければならない。それが付いてきたのが、Windows 2000 から (か、Windows Me からか)。Windows 95 は、「外部からの TCP/IP アクセス要求」 に応答することがない。従って、この種のウィルスに感染するおそれはない。Windows 95 当時にも、"Windows Update" があった。だから彼は冗談半分に、それは 「Windows 95 最新版」 であると自慢してみせる。

が、時間がたった。もう Windows 95 は淘汰する時期になったと、彼は考えたか、あるいは その隣に Windows Xp を並べるつもりなのか、それは僕も知らない。とにかく彼は、推定最大で機齢9年になる Windows 95 の他に、最新の自宅用機 購入を考えているようだった。しかし、そこで あわてない; あわてないのがプロ。

彼、過去2年近く、僕の 「この」 ページを読んでくれている、「きわめて少数」 の読者の一人である。去年9月の 一連の 「ルーター」 の記事、つまり 「ウィルスに対する簡易ファイヤ・ウォールとしてのルーター」 という記事には、興味を持ってくれた。プロである。理解は早い/速い。Windows 95 を XP に取り替えるにあたって、常時接続の危険は直ちに理解する; プロである; あわてて 「新しいパソコンほしい」 と飛びつくことはない。今日 聞いた。まずルーターを買ったそうだ。ううむ。これほど確実に、「この」 日記の意図を理解し実践してくれる例は 少ない。実は彼以前にも、韓国おたくが 「ルーター、いいことずくめ」 を理解し、年賀状に 「ルーターも買いました」 と書いてくれたことがある。が、彼はその後、メール添付型ウィルスに感染した。その意味で、アマとプロの 「わきの甘さ」 は 比べようもない ・・・
昨年9月の 「ルーター」 連載にせよ、先月の 「外国に出たときのメール」 連載にせよ、話は かなりの回数を重ねた。大学時代の恩師は、それをプリンタに出して読んでくださる; 書いた順に 次々と 「上に」 追記されているので 読みにくい。それは今も お叱りが来るのだが、師は さすがに 「紙」 の資料を扱ってきた方である; プリンタ出力をハサミで切り貼りして、書いた順、つまり説明した順に並べ替えたとおっしゃる。その結果、「これは実に丁寧な解説であり,このままほっておくのはもったいない」 とまで言ってくださった。そうか・・・
過去の記事、半数はこうした ろくでもない雑談だが、「いつか、誰かに、必ず役に立つかもしれない」 記事は、読みやすく別にまとめておくほうが良いのかもしれない。しばらく考えてみることにする。

(20040704-1) 結局カラー・プリンタを買った

買ったのは HP ブランド。実は HP のプリンタは最近 NEC に OEM 供給されている (つまり、実のメーカーは HP、出荷先は NEC、その際 顧客先つまり 「NEC」 のロゴ入りで出荷する; これを Original Equipment Maker (Making) と呼ぶ。NEC に限らず、既にパソコン本体は台湾メーカー製品で 単に国産ブランドのロゴが付いているにすぎない例は (実に) 多いが、USA ブランド・メーカーが 日本の超大手 NEC にそれを供給するのは、僕には驚きだった。日本のパソコン黎明期に、NEC はプリンタも自社製だった。だから当時の 「NECプリンタ」 互換製品でないと動かないソフトも、多かった。それが今では、NEC が自社ブランドを USA メーカーから調達しているなんて)。
この 「NEC」 ブランドで買うなら、Sofmap のリストにも出ていた。が、お値段が ¥1,000 ちがう。それに、「NEC」 ブランドとなると 「NEC 固有」 の余計なソフトに悩まされるおそれがある、と踏んだ。ここは、あくまで HP ブランドのまま買いたい。

店売りをしばらく探してみたが、ない。面倒になって、インターネット上で発注した。
買い替えの理由は、旧機が インクのかすれを示しはじめ、一時はカートリッジ交換で改善したが、また現象が出た; これは、もう機械の寿命かもしれない。カートリッジのインク切れ間近だったこと、子どもの 「コピー」 ごっこで そのインク切れ警告が出たことを機会に、結局 同じ HP ブランドを発注した。
旧機自身、モデル落ち定価の半額で買ったものだった。その定価 ¥3万くらい。従って購入価格は ¥1万4千 だったか。今度のは、「新モデル」 のはずだが、定価 ¥9,800+消費税。カートリッジを1セット追加しての発注では、¥1.6万 になった。量販店の店頭で、最安値は LexMark が \6,800、次が Canon の ¥9,800 だった。HP の定価または呼び値がやはり ¥9,800 で、僕はそれを発注した、と。

実は、気になっていた。量販店の店頭では、その Canon さんが ¥2,000 ばかり値が下がっていた。HP のそれを発注、確定の返信が来た − その翌日! − あはは、大幅な投売り、¥6,800 だったか ¥6,880 だったか。あは。
まあ、世の中って、そんなものかもしれない。「安い」 のに しといて、よかった。この値段なら、「大幅値下げ」 で ¥3,000。これが、¥20万級の機械で 注文翌日¥6万も値下げされたら、たまりませんわ。

その HP/NEC の 2400dpi カラー・プリンタを動かしてみて、困ったのは 「白黒だけ」 の指定ができないことだ。安手のカラー・プリンタは、ソフト側のそういう細部の指定に 手が抜かれる。カートリッジの容量も小さい (インクの量が少ない) ので、これでは Running Cost を無視できない。前の機械で 「白黒」 200枚 印刷できたとして、今度のでは 100枚くらいではなかろうか。

「仕事」 でプリンタを使っている方はご存知の通り、「カラー」 が必要なケースはまれである。請求、納品、見積りといった文書を 例えば Excel で作ると、意外なところに意外な 「色」 が付く。これを 「カラー」 で紙に出されると、困ることがある。だから今でも、僕はその種の文書は 大昔の 「白黒レーザー」 で出し、そこに赤いハンコを押している。

インク・ジェットのカラーは、どんどん安く、速く なって行く。high-end の高級機は、高精細度の写真にしか興味がないらしい。
困ったことに、その裏返しに 「白黒レーザー」 は やたらに高級化、高速化する方向にあり、いまどき 「毎分 数枚」 のレーザー・プリンタなど ない。毎分数十枚、ネットワーク対応なんてのが一般化してきて、これが昔のコピー機なみ、つまり 20万円から 百万円の間に分布している。そんなの、わたしゃ買えないわよ。当分は 「毎分4枚」 の前世紀の遺物を月に一度 動かすことになる。このカートリッジの供給は既に途絶えているので、街の 「再生カートリッジ」 の供給がいつまで続くか、それがこの 「レーザー・プリンタ」 の寿命になりそうだ。

なお、「カラー・プリンタ」 には、安物でも強力な使い道があるのをご存知だろうか − 地図である。実は、この7月中旬、研究会があって新潟に行く。その経路、高速道路の入口と出口あたりを拡大する。同乗者には 「車はここで待つので ここに来い」 と地図上にマークを付けて送る。一方 目標地点周辺の地図を送って、あちらには 「車では ここに来い」 とマークを入れさせる。未知の土地に行くとき、相手側にもパソコンとメールがあれば こんなことができるという、いい例になりそうでは ある。


(20040705-1) 老人のパソコン その後と 「自分史」

週末、通り道だったので予告せず父の家に寄った。こうして奇襲すると、「孫・子を待ちかまえて準備している」 彼らではなく、ふだんの彼らを観察することになる。ま、予想外の事件も起こっていないし、ばあちゃんの耳も さらに遠くなりつつあるし、ほぼ想定の範囲内だった。(こうして親の生存を確認する必要を感じるようになる前に、読者よ、せいぜい親孝行されよ)

唯一、予想外だったのは、問いもしないのに じいちゃんが 「パソコン」 の言い訳を はじめたことだ。心臓に不整脈がある、胸の動悸が激しい、パソコンどころじゃなくなってしまったと。
ふむふむ。そうですか。今や生存の危機に立たされている人なら、生きている間に、つまり死ぬ直前まで、最後の力を使い切っても書き残したいことがあるなら、パソコンいじって動悸が激しくなるわけではないだろう、最後の一瞬まで書きたいことを書きつづければよいのだが ・・・ (追記: いや、考えてみれば、「このトシでパソコン」 という心理的な圧力が、動悸をさそうことは考えられる; そうなれば、当人は 「心臓疾患」 と認識しているので、そこからは動悸と 「パソコン」 とが相互に、つまり いたちごっこになる可能性は ある。が、ほしいと言った ワープロ = パソコン を受け取れない言い訳がまず出た点は、彼自身 それが心に ひっかかっていたのだ。「いまからパソコン」 の圧力、無視できない)

既に亡くなったが、僕の姉の夫の父親は、ガンで一度 入院し、手術を受け、本人は 「もう治った」 と、平然として帰ってきたそうだ。そして 「自分史を書くのだ」 とワープロに向かっている間に、再度の入院では生きて帰らなかった。「自分史」 の原稿フロッピーは5人の息子の一人が預かり、整理して親戚に配布することになっていたが、もう 10年近く その配布の様子はない。

