百孫朝鮮語学談義 − 資料編




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白水社 『朝鮮語の入門 』 教師のための手引き (1)

菅野裕臣


全体的な注意
1. 授業をはじめる前に必ずその前の授業で習ったところをコーラス・リーディングさせる。
2. 発音の練習は特に朝鮮人教師が当たる。
3. 以下、【  】 で囲んだ部分は学生に理解できそうなら教え、無理なようなら、敢て教えなくてもよい。ただし教師はよく理解しておくこと。
4. テキストの進度にあわせて (§1〜§7)、習字の教材で自習させる。時々、黒板に文字を書かせて直してやることが必要である。
5. テキストの進度にあわせて (§13以降)、作文の教材で自習させる。この教材は易しすぎるキライがあるので、わざわざ大学でやらせる必要はない。各自家で自習するよう指示する。ただし時々テストはする必要がある。
6. 一般に初学者には文法用語や言語学の術語を教えて余計な負担を与えるべきではない。最低限必要な terminology に限るべきである。ただし、3・4年生または語学的関心の強い学生に対しては相手の知的水準に合わせてむしろ積極的に言語学の terminology を与える必要がある。ただし1年生に対しては最低限音声と音素のちがいは認識させなければならない。
注記: 一部に修正を施す.またこれを執筆した時以後に生じた変化については 「注記」 に記すことにする.



白水社 『朝鮮語の入門 』 教師のための手引き (1)
(文字と発音)

本書の構成

文字と発音
§1〜§6 文字
〜§11 発音
〜§51 例文を通して正書法と簡単な文法 (書きことば形下称形、主たる体言語尾) を学習する
〜§28 (正書法の最も基本的なもの)


例文と解説
第1課第5課語基ここまでが初歩の初歩
第6課第8課話しことば
第9課第12課変格用言ここまでが初歩
第13課第15課数詞
第16課第19課論説文にあらわれる形ここまで教えたらあとは読本に入る
第20課第24課上称形の残りの部分
第25課第30課下称形と等称形
第31課第35課その他のことがら

 週1コマの授業なら1年間で第19課まで進めればよい方である。
 第 19課まで進んだら、やさしい読本に入る。『朝鮮語の入門』 は文法事項に関して随時参照する程度にした方がよい。



導入として次の説明をした方がよい。

1.朝鮮語の分布と使用人口

大韓民国 約4,000万
朝鮮民主主義人民共和国 約1,500万
中国 吉林省 (延辺朝鮮族自治州) 約180万 ほぼ全部が朝鮮語を使用
黒龍江省
遼寧省 その他
日本 約70万 朝鮮語人口は推定約10%
ソ連 ウズベク共和国 この2共和国には1937年頃から沿海地方より強制移住 約39万 朝鮮語使用人口は約55%
カザフ共和国
沿海地方
ハバロフスク地方
サハリン州
アメリカ ハワイ州 約100万(?) 朝鮮語使用人口は100%近いと思われる
カリフォルニア州
その他
(ハワイを除いて戦後の移住者が多い)


2.朝鮮語の使用人口 (約 7,000万以上) は、次の言語と並んで世界でも多い方である。

英語、中国語、インド諸語、アラビア語、スペイン語、インドネシア語、日本語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語、イタリア語
ウクライナ語、ポーランド語、ヴェトナム語、タイ語、ビルマ語、ペルシャ語

注記:
 ソ連は1991年解体し,朝鮮人(高麗人)はウズベキスタン ( <- ウズベク共和国),カザクスタン ( <- カザフ共和国) を中心にクルグスタン,ロシア連邦 (サハリン州その他),ウクライナ等の各地に散在している.
 1995年の韓国統一院の統計によれば朝鮮人の人口は次の如くである.
大韓民国 4,485万
朝鮮民主主義人民共和国 2,295万
中国 194万
日本 69万
旧ソ連 46万
アメリカ 180万
カナダ 7万
 朝鮮語の使用人口はそれを下回ると思われるが,正確には分からない.特に日本と旧ソ連での朝鮮語母語話者は極度に少ないと思われる.