そうなる前に、僕の父の世代 つまり 現在 80才が射程距離内にある方々よ、書きたいことは今、元気なうちに書いて、自力で出版されよ。自費出版で親戚に配布しても、ろくに読んでくれる人などいない。それはそれで 世の常識の1つで、やむを得ない。しかし、その自費出版を 「いつか」 読んでくれる人は 現われる。例えば 「私」 の死後 30年、読者は 未来の孫、あるいはそのまた子である可能性もある。それはそのとき、21世紀初頭の文化状況の分析に使われるだけで、「私」 の言いたかったことは無視されるかもしれない。が、それでいい。「書き残す」 のは、書き手の意思。それを 「どう読むか」 は読者の意思である。「紙」 に書き残すということは、そういうことである。「出版」 というのは、100冊に一人、1000冊に一人 読者が現われるかどうかという、とても 「むなしい」 行為に思われることがある。それでもなお、「書く」 ことに現在の 「私」 が意義を認めるなら、「私」 は書きつづけるべきである。

1910年代の朝鮮での 安手の出版物が、いま文学史研究の中で 「脚光を浴びている」 とは言いがたいが、再評価されつつあるのは事実だ。その当時、こんな安物の出版は使い捨て、その場限りの娯楽モノだと考えられていた。が、それが その時代の 「何か」 を語っている以上、いつか、それが評価されるときがやってくる。
それが自費出版の 「自分史」 である場合、「文学史的な」 価値はないだろう。だからこそ、「自分史」 は親戚中に配布する。誰も読んでくれなくてもよい。読んでくれるのは、「私」 が死んでから2代か3代先、親の死後 書庫を整理していたら ひいじいさんの 「自分史」 が出て来た、それを発見した子孫の誰か・だけ、だろう。それを承知で書くのが、プロの 「文士」 でもない、研究者でもない、一般人の書き残す 「自分史」 である。


(20040706-1) 老人の 「自分史」 が あまり公開されない 一般的理由

昨日 書いた、姉の嫁ぎ先の義父の 「自分史」 が公開される様子がない理由には、いくつか 思いあたることがある。具体的には (原稿を見ていないので) わからないが、一般論として この種の 「自由な書き物」 には、いくつか 「公開」 できない内容が含まれることがある。

まず考えられることは、それが 「完結」 していない点である。
が、それは、老人の最後の営みとしての書き物なので、その半ばで他界すれば、「完結」 しないのは当然である。まだ生きていれば、次々と書き継ぎたいだろう。故に、「死ぬまでに書き残す原稿」 は、学術論文の構成でもとらない限り、決して 「完結」 することはない。生き残った者は、その 「未完」 の原稿を前に、途方にくれる。他人の 「原稿」 をある程度 扱い慣れた人ならともかく、普通の人は、「手のつけようもない」 まま放置する。かくして、必ず 「未完」 の 「自分史」 は、決して遺族の手で復元されることがない。

第2に考えられるのは、その原稿 つまり遺稿の中には、周辺プライバシーが露骨に述べられているだろう点である。それは、筆者生前の経済事情にはじまり、その前後で誰から支援を受け、一方まったく助けてくれなかった誰それに対しては長い長い恨み言が繰られているかもしれない。そこまで来れば、出版を念頭におかない書き物であるだけに、恨み言の相手方に対しては 「あること ないこと」 含めて、さまざまなゴシップが含まれるかもしれない。そうなると、それを見た遺族 (それを代表して一人) は、これを安易には出せないと考えるだろう。少なくとも、「書かれた」 当人に 見せるわけには行かない。その 「書かれた」 当人とは、書き手の息子、その妻、あるいは書き手自身の配偶者へのうらみつらみ、それらの連鎖で あらゆる親類縁者が そこには登場するだろう。親類縁者に限らず、職場、労働運動、政治がらみ、宗教がらみのあらゆる関係者が、そこには登場しているかもしれない。この 「私的」 な書き残しは 「読者の目」、読者による印象を考慮していないから、「書かれた」 者たちの機嫌を まず損ねるのは明らかであり、従って遺族代表として原稿を預かった者は 「手の付けようがない」 まま、放置することになる。それが公開されてかまわないのは、多くは 「書かれた」 者のすべてが他界してからである − そもそも、老人の繰り言にすぎない こんな書き物を 「公開」 して何になるのだろうかと、遺族代表は 考えることになる。一般に、老人のこの種の書き物は 「うらみつらみ」 の連鎖連続であり、それも、特に書き手が意図しない限り、敵意に満ちた文面になりやすい。それは、多くは 「公開、公刊」 の価値のあるものではないと、みなされる。かくして、未完の 「自分史」 は決して公開されない。

だから − 「自分史」 を書かれる方は、生きている間に、なんとしても完結させていただきたい。完結しても、「自分」 はまだ生きているので、その本には 「未記述」 部分がある。それで、よい。「自分史」 完結公開後、書きついでいただきたい。既に公開した部分の 「補遺」 にあたるので、その量なら 遺族が 「手に負えない」 と放り出すことなく、やはり 「補遺編」 としてまとめてくれるだろう。

「完結」 は、とても難しい。書きたいことは次々に湧いてくるだろう。そこを ぐっと抑えて、「なにはともあれ、生きているうちに」 公開されよ。大人として、老人と呼ばれるあなたの、文章・構成上での 「抑制」、「大人」 であることを生かす場面である。一度、そうやって完結されよ。後は、書きついで遺族にまかせればよい。


(20040707-1) ヘリウムは 東急ハンズで売っていた + 顕微鏡、望遠鏡

子どもと外出したとき、「東急ハンズ」 に行ってみた。ご存知の通り、「趣味」 一般、ちょっと凝った 小物、男の子またはその延長上にある 「もと男の子」 たちの好きそうなもの − 例えば 「大人の科学」 に類する擬似アンチークな商品類など − が並んでいる店である。小型だが本物の顕微鏡、日曜大工の道具、ファッション系とはやや異なる文具一般、それに類するおもちゃ。この 「おもちゃ」 の一角に、「キンチョールよりやや長い」 ヘリウム・ガス入りのボンベ、600円台があった。そのすぐ隣に、これまた本物の 「ボンベ」 型 (ナマビールの炭酸ポンベ型) をした大型ボンベと 空 (から) の風船のセットがあった。これは 6000円台。不思議なことに、「大人の科学」 シリーズは見当たらない。かつて あったかもしれない ラジコンの飛行船も見当たらなかった。

問題は、それが 「東急ハンズ」 という特殊な店であることである。「阪急」 電車はなくても 「阪急」 デパートが東京にあるように、「東急ハンズ」 は 大阪にもあるかもしれない。が、だけれど、だ。風船 (その他) を充填するためのヘリウム・ガスは、やはり 「そういう特殊な場所」 でなければ手に入らないことが問題なのだ。「ハリポタ」 の映画 第3作にあわせて LEGO (ブロックおもちゃ) のハリポタ・シリーズが出た。この LEGO のハリポタなら、イトーヨーカドーで売っている。おそろしく高い (ハーマイオニーも入っている ハグリッドの小屋セット、これがなんと¥6,300 である) から、売れないかと思うと、店頭はけっこう動いている。LEGO は 3才から6才くらい以上の子どもを対象とする商品のはずだが、実は大人が買っていると見るのが正しい。僕自身、大学生のころ LEGO に 「はまった」 ことがあり、我ながら 「ええトシこえて、何をやってるのだろう」 と ひそかに悩んだ(?)ことがある。だから LEGO は、案外 「大人の」 おもちゃで、実際 先日 買った小さな飛行機にしても、数百円、我が家のお姉ちゃんの1週間のおこづかいでは買えないし、買っても難しくて扱いきれない; つまりは僕が組み立て、2才児を喜ばせて、喜んだ2才児はこんどはそれを ばらばらにするほうが面白くて、結局また父親が組み立てる − 脱線したが、LEGO はイトーヨーカドーでも、駅前のおもちゃ屋でも売っている。が、ヘリウム・ガスは 東急ハンズに行かなければ、ない。

それより、東急ハンズでは、意外なものをみつけた − プレパラートを必要としない顕微鏡。
この原形?を、僕はかつてアメリカの Radio Shack で買った。おそろしい安物で レンズの精度も低いので、30倍程度にとどめてあったのは賢明だったろう。しかし単3電池2本で照明がつき、例えば指先の指紋を見るには拡大率が高すぎるほど。レーザー・プリンタと カラー・プリンタの 印字面の 「にじみ」 の比較などには強力で、紙の繊維上に定着した・または にじんだインクの様子が、紙の繊維との関係で とてもよく見える。買ったとき、おそらく US$10 前後か、高くても $30 程度だったろう。長い間 僕の宝物の1つで − もう 15年以上 − 使っていたのだが、2才児が一度 壊してから、なかなか原形に修復できないでいた。
東急ハンズで見たのは、¥5,000。50倍で、照明はつかない。が、レンズの精度は高い。店頭の札にあるバー・コードを見てみたら、おう、すごい。照明がない点、お値段が高い点で、その日は買わずに帰った。が、結局これを買うことになりそうだ。
なお、同じ売り場には (「少年用」 と称さない本物の、しかしプレパラートを必要とする) 小型の顕微鏡が数種類、それに、これをさらに 「ハイテク」 化した 照明付き超小型ブランドもの (Pansonic だったか?) があったが、プレパラートが要るのでは 手軽さに欠ける。僕はまず、カラー・プリンタの仕上がり印字面を見たいのだ。「なんとなく ぼやっと」 印字されたプリンタ出力と、見るからに鮮明な印字面とのちがいは、30倍程度の倍率で顕微鏡でながめてみると、一目瞭然なのだ − それをはじめると、今度は また 新しいレーザー・プリンタがほしくなるにちがいない。