3.文字の成立 15世紀中葉。漢字ともエジプト文字とも起源を同じくしない独特な文字。人工的な文字。
文字の名称の変遷
訓民正音、正音、諺文 ・・・ 15世紀
国文 ・・・ 甲午更張直後
(ハングル) ・・・ 周時經 -> 韓国
(チョソングル) ・・・ 北朝鮮

注記: 「諺文」 は日本では 「おんもん」 と読まれてきた.なお 「諺解」 (朝鮮語訳) は 「げんかい」 と言われる (オンカイではないから注意!).

4.正書法・標準語

1912年 朝鮮総督府 「普通学校諺文綴字法」 京城語を標準とする。
1933年 朝鮮語学会が総督府とは関係なしに 「 (朝鮮語綴字法統一案)」 を作成。中流社会で用いられるソウル語を標準語とする。
1936年 」 朝鮮学会、標準語9,547語を決定する。
フランスのアカデミーと同じ方式。標準語査定委員会が投票でひとつひとつ単語を決定する。
1940年 朝鮮語学会 「外来語表記法統一案」発表。
1940年代 創氏改名。朝鮮語の使用禁止。
1945年 朝鮮解放。南北朝鮮ともに 1933年の 「 」 を援用。
1948年 大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国成立。
韓国は「ハングル専用に関する法律」を公布 (ただし実際は漢字を使用)。北朝鮮 「朝鮮語綴字法」 公布。韓国との正書法上のちがいが出はじめる。
1948年 2月 - 1949年 3月 北朝鮮 文盲退治運動。
1949年 北朝鮮 漢字廃止、横書き採用。
1951年 韓国 「常用一千漢字表」 発表。
1954年 北朝鮮 「朝鮮語綴字法」 公布。さらに韓国との正書法上での差がひろまる。
1957年 韓国文教部 「韓国制限漢字一覧表」(1,300字) 発表。
1958年 北朝鮮 文字改革案さかんとなる。
1959年 韓国文教部 「ハングルのローマ字表記法」(第1次) 発表。
1961年 韓国 漢字廃止論高まる。
1964年 1月 3日 北朝鮮、言語学者たちとの談話での金日成の教示 「 」。
1966年 5月14日 金日成の言語学者たちとの談話 「 」 「社会主義を建設しつつあるわれわれが、革命の首都である平壌のことばを基準として発展させたわれわれのことば」 を 『文化語』 と呼ぼう。漢字語の一掃作戦。
1966年 北朝鮮 「朝鮮語規範法」 公布。韓国との正書法上の差は若干縮まる。
1968年 北朝鮮 漢字教育開始 (3,000字)。
1970年代 韓国では公文書からの漢字の一掃をほぼ達成。
1972年 韓国文教部 「漢字教育用基礎漢字表」(1,800字) 発表。
1979年3月 韓国文教部 「 」 を作成したが、朴正煕政権の崩壊にともなって廃案。また正書法の改革も論議される。
注記:
1984年 韓国文教部 「国語ローマ字表記法」(第2次) 発表.
1988年 韓国文教部 「新ハングル正書法と標準語規定」 発表.
北朝鮮 国語査定委員会 「朝鮮語規範法」 発表.
2000年 韓国文化観光部 「国語のローマ字表記法」(第3次)発表.
北朝鮮 「朝鮮語分かち書き規範」 発表.

 南北朝鮮の正書法だけでなく、正音法 (orthoepy) および標準語自体が、だんだんと差を見せはじめている。

§1.§2.§3.

【ハングルは単音文字という点ではローマ字と同じだが、しかし音節ごとにまとめて書くという点で音節文字的側面を持つ。子音字と母音字が単独に書かれることがない点ではローマ字とは大きく異なり、むしろ音節文字の構成要素的性格が強いといえる。】
  ・・・を黒板に大きく書き、その書き順、配分等を説明しつつ、かつ子音字と母音字の関係を説明する。文字ひとつひとつを発音し、また学生たちにコーラス・リーディングさせる。 []、 [u]、 [] などの母音を含む文字は数人の学生に言わせてみて直してやる。
本書の発音記号は、菅野が臨時に使ったもので、世間一般に通用しないものだから、なるべく発音をおぼえたら、発音記号は忘れてしまうよう指示する。特に [] は英語のそれとは若干音価が異なるから注意を要する。
 【発音記号とは便宜的なものだから、本来何を使ってもよいものである。甚だしくは日本のかなでさえ発音記号として使用しうる。日本・韓国・北朝鮮・中国の英語教育では、普通 IPA (International Phonetic Assotiation 国際音声学協会) の記号を使うから、本書でも便宜上これに近いものを用いるが、一部は実用を考慮してわざわざかえてある。】
 母音字の構成について説明する (、上下・左右に一つあるいは二つの棒を書く。一つの場合は直音、二つの場合は拗音)。
  と書くことを教えてよろしい。
  までは唇を丸めないで、 で唇を丸めるというように、文字の特徴と発音の特徴とを関連づけて教えるとよい。ただし は唇を丸めないことに注意 !!
  はローマ字 と形が似ている。
 母音字はこの 10字しかないことを学生に告げる。