顕微鏡の他には、望遠鏡も、過去 20年、ほしくて買えないものの1つだった。現在もそうである。その 20年の間に、望遠鏡のほうはマイコン内蔵になって、さらにパソコン画面に視野を投影してくれるまでになっている; つまり、対物レンズは昔の通りだが、接眼レンズ側は CCD になり、それでデジカメ天体写真を撮れたり、パソコン画面に投影できたりする。ただ、天体という 「暗い」 視野に反応する CCD のメンテが面倒なこと、極めて高価であることが障害になる上に、さらに、野外での話だからパソコンはいやでもノートになる。
天体を見る望遠鏡の場合、倍率は最低でも 実用 100倍である。この倍率だと、星は地球の自転にあわせて どんどん視野から逃げて行く。だから、追尾する。この追尾を、30年前のアマチュア天文家は、赤道儀のネジ調整、つまり 「手動追尾」 していた。この追尾は当時から 「電動」 があったが、これがマイコン化された。マイコンで追尾するなら、望遠鏡の回転軸は 「極軸」 1つである必要はない。20世紀の間に 既に 「前世紀の遺物」 になっていた 「経緯台」 が復活した。つまり、マイコンによる2軸制御で、望遠鏡は 正確に星を追尾する。構造的には、赤道儀より経緯台のほうが はるかに安定度は高いから、現代の自動追尾 天体望遠鏡は 多くが経緯台である。
望遠鏡の鏡体自身も変化した。色周差を補正しきれない屈折型より、凹面反射鏡を使う 「反射望遠鏡」 が優位に立ったのは、もう 50年も前である。現代の 「カセグレン」 型 反射望遠鏡は、この 「反射」 経路をもう1往復 折り曲げる。結果として、口径 30cm の望遠鏡なら、昔は全長2mもあったのだが、現代のカセグレン型 反射望遠鏡は全長1m未満になっている。それがマイコン制御で経緯台に乗り、今ではラフに南北を合わせて 「どすん」 と置けば、希望の位置、そこにある天体をパソコン画面に映し出してくれたりする − ただし、そのためには、ノート・パソコンが1台、望遠鏡自身の自動追尾ユニット、これらに ずいぶん おカネがかかる。カセグレン型 望遠鏡と経緯台それ自体は、安ければ数万円で買えるのだけれど。
なお、念のため、本来はおもちゃメーカーである TOMY さんあたりも、手軽な口径 50mm 程度の屈折型望遠鏡を売っている。ものによって、赤道儀、あるいは経緯台にマイコン追尾といった選択肢はあるかもしれない。ただし この価格帯だと、さすがに CCD - パソコン画面への投影までは考慮されていない ・・・ だろう。
追記: これは図を描きませんですが、「赤道儀」 と 「経緯台」。
地上に水平回転する 「台」 を設置する。これは 回転椅子を想像しても、回転する TV の台を想像してもよろしい。とにかくその上は平面で、この上に、上下に首を振る 大昔の大砲を乗せる。これを野外に持ち出す。大砲の発射方向は、東経0°(つまり真北)、上向きに (つまり北緯) 23°だったか、この方向に北極星がある。大砲の代わりに望遠鏡を乗せる。これが「経緯台」。
一方、コマ (独楽) を地上に斜めにかかげて みよ。コマの芯が、正確に北極星を指すようにかかげる。その方向に、軸を固定する。ただし軸は回転する。従って、回転するコマの上面は、天の赤道面上にある (コマは天球という球の中心にある。軸は南北の極方向に固定、回転面は赤道面の中心になる)。そのコマの回転する側面に、左右に首を振るカメラを取り付ける。このカメラは、上下に首を振る必要はない。カメラが北 (コマの回転軸の方向) を向いていれば、コマが回転しても常に北極星が写る。カメラの首を5°ほど回すと、北斗かカシオペアあたりが写るだろう。が、長時間露出する間に星は移動してしまうので、コマの軸のほうを回転させて 「追尾」 する。これが 「赤道儀」。
従って、「赤道儀」 では、地球の自転に従って 「極軸」 をゆっくりと回転するだけで 被写体を 「追尾」 できる。その速度 ( 360°/ 24h ) = ( 0.25°/ min ) で、けっこう速い。太陽と満月の視野角は それぞれ 1°前後なので、だいたい4分でその直径分くらいを天上で移動していることになる (子どものころ、日時計の 「影」 の移動がけっこう速いのに 気がついた方は 多いはずだ)。「手動」 の時代、この追尾は、コマの回転軸つまり極軸の 「微調整」 ネジで行なった。超長時間露出 15分とか 30分、一定のペースで微調整ネジを回しつづけることで、当時のアマチュア天文写真は撮影された。冬のさなか、美しいオリオンの姿を鮮明にとらえるために、昔の人は実に忍耐強かったのだ。

(20040711-1) 東急ハンズで売っていた顕微鏡

一応 報告しておくと、東急ハンズに行ってみたら、表面顕微鏡 つまり 「プレパラートを必要としない」 タイプの顕微鏡は、先日の記憶より ¥500 ほど安い; 喜んで買ったのだが、帰り道、食事しながらよく見ると、50 倍ではない、25 倍しかない。昔々 Radio Shack で買った それより 倍率が低いのだ。レンズ精度は高い、つまり鮮明なので、つい 「倍」 のような気がしたのか、あるいは その間に 「50 倍」 は売れて、25 倍のしか残っていなかったのか。念のため東急ハンズに戻って確認したが、同じ売り場、同じ並びで、同じ位置の同じ商品表示が 25 倍とある。ま、僕の思いちがいの可能性が高い。

日本のこの種のメーカー − つまり、特殊商品に特化した精密用品メーカー − の常で、一応マニュアルと、関連商品のカタログが付いている; それによれば、10倍 程度から 100倍くらいまで、視野にスケール (物指し) が見えるタイプ、見えないタイプ、オプションで照明も付くという。こうなると 「欲が出る」 が、これに凝っていても しかたがない、キリがない、無限に小遣いを浪費するばかりで、このあたりで妥協することにする。

「ペン型」 で クリップが付いているので、カバンに入れて持ち歩く。ちょうど秋葉原で、やや高齢の恩師と 若い留学生と待ち合わせた。恩師いわく、この種の拡大鏡、なかなか見やすいのがなくて困っていると。が、これを特に気に入った様子でもない。若い留学生は、さすがに若い; 「25倍」 の拡大で、メーカー公式パソコンのカタログの おそろしく小さい文字で書かれた部分を見て、「インクのにじみ まで 見える」 と言っていた。つまり 「若い」 目には、25倍で充分なのだ。たしかに、Radio Shack より拡大率は低いにもかかわらず、僕の目にも 紙の繊維のからみ方、そこに飛び散るかすかなインクの にじみ、かすれが見て取れる。おそらく 「50倍」 では、活字ほどの大きさになると、披見物の位置を特定することが困難だろう。25倍で、『朝日新聞』 の活字1文字がかろうじて視野からはみ出し、この文字が 64ドット程度?であること、インク飛び散りの少ない高品質印刷であること、それでもときおりインクのシミと、それに紙の繊維に混じった黒い点などが見える。新聞の用紙の繊維のからみ方は、これは一度 どなたもご覧になる価値がある。ちょうど 月面の 「海」 にように、「平面」 でありながら多様な起伏が読み取れる。


(20040711-2) 無線 LAN を暗号化しないで使うのは危険である

この日、恩師と その留学生と待ち合わせたのは、留学生のパソコン購入のためである。言語系の宿命で、多言語環境は必須。幸いなことに、現在の Windows XP で、ほとんどの言語は扱える。第1の目的は、学生自身の母語、キリル字を使う旧ソ連圏の、非ロシア語 (つまり、ラテン文字の場合だと 英文字にはないフランス文字、ドイツ文字、北欧文字 ・・・ があるように、キリル文字にも ロシア語にはない さまざまなバリエーションがある) で書かれたホームページが読めるかどうか。第2の目的というのは おかしいが、そのために、このパソコンをインターネットにつなぐことにあった。

留学生の下宿先に着いたのは、夕方7時ころだったか。下宿先には、大家さん自身の YahooBB 無線ルーターが既にある (YahooBB 自身は、これを 「モデム」 と呼んでいる。が、複数パソコンを無線でインターネットにつなげる、とパンフレットに書かれているように、これは 完全な 「ルーター機能付き」 モデム、要するに、ルーターである)。
そこで、パソコン側の準備はととのった; 次は、YahooBB 「モデム」 つまり ルーターとの間での 「無線」 暗号キーの設定。そこで大家さんにお出ましを願った。
え? 暗号化していない? まさか!
やってみると、本当だった。その瞬間から、パソコンはインターネットにつながった。ちょっと ショックではあった。

実は、ほんの1ヶ月前、「無線 LAN」 内蔵のノート型で、機械をセットアップするやいなや、見知らぬ他人の名前 (のパソコン) が見えていた。そこは、新興住宅地の分譲マンション。見える名前から類推して、明らかに日本人の女性名だった。これには、あわてた。この人はすぐ隣の部屋か、あるいは見通しのきく 向かいの棟に住む人で、無線 LAN を使っているが、「暗号化」 設定せずに使っているのだ。これを 「お漏らし」 と呼ぶ。最悪の場合、彼女のパソコンは、近所の悪意ある者から覗き見される。同様に、放置すれば こちらのパソコンも 覗き見されるおそれがある。その場で、当面は使う予定のない 無線 LAN を、「無効」 化した。こうしておかないと、集合住宅、特に複数棟あるような団地では、どこから覗かれるか わかったものではない。

留学生の下宿先は、まあ 「田舎」 である。「近所」 と思われるパソコン名は見えなかった。微弱な電波なので、数百m 離れていれば 互いに認識しあうことはない。が、すぐ近くに街道が走っている。たまたまその道路が渋滞していて、そこを通過しつつある車の車内で、パソコンを使っている人がいれば、偶然 この家の YahooBB 「モデム」 を認識してしまうおそれは、ある。もちろん、悪意で ねらわれれば ひとたまりもない。もう、夜9時前だった。大家さん自身のパソコンを持ち出し、有線で 「モデム」 につなぎ 暗号化キーを設定し、大家さん自身のパソコンの 「無線」 側に同じものを設定して動作確認し、さらに下宿している学生の機械に同じ設定をして動作確認する時間は、なかった。
やむを得ない。「危険」 があることを説明し、懇切丁寧な解説がある YahooBB モデムそれ自体のマニュアルの 「この部分」、お手数だが 腰を落ち着けて半日、この設定をなさってくださいと、その場は お願い申し上げるに とどめざるを得なかった。

一般論として、1軒1軒が数百m も離れている田舎では、「無線 LAN」 各ノード間の通信を暗号化する必要はない。どうせ 「隣」 とは 電波の届かない距離だから。が、逆にそういう田舎では、盗聴する場所にも事欠くことがない。あそこの寺の駐車場、その中で、あるいは その近くの木蔭で ノート・パソコンを動かせば、近所の 「無線 LAN」 の状況は たちまち判明してしまう。あとは、各パソコンのパスワードを破るだけ; 田舎でパソコンを使う場合、そのパソコンのセキュリティ、まして起動時のパスワードにまで神経を使う人は多くないだろう。これは、「狙い撃ち盗聴」 には絶好の餌食で − ある。
だからこそ、「野中の一軒屋」 でも、(野中の一軒屋だからこそ)、「無線 LAN」 間の通信は暗号化しておく必要がある。
大家さん、それを はたして やってくれるだろうか?

なお、余談だが、「コードレス電話」 の子機が、なぜ 「隣の家の親電話」 につながらないか、ご存知だろうか? これは、「親」 と 「子」 が、互いに固有の数字 つまり id を交換しているからで、これが一致しないと互いに反応しないからである。
が、それでも 「盗聴」 の余地はある。id を無視して 「聞く」 ことに徹すれば、盗聴は簡単である。実際、それには神経質な対策が取られた時代がある。いわゆる 「スクランブル」、つまり暗号化。現状では (今時 はやらないが)、コードレス電話には この 親子間で 「暗号化」 をするものと、しないものがある。僕自身、うちのコードレスがどちらなのか、知らない。が、マニュアルにそう明記してない以上、おそらく 非・暗号化、つまり 「平文」 のアナログ信号が交換されている。だから、その気になれば、我が家のコードレス電話の会話は、簡単に盗聴できるにちがいない。


(20040714-1) 読書録の一種 − 『キリクと魔女』、「リロとスティッチ」 とポケモン、「千と千尋」

『キリクと魔女』 という題名の映画が公開されたのは、去年の夏のはずだ。インターネット上で 映画の解説を読んだ記憶がある。ごていねいに、僕はそれを ディズニーの 『リロ & スティッチ』 と混同していて、春になって 『リロ & スティッチ』 を買ってから 「あら、なんだか変だな」 と思った; つまり、大手のエンタメ系 アニメということで、頭の中で 完全に混同していたことになる。

その 「本」 が、書店に出ていた。訳本である。訳者は高畑勲。ん? そう。ジブリのあちこちに出てくる名前だ。原文はフランス語。
それで やっと気がついた。「千と千尋」 でも、音声・字幕とも 英語はなし、日本語とフランス語だけだった。それは、まずフランスの映画祭に出したからフランス語なのだろうと思っていたが − いやいや、これはどうも 高畑が おフランス (またはフランス語の世界) が好きなのだろうと 思いついた。そうでもなければ、わざわざフランス語の原作を求める必要もない。
訳本には、ちょうど大学生がきちょうめんに付けたような訳注が いくつか付いている。「プロ」 の訳者の仕事とは思えないし、一方 注釈書に近い専門研究者による訳本でもない ( 例えば、『不思議の国のアリス』 の訳本には3種の類型がある: 完全な創作に近い子ども向け リライト、単に 「プロ」 の訳本、訓古注釈に近い詳細な訳注付きの 研究者による訳書。第3の類型が、「ハリポタ」 と 「アリス」 の対比には役に立つ。例えば 『鏡の国のアリス』 には必ずチェスの解説が付く; これは 「ハリポタ」 映画 第1作の ロンのチェスに結びつく。映画では省略されたが、アリスの 「私をお飲み」 の瓶 に キャロル的論理を追加した ハーマイオニーの 「7本の小瓶」 の問題も、もちろんキャロル、つまりアリスの世界につながっている − 余談がすぎた)。

作品自体は、悪いものではない。が、映画化されて 去年の夏 公開されたはずなのに DVD にもなっていないのは、理由がわかる。「千と千尋」 的な大作ではない。『猫の恩返し』 も、同じ理由で案外つまらなかったし、作品の規模が小さい、時間も短いから 「2本立て」 だったのと、同じ理由だろう。が、「猫」 の日本的少女趣味に飽き足らない人には、『キリクと魔女』 のほうが面白いと申し上げておこう。

一方、ディズニーの 『リロ & スティッチ』 は、東京では最近 毎週1回、TV で連続放映している。「悪のかたまり、傑作」 である 226号 つまり スティッチが、幼いヘンクツな少女 リロに愛されて変身するのが 初作の映画だったが、その 「226号」 に至る たくさんの 「試作品」 たちが毎週登場する。そろそろ その数が増えてきて、ちょうど 「ポケモン」 と同じ現象がはじまった − つまり 読者 (視聴者) が覚えきれないほどのミニ怪獣が次々に登場するので、番組の終りには解説者の少女 (これは人間の、日本人らしい) が出てきて、子どもたちに解説をして終わる。

ポケモンは、最終的に何匹くらいになったのだろう。経験的に、子どもは 50匹から 100匹のポケモンの名前を覚えるらしい。子どもの雑誌には、その一覧ポスターが付録に付いた。が、それらの各ポケモンが次々と 「進化」 をとげてバリエーションが現われるので、子どもたちも もう その1つ1つを覚えていない。ざっと、200匹くらいか − だとすると、「リロとスティッチ」 に出てくるだろう今後のミニ怪獣数 200匹前後 (スティッチが 226号だから) は、「ポケモン」 を大向うにまわして、予定される/された数かもしれない。「リロとスティッチ」 は、最初から 「ポケモン」 を意識して作られた作品 (企画) なのかも、しれない。

「千と千尋」 で、余談を2件ほど。
古い恩師は、「旧」 ソ連圏で、最近 ロシア語に吹きかえられた 「千と千尋」 を 現地の TV で見たそうだ。「神隠し」 がどう訳されていたかは 記憶にないという。

もう1件、「千と千尋」 には、気のきいた カタカナ語が2ヶ所出て来る: 1つは、湯婆〜ば との契約に行く千尋に カマ爺が投げる言葉、「ぐっど・らっく」。もう1つは、銭〜ば のもとに ハク つまり白竜が千尋を迎えに来たときの、銭〜ば の言葉、「ぐっど・たいみんぐね」。その世界を去る時には 「振り向いてはいけない」、黄泉の国から帰るような環境の中で、この2つのカタカナ言葉は不思議な効果を上げていた。
それが気になって、DVD では、その部分だけをフランス語で聞いて (かつ字幕を出して) みた。何のことはない、ただのフランス語になっていた。ロシア語 吹替えではどうなっていたか、やはり恩師は記憶にないという。


(20040723-1) ここ 10日ほどの日記 (1) − 新潟での研究会、親日または植民地文学

研究会があって 新潟に行く機会ができた。当初それは、当日の発表者自身が留学生で、8月には帰国を控えているので、帰国前の記念旅行にもなるではないかという説が強い説得力を持ったのだが、ただ そう言った当人は当日 来れないことになってしまった。幸い、発表者自身は車の運転は好きだと言うし、まずレンタカーで数人 乗れるのを手配することから、ことは はじまった。

結局、東京から新潟に車で移動したのは4人。これなら、僕の 1500cc でたくさんなので、レンタカー代が浮いた。帰りは5人になったので さらに安くなり、帰路 一人あたりの費用負担は ¥2,220、あらら、新幹線の 1/5 程度になってしまった。もっとも、5人乗った 1500cc で関越自動車道の 「難所」 はさすがに苦しい。「1500cc の情けなさ」 を実感する帰路になった。これが冬でなくてよかった。冬の関越道にはチェーンが必須だろう。