 p.20 の単語は例えば、 は [nara],[nara],[nara] 等々 na と ra のいずれかの音節を高く発音することが可能だが、日本人教師は平らに発音して教えるのが、無難であろう。朝鮮人教師のイントネーションとは違うだろうが、その違いは根本的ではないから、気にしないでよろしい。朝鮮人教師の発音をそのまま真似してよいと学生に教えてよい。要するに、東京語の 「」 (箸) と 「」 (橋) のような高低アクセントの違いによる意味の対立は朝鮮語には存在しないことを教える (但し慶尚道方言には日本語と似たアクセントがある)。
 p.20 の単語は母音に違いに注意しつつ教える。
だけ (平唇)
( 〃 )
( 〃 )
(円唇)
(平唇+円唇)
(円唇+平唇)
( 円唇+平唇+円唇 )
( 口を大きく開ける + 口を横に引く + [i] )

注記: 1989年の韓国での正書法と標準語の改定により 単語 と改定された.この結果この単語に関しては南北の違いがなくなった.
 単語は次のようにして練習するようにと指示する。(教室でやらないでよい)
  1.ハングル以外の部分をかくして、ハングルを読んでみる
  2.ハングルの部分をかくして、ハングルを書いてみる
  3.テープの生の発音を聞いて、ハングルで書いてみる
  4.余力があれば、各単語の意味を覚える (無理しないでよい)
 単語はあくまでも一字一字ひろいよみしないで、全体でさっと読めるようになるまで練習する。
 母音字はこれで全部出つくした。


§4. (閉鎖音と破擦音) (無気音)

 日本語の カ,タ,パ,チャ はともすると、気音 (aspiration) が入ることがあるから、日本語のそれらを力まないで やわらかく発音するよう指導する。
  とはまったく音が同じだと書いてあるが、朝鮮人によっては異なった発音をする人がいる。しかしそのちがいは気にしないで、同じに発音してかまわないと指示する。また特に女性の発音では、 を日本語のツに近く発音することがあるが、これもツではなくチュに近く発音するように指示する。日本語のツで発音すると、朝鮮人はおかしく感じる。
注記: 1988年の韓国の新正書法で外来語の表記に際して従来書かれてきた , , , という文字を追放したのは 正しくこの理由による ( だけが用言の第 III 語基で用いられる)。
  は [tja],[tj],[tjo],[tju] よりも、[tija],[tij],[tijo],[tiju] のように発音するかもしれないが、これらは外来語にしかあらわれない音であるから、あまり重要ではなく、聞こえたように発音してかまわない。
  の書き順はほかにもあるが (p.281参照)、ひとまずこれで教えておく。

 p.22の上の単語について
は日本語を通して入った外来語。
は漢字語。漢字語はこのように日本語と似た音のものが多い。
(円唇+平唇+[i]) のような単語の発音は特にむずかしいから何度も練習させる。
 p.22の下の単語について
 [k],[t],[p],[t] が語中で有声化することを教える (厳密にいえば、日本語の有声音よりは有声化の程度が弱いが、そこまで言及しないでよい)。
 【朝鮮語は、[k] と [g],[t] と [d],[p] と [b],[t] と [d] との違いが意味的対立を引き起こさない。極端なことをいえば、 は [kogi] だけでなく、[koki],[gogi],[goki] といっても、発音がおかしくはあっても 「肉」 以外の意味を持つことはない。それは、[nara] を [nara],[nara],[nara],[nara] のいずれに発音しても、「国」 以外の意味を持ちえないのと同じである。すなわち、朝鮮語においては、日本語と違って、有声音と無声音の対立は 音韻論的に 意味がなく (irrelevant)、[k] と [g],[t] と [d],[p] と [b],[t] と [d] とはそれぞれ同じ 音素 (phoneme) に属し、それ故、朝鮮人には有声音と無声音のちがいは一般には聞きわけができず、同じ音であると認識しているが故に、文字でも区別しないのである。有声音と無声音のちがいに関する限り、日本人は朝鮮人より耳が敏感である。関東大震災の朝鮮人虐殺の際、「学校」 と言わせて、「カッコー」 と発音したものを朝鮮人と見なしたのは、まさに朝鮮語の特徴を逆利用したものである。朝鮮語では、音素” は語頭で [k],語中で [g] という音声 (sound, phone) であらわれるという習慣があるのである。音は言語ごとに習慣が異なる。】
 §4の子音とは違って、§3の子音は語頭と語中で音の異ならないものである。ここまでの子音は日本人にとってさほど難しくない。