本題の研究会そのものは、必ずしも成功ではなかった。
留学生がテーマとするのは、「満州」 における朝鮮人作家の作品の系譜で、誤解をおそれず要約すれば、植民地主義の主 (ぬし) である日本人の (虚妄の) 「満州文学」、そのさらに 「下請け」 的な意味を帯びる 朝鮮人作家による文学作品の中からいくつかを選んで、その流れの意味を拾い出そうとするものだった。発表の内容を見る限り、朝鮮人作家が 「満州」 を舞台として書いた小説には、大きく2つの傾向が見られる; つまり、朝鮮人集団がそこにコロニーを作っていて、「現地人」 である 「満人」 の存在はまったく無個性、個人の人格が登場しないパターンと、明瞭な個性をもつ 「現地人」 つまり 「満人」 女性が登場してヒロインとして行動するパターンと。
この落差は、大きい。
ちょうど、ジョン・ウェインの 「西部」 ものには極悪非道で残虐なインディアンしか登場しないのに対して、ディズニーの 「ポカ・ホンタス」 はインディアン酋長の娘がヒロインであるように。僕はこの発表を聞きながら、そんなことを連想していた。もちろん、「ポカ・ホンタス」 は、作品作成側の空想の産物かもしれない。「極悪非道で残虐なインディアン」 に対して、やはりディズニーの 「ターザン」 2作には、相手は人間ではないゴリラだが ターザンを育てたゴリラ社会がある。満州における朝鮮人作家のコロニーものには、「現地人」 すなわち 「満人」 を ディズニーの 「ゴリラ」 なみに扱うものと、「ポカ・ホンタス」 風に扱うものとがあるという発見は、僕には新鮮だった。
だが、頭のカタい 旧世代研究者は納得しない − そもそも、そんなものは 「植民地主義」 の産物であって意味がない、あるいは そもそも そんなものは 「親日」 文学の一種にすぎないので、何の価値もない ・・・ そういう、彼らの条件反射的な反応が、たった 10人前後の参加者の中からも出たのだった。しかも困ったことに、そういう世代は一般に大学教員で、教員としての威厳を示しつつ語ろうとする。これを僕は 「前世紀の遺物」 だと感じるのだが、その前世紀の遺物が 実年令では せいぜい 40才前後であることに、正直、暗澹たる思いにかられる。そういう 「研究会」 だった。

「植民地 colony」 とは、別の訳語では 「別天地」 であることを忘れてはいけない。ドボルザークの第9シンフォニー 『新世界より From the New World』 は、そのアメリカのボヘミアン・コロニーで構想され、あるいは完成したことになっている。つまり、植民地 = 新世界 なのだ。そして、その周辺には、今もフランス語綴りのネイティブ・アメリカンの種族、例えば apache (アパッシュ) がいる。それを 極悪非道、残虐で非人間的な存在 従って敵とみなして描いたのは ジョン・ウェイン。「人間」 とまでは みなさないが 愛情の通い合う相手として描くのが ディズニーの 「ターザン」 2作、そして − そのインディアン酋長の娘をヒロインとして登場させたのが 『ポカ・ホンタス』 だった。これらのアメリカ作品は すべて 「映画」 または 「アニメ」 として実現されている。

が、1940年前後の 「満州」 という植民地で、朝鮮人作家には何ができたか − 少なくとも彼らは、20世紀後半に アメリカ映画のたどった経緯 (ジョン・ウェイン、ディズニーの 「ターザン」 から 「ポカ・ホンタス」 へ) を、帝国日本の植民地主義のもとで、既に先取りして歩みはじめていたのではないか ・・・
僕には、そんな風に思えるのだ。


(20040726-1) ここ 10日ほどの日記 (2) − 親日または植民地文学、補足

朝鮮における 「親日」 批判は、1945年から既にはじまっている。その集大成ともいえる 『親日文学論』 という本が出たのが、1970年代の初期だったろうか。あの作家はこんな親日作品を書いている、この作家はこんなものを書いている、植民地期に活動をはじめた作家・評論家を片端から 「こんなのだめ、あいつもだめ」 と切り捨てていく、その切り捨てるための材料を延々と列挙したのがこの本だった。

それと同期するように、韓国内の文学論は、いさましい 「民族文学」論と、あるいは その延長上にある (民族主義的) 「リアリズム」 論、言葉を換えて 「社会参与」 文学論というのも流行した。70年代後半の、作品そのものは 「心に残る」 有名な 『小人が打ち上げた小さなボール』 という連作小説は、この 「社会参与」 文学の典型的なものだった; 生物学的な奇形である 「小人」 の 「父さん」 が、貧民社会でのエリート青年から本を借りて読む; 宇宙ロケットで、父さんの夢を乗せた小さなボールを打ち上げる; それが父さんの夢だった; 父さんの子である我々兄弟は、地上の現実の中で組合運動に破れ、貧民街は撤去され、若い妹は 貧民街を撤去しそこに建つアパート群のオーナーに接近して、高層アパートへの入居文書を持ち出す; その文書の権利を行使する前後で、連作の表題作は終わる。連作は 父さんのさまざまな夢、その子らである話者、弟、妹のいろんな行動と夢を描写しようとしているが、連作は 表題作以外は 決して成功してはいなかった。

それから、30年近くが経過した。「社会参与」 文学の 最後の成功作が、この 「小人 ・・・」 ではなかっただろうか。

80年代、韓国から日本への留学生は、多く 古典的な 「比較文学」 を公式の 「専攻」 課程とするようになった。その中で、1945年に至る数年間の、日本人による 「朝鮮」 をテーマまたは素材とする作品が発掘されてきた。
90年代、日本の中で、この時期を扱う能力のある朝鮮文学研究者は枯渇していた。数の上で、ほんの数人が存在しただけだ。
20世紀が終わるころ、意外な世界からの衝撃、あるいは新鮮な見方が現われてきたらしい; 思想史。朝鮮史研究でもない、朝鮮文学研究でもない。思想史の視野の中では、必ずしも 「朝鮮語」 を必要とするわけでもない; 「虚妄」 であった 日本人による 「満州文学」 に対して、現地の 「2流国民」 である朝鮮人 (満州) 殖民者たちは、何を・どう考えたのか。

先日の新潟の研究会での発表は、その流れの中にある。が、前世紀の遺物が少数とはいえ存在し、その世代が大学教員級である以上、この 「新しい」 流れは しばらくの間 冷遇されることになるかもしれない。それは、新しい流れが必ず出会う障害物の1つではある。そして、若い (といっても、みんな 30才をすぎている) 世代は、必ず・何度か、その障害を乗り越える必要に迫られる。 − 「若い世代」 に期待するようになったのは、僕がトシをとったせいだろうか?


(20040727-1) 『キリクと魔女』 の DVD は あった

子どもを連れて草加せんべい(!) を買いに行った帰り、埼玉県内をうろうろしてみた。我が家は東京の東北端に近く、川ひとつ越えれば埼玉県である。子どもを連れて車で出る場合、その県境付近の 「車で出入りできる」 書店、レンタル・ビデオ (DVD 含む) 屋ということになる。草加せんべいの帰りには、いつも通らない道に入った。初めて見る店 − なつかしい、書店と文房具屋を兼ねた店、ついでに2Fはレンタル・ビデオ屋になっている。そこに、あらら、『キリクと魔女』 が出ているではないか; 残念ながら貸し出し中だった。
では、1Fに下りると、ビデオの新品の売り場がある。そこで探してみた。店員もよく知らない; が、あった。なんと、何かのおまけではない、単独の1枚の DVD である。

不思議なことに、パッケージとディスク自身のどこを見ても、出版日付がない。舐めるようにながめてみたが、ない。唯一、アンケート・ハガキの一角に 0402 と書いてあるので、2004年2月の発売なのだろうか (受取人払いのハガキなら、その差出期限で発行時期がわかる。が、このハガキ自体、自分で切手を貼れというタイプだ)。子どもは言う: 「レアものだね!」。いつの間に そんな単語を覚えたのだろう。

けっこう長い。それは、原作の各プロットを忠実に、正確に追っているからだ。原作 (高畑の訳) に出て来ない場面もない。原作プロットの1つ1つを正確に追っている。原作 (訳文) 139ページが、DVD 1枚 1時間になっている
(余談だが、この点が 「ハリポタ」 の集約主義と大きくちがう。「ハリポタ」 原作は、第1作は 223ページ、第2作は 250ページ、第3作は 317ページ、第4作は 636ページ。訳本はおおむねその倍のページ数がある。従って、原作の冗長な部分は省略する; 数十ページ、数日に渡るプロットを1日に集約する; その思い切った集約によって空いた時間的空間には 原作にない派手な場面を挿入する、など。なお、それが必ずしも 「原作に対する裏切り」 ではない点は、前にも書いた)

さて。
映画は、純然たるフランス製だった。訳本にある作者の後書きにも、これがアフリカのどこの国の話なのか、それをなぜフランス語で書くのかと聞かれて困ると、書かれている。つまり、国名は不明だが作者はアフリカ人で、原作はフランス語で、映画も純然たる 「フランスのフランス語」 で吹き込まれている (デフォルトで音声フランス語、字幕 日本語)。つまりこれは、「在日朝鮮人が日本語で書いた」 「在日朝鮮人文学」 のように、「在仏アフリカ人がフランス語で書いた」 「在仏アフリカ人文学」 であるらしい。映画の音楽監督の名前には アフリカのどこかの言語らしく [n] ではじまる人名が出てくるが、「アフリカ」 の臭いがするのはそのくらいで、キリクであれその母であれ魔女であれ、すべてが 「フランスのフランス語」 をしゃべる。この奇妙さに、僕は違和感を覚えた。

もちろん、『ポカ・ホンタス』 でも、彼女の一族社会の描写では 彼らは英語をしゃべる。が、それは便宜上のことで、ポカ・ホンタスと相方のイギリス青年とは、互いの名前が 「変な名前だねえ」 と笑いあう場面がある。その場面では、彼女側の一族は彼女側の言語で、青年側の一派は英語をしゃべって、軋轢と衝突が起こるわけだ。同じことは、同じディズニーの 「ターザン」 2作 (人間語つまり英語と、ゴリラ語) にも見られる。
が、『キリクと魔女』 では、外部の人物 (外国人) は登場しない。それにもかかわらず、キリクも魔女も村人たちも、すべてフランス語をしゃべる。その奇妙さに気がついた。在日朝鮮人文学というのは、これに似たものだったのだろうか? あるいは、僕にとって日本語はあまりに卑近であったからそれを感じなかったが、文法と綴りの一部を知っている程度にすぎないフランス語でそれを展開されたから、この奇妙さ、違和感を強く感じるのだろうか?

なお (1)、音声と字幕のフランス語は、ごく一部に異なる部分があるが、ほとんど完全に一致している。フランス語の教材としては 悪くない、「理想的」 と言ってもいい。
なお (2)、日本語 吹替えの 「魔女」 の声が、なんと浅野温子、例の 『101回(め?)のプロポーズ』 のヒロインである。ジブリのジブリらしいところで、声優に超一流の役者を使うのは このあたりにも見えている。キリク自身の声は新人の少年だが、末尾で成長した後の声や、キリクの母親の声は、特に紹介がないのでわからない (よく見れば どこかに出ているだろう)。

なお (3)、これは完全に余談だが、映画 (ミュージカル) 『シェルブールの雨傘』 をご存知だろうか? 主演女優 カトリーヌ・ドヌーブ。このシェルブールとは、佐世保や横須賀にあたる軍港都市である。そこで 「傘屋」 を開いている母親の娘が恋をし、男は徴兵されてゆく。徴兵された先は、もちろんアフリカ。次々と独立して行くアフリカの植民地での戦争に、彼は汽車に乗って行く。1960年代の作品。フランスの 「在仏アフリカ人文学」 の素地は、その周辺にあるはずである。
なお (4)、「シェルブール」 の主演女優ドヌーブは、その後 何だったか忘れたが ある種のボランティア活動の末に、老齢で数年前?に他界した。それから (5)、ミュージカルである映画 「シェルブール」 の ドヌーブの 「声」 は、スキャット 「だけ」 で有名だった歌手 ダニエル・リカーリ (有名な曲として 『二人の天使』) による吹替えである。もちろん映画はフランス語で歌われているが、そのまた吹替えで英語で歌われたものを、1980年ころの韓国で見たことがある。英語で I lov'you と言おうが フランス語で Je t'aime と言おうが、同じ意味であることを知った(?) のは、それがはじめてだったような気もする。同じメロディーに乗せて同じ意味の英語とフランス語 − 原理的には、それは日本語であっても朝鮮語であっても同じ、はずではある。


(20040728-1) カトリーヌ・ドヌーブさん、ごめんなさい / 西洋による植民地支配 / ヘボン / OS

昨日の (上の) 記事で、カトリーヌ・ドヌーブさんを 「他界」 したことにしてしまった。さっそくご指摘いただき、ドヌーブはまだ生きて映画にでてますよー!と。

ほんの数年前 (?)、オードリ・ヘボン という名前の女優 (『ローマの休日』 のヒロイン) が死んだのは記憶しているし、その相手役 グレゴリー・ベックといったかが死んだのも、職場で話題に出た。僕自身も、ドヌーブとヘボンを混同してはいないので、ヘボンよりさらに数年前に死んだ 有名な女優は 誰だったのだろう? 僕は、それがドヌーブだとばかり思っていた。実は、個人的には (僕も) 西洋型のアクの強い類型の ドヌーブ型 「美人」 を、好きなわけではない。だから 「死んだ」 ニュースが、勝手に僕の記憶の中で ドヌーブに結びついたにちがいないが − いずれにしても、カトリーヌ・ドヌーブさん、ごめんなさい。
僕自身は、『シェルブールの雨傘』 という生臭い地名の出る作品に、なんとも可憐に聞こえるスキャットの歌手 リカーリが ドヌーブの声を吹きかえている点、その記憶だけが強いらしい。(記憶というのは、何とも勝手なものだ。このままトシをとると、さらに勝手に変貌するにちがいない) ただ、その 「シェルブール」 という地名が生臭い軍港都市であることは、植民地と戦争一般を扱う機会の多い 「元」 研究者として、一応 言及しておきたかった、と。

今回の記事で指摘をくださった方、二人。
その中では もう1点、「在外フランス語 文学」 というのが存在することを指摘されたのは、意外というより盲点だった。

西洋によるそれぞれの植民地支配が、日本による台湾・朝鮮支配よりも 「やさしく」 良心的だったという説は、既に崩壊して久しい。西洋各国はそれぞれの植民地で、実は日本など足元にも及ばない残虐なことをやっている、らしい。早い話、「新大陸」 では先住民の支配どころか、先住民の抹殺自体が課題だったのだから、以後は推して知るべしである。インド (パキスタン含む) でもオーストラリアでもアフリカでも。ところが − これが今でも朝鮮人から指摘が出る点なのだが、旧イギリス植民地で独立した国の中には、英語を公用語とする国がある; 旧フランス植民地の中にも、フランス語を公用語とする国がある。これをもって、西洋の植民地支配が いかに 「人間的」 だったか、それに比べて日本の植民地統治は非人道的で ・・・ とくるのが この論のパターンなのだが、その論理のパターン自体は 既に破綻した。それでも しかし、旧 植民地宗主国の言語を独立後も 「公用語」 としている例はあるわけで (その後、ソ連崩壊後に独立した国々の中にも、これに近い例があるはずだが)、これは無視できない。今回指摘をいただいた中では、何と NHK のフランス語講座が、在外フランス語による文学 (非・在フランス、しかも非フランス人による文学) を扱っていることを知った。うーむ。「盲点」 そのものだった。

いま、この話題に深入りするのは やめよう; 深入りすれば、やはり 朝鮮や 「満州」 における日本人の 「満州文学」 の虚妄、そこで日本語で書いた朝鮮人の作品の問題、そして その後 その地からは日本語が消滅したことと、英・仏の植民地ではなぜ消滅しなかったのか、さらに、最後に残った 「日本語」 による在日朝鮮人文学の意味 ・・・ と、話が複雑に、多岐にわたりすぎるから。
ただ、『キリクと魔女』 については、そういう背景 − 在外 非フランス人によるフランス語による文学という背景、事実 − があることと関連付けて考えてみる、少なくとも価値はあるかもしれないと、そこまでにとどめることにする。なお それでも、ベトナム戦争当時の南ベトナムでは、高級ホテルやレストランではフランス語でないと相手にしてもらえない時代があったという。つまり、「在外 非フランス人によるフランス語による文学」 にも、そういう面を考える必要はあるかもしれないこと ・・・ やはり話は複雑になりすぎる。



ところで、お立会い。
次のような西洋映画を見た記憶があるのだが、題名と女優の名前を覚えている方はおられぬか? 僕が見たのは 1970年代の TV で、英語に日本語字幕、映画の舞台は (たしか) イタリアだったのだが:
国際線の飛行機パイロットに恋をしたヒロイン。しかし捨てられる。ヒロインは復讐を誓い、高級娼婦となって、その機会を待った。そして、その機会はやってくる。
僕は、このヒロインを、ドヌーブか ヘボンかと思っていた。が、「死んだ」 のはドヌーブではないらしいので、ヒロインは 「死んだ」 第3の女優である可能性もある。

なお、最後になったが、「ヘボン」 とは 「ヘボン式ローマ字」 の 「ヘボン」 で、現代のカナ転写では 「ヘップバーン」 になっている。が、外務省だったかの旅券事務所では、今でも 「ヘボン」 式と呼んでいる、らしい。ローマ字のヘボンさんと 女優のヘップバーンさんが親戚かどうか、僕は知らない。日本人が それを 「ヘボン」 と聞き取ったのは、「ロシア」 を 「オロシャ」 と、「ピアノ」 を正しく 「ピヤノ」 と聞き取ったのと同じ時代だと思われる。余談だが、現代のコンピュータ用語の "OS" (Operating System) は 「オー・エス」 とカナ転写されるが、アメリカ人、カナダ人の発音では 「おー・をぇす [o:wes] 」 である。


(20040729-1) ある種のルーターの致命的な不具合

コトが深刻なので、あえて書いておく。

ある種のルーターの中には、せっかくプロバイダにつないだのに (その 「つないだ」 状態を 24時間 維持するのが 「ルーター」 一般の機能であるのに)、その 「つないだ」 ことを 「忘れてしまう」 ものがあるそうだ。