§5. (§4の子音および に対立する有気音)

 は別の書き順がある (p.281参照)。
 §4の子音字と§5の子音字との字形上の関係。
 中国語・ベトナム語・タイ語・ヒンディー語等を知っている学生にはそれらの有気音と本質的に同じものであることを告げる。ただし、北京語よりも気音は弱いかもしれない。音声学をやっている学生は、えてして北京語よりも気音が弱いことを強調してその発音の有気性が弱く、朝鮮人の耳にはおかしく聞こえるから、日本人学生には特に息をもらすということを強調するように言った方がよい。
  の発音からはじめるとよい。パハ,ピヒ,プフ,ペヘ,ポホのそれぞれの前の部分を息をもらすように発音するように指示する。小さな紙片を手のひらにのせ、パハと発音すると、その紙片がとびちるようになればよい。
 こののちに、 の発音の練習に移る。
 日本語のヒは [i],フは [] であることに注意。朝鮮語の は [hu]。英語の who [hu:] と同じ。
 子音字はこれで全部出つくした。

 漢字語:
注記: , , , とがそれぞれ発音が同じであることは , , , との場合と全く同じ.1988年の韓国の正書法では だけが用言の第 III 語基で用いられ,事実上 , , は外来語の表記だけでなく正書法一般から追放された.


§6. (喉頭化音)

 この子音は一にも二にも発音をまねさせるしか方法がない。その際、小さい紙片をてのひらにのせ、 を発音してみせ、 では紙片が動かないように注意させる。しぼりだすように、かんだかく発音すると、えてして腹に力が入って、激音のように気音を発音してしまう学生が多いから、特に注意を要する。例えば、 のように語頭に濃音が来る単語は、ッコリのように、つまる音を発音するような要領で発音させるとよい。
  のように激音と濃音とを含む単語の発音は特にむずかしい。

 音節の頭の子音に、平音・激音・濃音の3種類があり、この3種の発音をとりちがえると、意味がかわるほど重要なものであることを示し (すなわちこの3種は 音韻論的なちがいを持っている)、日本人はこのちがいに鈍感であることを教える。
有声音:無声音 日本人は敏感 (日本語に音韻論的対立がある)
朝鮮人は鈍感 (朝鮮語に音韻論的対立がない)
平音:激音:濃音 日本人は鈍感 (日本語に音韻論的対立がない)
朝鮮人は敏感 (朝鮮語に音韻論的対立がある)
言いかえれば:
は 「コギ」、「コキ」、「ゴギ」、「ゴキ」 いずれでもよい (ただし 「コギ」 以外はやはりおかしく聞こえる)。
カク (書く) は [kaku], 等々どれでもよい (ただし [kaku] 以外はやはりおかしく聞こえる)。
【朝鮮人よりも日本人に有利な点は、有声音と無声音の聞きわけ程度で、その他の面では、ことごとく日本人の方が不利である。すなわち朝鮮人が日本語を学ぶ方が、日本人が朝鮮語を学ぶよりも、すくなくとも、発音の面ではやさしいといえる。】
 音節の頭の子音は、§6までに全部出つくした。



§7. 終声(1) 漢字語:

 音節の構造に、i) CV,ii) CVC の2種類があり、このうち §1〜§6で、i) CVは終わった。 (C=子音、V=母音、ただし半子音 (or 半母音) すなわち [j], [w]+母音を含む) ([w]はまだ出ていない)