技術的に表現すると、こうなる。下記の表現自体は、「普通の」 人には わからなくて かまわない。が、意味のわかる人には 正確な表現で示しておきたいことと、そのルーターを作って (売って) いる側には注意を促したい:
ルーターは一般に、LAN 側 (家庭内) に対しては DHCP サーバとして機能する。DHCP サーバはまた一般に、DNS その他の情報も LAN 側のパソコンに提供する。これは、パソコンとの間で自動的に交換されるので、ユーザには普通 意識されるものではない。
そのルーターが LAN 側に提供するこれらの情報は、同じルーターが WAN 側 (プロバイダ側) に接続した結果として得られるものだ。ルーターはこの情報を 「覚えていて」、それを LAN 側 = 家庭内のパソコンに中継する。
そのルーターが、WAN 側に接続した IP アドレスその他を 「忘れてしまう」。
LAN 側では、ルーターは DHCPサーバである。一方 WAN 側に対しては、ルーターは プロバイダをサーバとする DHCPクライアントとなる。その結果 得られた情報を、LAN 側のパソコンに伝えている。そのルーターが − なんと、プロバイダ DHCP サーバから得た情報を 「忘れてしまう」 という、のだ!
ルーターを買って1ヶ月、その間に既に3回、「接続できない」 現象に出会った話を聞いた。プロバイダ側は既にそういう現象を把握していて、「ルーターの中には、DHCP で得た (WAN 側) IP を忘れてしまうものがある」 と答えてきたそうだ。事実この例では、ルーターの電源を落とし、再度投入することで解決してきたという。それ以外に、方法がない。匿名にする必要はない; このルーターのブランド名は Corega である。

ほとんど同じと思われる現象が、また出た。実はその話の中で、上の情報を聞いた。この第2の例も、ルーターの ブランド名は Corega である。

Corega ブランドは、最近では大手と言える。が、僕自身 Corega ブランドの LAN ボードで、最後まで、どの機械に装着しても動かない例に出会ったことがある。そのうち、パソコンには必ず、買ったときから LAN が付いてくるようになったので、このボードは処分したらしい。もう発見できない。

結局、今までに出会った LAN/WAN 関係の 「つながらない」 問題は、僕の体験、聞き及んだ範囲で、3件ともすべて Corega である。Corega さんに恨みはない。しかし 「匿名」 にしておくには、あまりにも偶然が すぎる。Corega さん、この種のレポートを しっかり受け止めているのだろうか? 現実に、他のブランドで こんな障害に出会ったことはないのだ。

問題の1つは、この種の機器の値段が下がりすぎたこと、その競争で Corega も 「安価版」 モデルを次々と出してきたこと。それが、Corega さんばかりの責任でないことは認める。が、事実として Corega のルーターは、今日、2ヶ所で同じ現象を示していることを知った。申し訳ないが、Corega さん、これでは もう 友人・知人に Corega を勧めることはできなくなった。安い − 今では数千円の − 商品だから、裁判沙汰、告発沙汰にするまでもなく、単に買い替えの対象になるだけだろうけれど ・・・


(20040731-1) 「ハリポタ」 第5巻

先日 書いた通り、「第1作は 223ページ、第2作は 250ページ、第3作は 317ページ、第4作は 636ページ」。出たばかりの第5作のイギリス原文は 956ページ、ある。前作のイギリス原文を読みはじめたのが去年の2月、読み終わったのが今年の4月だったので、この巻を読み終えるのは来年の冬か、再来年の春になるではないか!

とにかく、数ページ読んでみた。相変わらず退屈な 新学期前、つまり第4学年が終り 夏休みになって、「自宅」 ダーズリー家に戻って冷遇されているハリーの描写から。

第1巻では、はじめてハグリッドに出会い魔法学校へ汽車で行く; 第2巻では、幽閉されたハリーをロンらが救出にやって来て、ロンの家に滞在後、汽車に乗るとき 「屋敷しもべ妖精」 ドビーに妨害されて、ハリーとロンは 「飛ぶ車」 で学校に行く。第3巻では、ダーズリー家での冷遇・虐待に耐えかねたハリーは みずから追ん出て、夜の街をさまよい、「黒い犬」 つまり 「囚人」 ブラック の影に出会うと同時に、「騎士 Knight バス」 の出迎えで ダイアゴン横丁の 「割れ鍋」 を経て、再び汽車で (ここまで、上映中の映画になっている)。第4巻は趣きを変えて、ロン一家が ダーズリーの暖炉を割って訪問し、ハリーを連れて行き、箒ハンドボールのワールド・カップ騒ぎの末に汽車に乗る。以上のすべてにおいて、巻末では、つまり夏休み前の学年終了後、全員が汽車に乗って帰省する。
それは第1巻から明らかなことだったが、汽車に乗って学校つまり魔法の世界に向かい、汽車に乗って現実世界に戻ることを意味していた。つまり 「ハリポタ」 は、各巻ごとに、「千と千尋」 の現世と異郷の間を往復する構造で、その異郷にいる間に事件が展開し、事件は巻末で解決を見るが、一部 つまり より高次の謎が残されていて、それは次の巻で再び新しい事件が展開される中で、次第に解き明かされて行く; その最終解決が、予告されている第7巻で明らかになるはずである − というのが読者の期待であり、読者にハリポタを買わせている理由になっている。

ただ、「ハリポタ」 の魔法界とマグルの世界 (普通人の世界) の関係は、東洋型の 「異郷」 (「千と千尋」、桃源郷型、浦島太郎の竜宮城) と 「現世」 の関係と、多少 異なる点がある。東洋型 「異郷」 が 「一度 訪れ、去れば、二度とそこに行くことはできない」 のに対して、「ハリポタ」の魔法界とマグル界は ゆるやかに接していて、かつ共時的に存在する点である。この2つの世界の 「ゆるやかな」 接点は、例えばマグルの世界から 「ダイアゴン横丁」 への出入口が バー・兼・ホテルである 「割れ鍋」 であり、その入口が、魔法族には見えるがマグルには見えないらしいこと、それから、ロンドン キングズ・クロス駅の 9 3/4 番線が例の汽車の発着点であることなど、巧妙に 「マグルの目に見えない」 部分を使っている点に特徴がある。言い換えると、魔法界とマグル界の接点は必ず魔法界側が用意したものであり、マグル側は あくまで 「それを知らない、知ることはできない」 装置が用意されていることになる。2つの世界間での接触・交渉は必ず魔法界側から発信され、だから魔法界のフクロウがマグルの世界にやってくる; 一方、マグルの世界に帰省するハリーは、箒もフクロウも杖も持参していて、ただ それを (学生の身分なので) 使用を禁止されているだけである (フクロウ便の発信 自体は禁止されていないようだが、今までのところ ハリーは帰省中に白いフクロウで手紙を発信したことはない)。
そもそも、「ハリポタ」 における 「魔法使い Wizard、魔女 Witch」 は、基本的にマグルの世界で誕生し、その多くはマグルの世界で暮らし 魔法族であることを隠して存在しつつ、子どもは 11才になると ホグワーツ魔法学校への招待 (または入学許可) が届くかどうか、それが 「魔法族」 の一員であるかどうかの指標であるようにも思われる。

この 「指標」 と書いたが、書きながら正確な意味が何なのか、僕もわからない: 「メルクマール: 里程標」、これは、ある航路あるいは目標に向けて、いま現在どこまで到達したかという意味。「インデクス: 指標」、これは、成績評価用語の一種でもあり、日本の受験界では 「偏差値」 にあたるかもしれない。ホグワーツ魔法学校が、マグルの世界で生まれた無数の赤ん坊の中から魔法使いの素質のある者を抽出・識別・選別する方法・手段・アルゴリズムに興味がないではないが、それも 今はどうでもよいような気がする。ともあれ、「ハリポタ」 3人組は、ロンは純粋種の魔法使い家系、ハーマイオニーはまったくマグルの中に生まれた魔女、ハリーは母方がマグル系だが母は魔女で、ただしハリー1才で問題の仇敵 V に殺されかけて生き残ったことで その世界では有名人だったというのが、物語の そもそもの始まりだった。

で、「ゆるやかな」 共時関係にある魔法族とマグルとの関係の中では、魔法族側からは自在にマグルの世界に出入りすることができる。そもそも初巻冒頭、仇敵 V が敗退したと伝えられたとき、魔法族があちこちマグルの世界に現われたことになっている。その V が殺しそこねたハリーを、ダーズリー家の玄関先に置いて行くのも、ダンブルドア以下 魔法学校の3人だった。彼らは自在にマグル世界に行き来する。
第2巻の 「飛ぶ車」 も、そもそも学校ではない、ロンの家庭で改造(?)されたマグルの車を使って、ハリーは ダーズリー家の幽閉から救出される。
第3巻、冷遇・虐待に耐えかねたハリーがダーズリー家を追ん出て街をさまようときも、「囚人」 ブラックである黒い犬がいるし、「騎士 Knight バス」 がやって来る。
第4巻、ロン 一家、つまりロンの父親が率いる一家が 「暖炉間空間転送」 を使ってハリーのいるダーズリー家に現われる; このときは、ダーズリー家の暖炉が既にイミテーションになっているので (電気暖房化して、暖炉は単に飾りになっているので)、ロンの父一行は エセ暖炉を破壊してダーズリー家を訪問するというおまけが付く。