 この§7では、ii) CVCという音節構造と関連して音節末の子音を学ぶ。音節の頭の子音を 初声、音節末の 終声として、音節を把握させる。中声は母音と全く同じだから、中声という術語はあまり使う必要がない。
 なお、日本語には終声にあたるものとして、/N/ (=はねる音)、/Q/ (=つまる音) の2つしかなく、日本人にとって終声は極度に不利な音である。
 例えば、英語・ロシア語には最大限次のような音節構造が存在するが、それに比べれば、朝鮮語のそれは中国語のそれと似て、簡単であるといえる。
CCCVCC /straiks/ strikes (英語)
CCCCV− /vzgl'at/ взгляд <観点> (ロシア語)
−VCCCC /gasudarstf/ государств <国家> (複数属格) (ロシア語)
CVC /gwa/ gung <光> (中国語)
 ここで音声と音素の区別に加えて、音素と文字の違いも把握させる必要がある。
 英語では周知のごとく、gh は /g/ (ghost [goust]),/f/ (laugh [l:f]),// (ゼロ) (brought [br:t]) などに対応し、chは /t/ (church [t:t]),/k/ (school [sku:l]),/d/ (Greenwich [grnid]) などに対応するが、その不一致がよく知られているように、日本語でも例えば次のように音素と文字の不一致は、現代かなづかいにも認められる。例:
ごう /gooku/ [go:k] 《業苦》
ごお /go'oku/ [gook] 《五億》
とお /tooi/ [to:i] 《遠い》
ねえさん /neesaN/ [ne:saN] 《姉さん》
ねいしん /neisiN/ [ne:siN] 《佞臣》
ねい /ne'iki/ [neiki] 《寝息》
はな /hanaziru/ [hanadir] 《鼻汁》
はな /hanazi/ [hanadi] 《鼻血》
はなもう /hanazumoo/ [hanadzmo:] 《花相撲》
はなくし /hanazukusi/ [hanadzki] 《花尽くし》
 これと同じことが朝鮮語にもあり、文字 はそれぞれ位置により対応する音素が異なる。
文字 初声 終声

ここで音素という概念は難しいから、当分、音素=音声という把握でもよろしい
[s] [t]
[]
【ただし次の音的差異は、音素の違いだけでなく、同じ音素の変種 (異音 allophone ) である。
文字 初声 終声 音素
[p], [b] [p] /b/
[t], [d] [t] /d/
[k], [g] [k] /g/
[r] [l] /r/
(英語と異なり [r] と [l] とは朝鮮語では同じ音素に属する)
つまり、基本的にハングルは音素文字ということができるが、徹底したものではない (文字 の場合)。しかしながら、文字 (初声 [s]、終声 [t]) は、音素の交替 /s/〜/d/ を具現したものであり、このかぎりにおいて、これは 形態音素表記 である。】

【終声 [t] (音素 /d/) を末音とする名詞はかならず /s/ と交替する (終声 [t] (音素 /d/) を末音とする名詞で /s/ と交替しないものは現代朝鮮語には1語も存在しない)。それ故、§7で終声字 を出した。 のようなものは例外で、これは副詞である。】
 唇音・歯音・軟口蓋などの術語は敢て教えなくてもよい。
 口音とは、oral sound のこと (口腔音,くちむろおん) だが、鼻音と対立する重要な術語なので、これはよくのみこませる必要がある。
【本書では、音声としての初声・終声と 文字としての初声字・終声字とを敢て区別しなかったが、教師はこのちがいをよく把握しておかなければならない。例えば、終声字 は、音素 /d/ に該当する。終声字 は、音素 // に該当する。音素 /r/ は、初声で [r]、終声で [l] となる、etc, etc。】
 終声 [p], [t], [k] は、広東語・福建語・ヴェトナム語・チベット語などの音節末の子音と特徴が似ているが、ただしそれらとはちがって喉頭の緊張があるようである。
 日本人にとってもっともむずかしい音は、 終声である。日本人は を発音するときに、日本語 「ン」 を意識すると [n] と [] の二重調音をしてしまいがちで、それ故、そうしてなされた発音を朝鮮人は [] と聞いてしまう。カンというつもりで発音しろという指示は、この二重調音を避けるためである。
  終声はそり舌音、インド諸語にある音と似ている。IPAでは []。