ここで注意を喚起したいのは、その 「魔法界からの」 接触を、ダーズリー一家はすべて体験していることである。つまり、初巻のフクロウ便からハグリッドの登場、ハリーの魔法学校への移動まで、第2巻では幽閉したはずのハリーの脱出劇、第3巻ではハリーによる 「いたずら」的 「おばさん風船化」、第4巻では暖炉間移動の結果 装飾暖炉の破壊。それらのついでに、ダーズリー家は、息子ダドリーには豚の尻尾が生えたり、舌ベらがだらーんと伸びたり、けっこう さんざんなメにあっている。
これで、頑強に 「魔法」 世界の存在を否定するダーズリー (一家) が、「その かすかな可能性」 に気が付かなかったら、おかしい。

ただし、第4巻までには、決して語られることのない1項目、または大前提があった: ハリーの帰省先 ダーズリー家のある プリベット通り、そこには 「魔法族」 はいない。ダーズリー家を含む この高級住宅街は 「正常 normal」 な人々が住む世界であり、だからこそ Mr. ダーズリーは周囲への配慮つまり世間体を気にして、abnormal な ハリーを冷遇・虐待してきたはずだった − その前提が、第5巻の冒頭で、崩れる; つまり、1才でダーズリーに預けられ 11才でハグリッドがやって来るまでの間に、ハリーが 時には うとましく感じてきた人の中に、ある種の 「魔法族」 がいたことが、第5巻冒頭で明かされる。

これは、作者による (読者に対する) 裏切りではないかと、僕は感じた。各巻冒頭、あくまで戯画的に展開されてきた プリベット通り ダーズリー家の周辺で、今になって 「魔法族」 が隠れていたなどというのは、坂口安吾の探偵小説論でいう 「読者に対する裏切り」、つまり 「作者だけが知っている、読者には決して知らせない」 事実をもって問題解決し結末に至る、極めて不誠実な 「(読者に対する) 裏切り」 ではないかと。
その記述は、p.27 に現われる。その後、現在は p.48 まで読んだ。作者の意図は見当がついて来た。
ただ、まだ 956ページの中の p.48 である。この先、もし 訳本が出る以前に僕がその先を読んだら、またレポートすることにする。


(20040802-1) 「ハリポタ」 第5巻 (2)

上の記事がなんだか不明瞭だったような気がするので。この巻 p.48 までの話を要約しておこう。訳本は来月出るそうなので、まあ、これで読者の お楽しみを奪うことにはならないだろうから。

まず、第4巻は 「炎のゴブレット」 だった。このゴブレットとは 「杯」 のことで、この杯は 各国 (話の中ではヨーロッパ3国) の魔法学校からの出場希望者をつのり、その各学校の代表選手を選んで魔法のワザを競わせる。「炎の」 というは、この杯は勝手にみずから火が付いて、その火の中へ、参加希望者に 自薦投票をさせ、その中から出場者を選んだうえで その出場者の票を吐きだすからである。物語では、ゴブレットは順調に各校代表を選抜する。ハリーらはまだ4年生で、出場以前、自薦投票する権利がない。ところが、予想外の結果が起こる。ゴブレットは各校の代表者1名ずつを指名したのち、不思議なことに 「ハリー」 の名前を書いた第4の票を吐き出した。結果、ハリーの学校からは代表が2名、他校からは1名となって、他校側からは 「不公平だ」 と文句が出る。が、ゴブレットの火は既に消え、次にみずから点火するのは百年後?だという。
問題は、誰が 「ハリー」 の名前を書いた票を投入したのかだった。これが、巻末まで謎となって、この謎がこの巻の主テーマとなる。結論的には、既に復活しつつある仇敵 V が、その手先を使って細工をしたのだが、それは原作または来年の映画をご覧になられたい。
第4巻は こうして、仇敵の復活を確認することで終結する。その間に、ハリーと二人で学校代表となった セドリック という上級生が死ぬ。もちろん、殺したのは復活した V であり、ハリー自身が捕われの身になって、ハリー自身の血を使った鍋の中から V が復活するのを ハリーは目撃する。第4巻に 「ゴブレット」 以外の副題を付けるなら、「ハリー・ポッターと ヴォルデモートの復活」 である。

従って、その巻末で帰省し、第5巻冒頭でダーズリー家に滞在するハリーは、その悪夢に悩まされつづける一方、復活した V がマグルの世界にも何か事件を起こすのではないかと、TV ニュースに耳をそばだてている。が、それはダーズリー家の冷遇・虐待の中のことなので、ニュースを聞くこともままならない。異常な暑さの中で、ハリーは屋外で、ダーズリーの居間の TV ニュースを聞いている; 誰かに監視されているような気がする。大きな物音がする; 例によってハリーが悪者にされるが、ハリーは近所の散歩に逃げる。
その 「散歩」 の途中で、近所の悪ガキどもの親分 ダドリーに出会う。子分どもが去った後、ハリーはダドリーにちょっかいを出す。そこへ − ディメンターが現われる; ディメンターとは、第3巻 「アズカバンの囚人」 に出て来る監獄、第2巻でハグリッドも一時収容される監獄 アズカバンの看守を務める幽鬼たちである。この幽鬼が現われると、夏の夕方は漆黒の闇になり、人は寒さと恐怖、特に ディメンターのもたらす 「あらゆる幸福 (感) を奪い去る」 効果が現われ、実際ハリーは第3巻 「アズカバン」 で、汽車の中に現われたディメンターに 失神している。
物語の上では、それから2年が経過している。ハリーは、禁じられている杖を使ってまず自分を襲うディメンターを排除した後、ダドリーの魂を吸い取ろうとしているディメンターを排除する。そこへ −

そこへ現われるのが、第1巻から出て来る 「フィッグばあさん」 (第1巻の訳本では p.37、「家中キャベツの匂いがする」、猫だらけの家に住んでいる) である。ディメンターとの対決に、様子を察知して追って来た; マグルの世界であるはずの プリベット通り ダーズリー家の付近で、こんな場面に こんなばあさんは あまりにも不自然である; が、ばあさんは言う: 「私は実は Squib なのよ」。

Squib とは、その家系と能力があるはずの環境に生まれながら、魔法を使う能力を欠いている Wizard または Witch を言う。これは第2巻だったか第3巻だったかで、寮監のフィルチが実は Squib であること、それに、第1巻から出て来る 「3人組+1」 の +1 である ネビル・ロングボトムがそれに該当すると説明されている (どちらか忘れたが、もし第2巻なら映画では省略された。もし第3巻なら、やはり省略されているだろう。映画では これは話の本筋から外れすぎるので)。
フィッグばあさんは言う: あんたが1才でダーズリー家に預けられた時から、私はダンブルドアの指示であんたを観察していた。何か起こったときのためにね。今は、(学校の規則には反するが) その杖を放してはいけない。もう どうせ規則は破ったのだし、まだディメンターは隠れているかもしれない; 何しろ私は魔法は使えないのだから、あんたが自分で自分を守るしかないのよ。

誰かに監視されている感じがしていたのは、事実だった。フィッグばあさんの相棒のじいさんが、透明マントでハリーの周辺を監視していた。じいさんが ちょっとサボって買い物に出たとき、ハリーはディメンターたちに襲われたのだった ・・・

その先は、ダーズリー家に戻る。
既に第5巻。ダーズリー自身も、その妻 ( = ハリーの母親の姉) も、仇敵 V と ディメンターの存在を理解する成り行きになっている。特に、ダーズリー (バーノンおじさん) が 「そのディメンなんとかというのは何だ」 と聞いたとき、その妻 (ペチュニアおばさん) が、とっさに 「アズカバンの看守よ」 と答えて、思わず口に手を当てて隠す場面。仇敵 V が復活したと聞いたとき、バーノンもその名前を記憶していることが判明し、ペチュニアは 「復活したの?」 と、その 15年の間に初めて真顔で問い返す ・・・

さあ、はじまりはじまり。
しかし、今になって 「フィッグばあさん」 が監視役だったとは − 坂口安吾的に言えば、読者への裏切りに近い、「作者だけが知っている、読者には決して知らせない」 やり方に、多少 腹立たしい気分にはなった。

なお、現時点では原文 p.48 まで、ここまででバーノンは事情を理解し、その結果として 「ではハリー、お前はこの家を出て行け」 と言い出している。つまり、ハリーが仇敵 V に狙われることによって私の妻子に危害が及ぶおそれがある以上、お前はこの家を出て行けと、言い出している。正しいですな。一方ハリーは、その間にも矢継ぎ早にフクロウ便を受け取って、「その家を離れるな」 と指示されている。この先は、僕も お楽しみということになる。

第1巻から明らかに予測された 「ハリポタは大きな循環劇になる」 予感は、今も変っていない。が、当座、フィッグばあさんが実は監視役の Squib であったことと並行して、ハリーの母親 (つまり妹) をあれほど毛嫌いしてきたペチュニアおばさん自身も、実は 「魔女になれなかった魔女」 つまり Squib なのではないかと、今のところ予測してよいような気がする。


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