 日本人学生には終声を以下のように練習させるとよい。

  を発音するには唇がとじる。 を発音する時は、唇が若干開き、舌が前よりになるのが見える。 を発音する時は唇があいたままで、舌は下あごについたままである。この特徴に注目させて、 を発音し、口の形に注目させる。鼻をつまんで、 を発音し、口音と鼻音のちがいが、声が鼻に抜けるかどうかのちがいであることを認識させる。しかるのちに、 を聞かせ、口の形と音色との相関関係を会得させる。次のように何度でも練習させる。
 ,    ,    ,  
 ,  ,    ,  ,    ,  ,    ,  ,  
 ,  ,    ,  ,  
 ,  ,    ,  ,  
 次のように終声に番号をつけ、学生に番号であてさせる練習もする。
(1) (2) (3) (4) (5) (6)
 母音を でなく、 にかえてもよい。
 また、口を本などでかくして終声の連続を発音して、学生に音を番号であてさせる。口の形を見ている場合とはことなり、成績は著しく悪い。
 日本人学生にとって一番聞きやすく、かつ発音しやすい音は であり、次に可能なのは である。 はなんとかかんとか可能であるが、 はもっともむずかしい。聞き取りは のちがいはまず絶望的であるが、ただちに悲観しないよう述べる。聞き取りがだめでもかまわないから、発音だけはしっかりするように伝える。

 終声の練習の際には (27ページ - 28ページの単語)、初声の発音がおろそかになるきらいがあるが、はじめのうちは、あまりやかましく言わない方がよい。
 §1〜§6には、母音語幹の名詞が出たが、§7で子音語幹の名詞がはじめてあらわれる。
 以上で朝鮮語の すべての子音 (音素も音声も) が出つくした。


§8.長母音 (母音語幹・子音語幹の名詞を例に出す)

 現代朝鮮語では、単独で発音した場合の (目) と (雪) はほとんど母音の長さに関して区別がなく、ただ次に母音が来た場合、例えば etc.の場合に、次のように母音の長短の対立があらわれるようである。
意味 単独
〈目〉 [nun] [nuni] [nunn] [nunl]
〈雪〉 [nu:n] [nu:ni] [nu:nn] [nu:nl]
 しかし、このように教えることは極めて困難であり、学生が混乱をきたす可能性があるため、<雪>の場合、無条件に常に [nu:n] と発音すると教えることとする。

 なお、特に漢字語において 第1音節の長母音は短母音化する傾向が 若い世代に著しく、事実本書の記載とも一致しない発音がありうることを 学生に伝えておく必要がある。
_
 漢字語:

注記: 現在 若い世代のみならず中年の人々の大部分が ソウルであらゆる場合に短母音と長母音とを区別していない,すなわち 概して長母音を短母音と同じく短く発音し,また一見両者を区別しているように見えて実際には区別があいまいであること が多い (例えば韓国のアナウンサーの発音も,この点で発音辞典を見て発音しているらしいが,誤りが多い).韓国の新しい正書法に付された正音法では長母音を認めているかのようだが (他方北朝鮮の正音法では長母音への言及がなく,かつ北朝鮮のある音声学の本によれば一般に長母音の存在を認める必要がないと書いている),老人たちの言語にまだ短母音と長母音の区別が残っており,なおも韓国の多くの辞典に長母音が記されているとはいえ,「言語の将来は若者に属する」のであるからには,もはや朝鮮語でその区別は,一部の方言を除いて,認めなくてよいと思われるので,日本の学生たちにはそれを敢えて教える必要はないと言える.従って本書で長母音を示す記号  ̄ は一切無視するように学生に伝える必要がある.

§9. (母音語幹・子音語幹の名詞を出す)

 §7までに すべての初声と終声は出つくした (終声字はまだ出つくしていない。残りの終声字は §30 終声 (2) 参照。初声字も音としての初声も全部出つくした)。
 従って、あらゆるタイプの 終声+初声 という子音の結合は、論理的に可能なはずである。しかし、朝鮮語は 終声+初声 という結合の多様性が特徴的でむずかしく、この点でこれをまったく問題としない中国語やヴェトナム語とは異なる。音節の構造は朝鮮語・中国語・ヴェトナム語 etc. が非常によく似ているのに、この点だけが異なる点である。(中国語では 2つの音節は1つずつ発音したものをただ単純に結合すればすむものを、朝鮮語は そうはいかないという点で、中国語・ヴェトナム語学習者たちは朝鮮語をむずかしがる。)
 §9ではまず、てはじめに 日本人に比較的発音しやすい子音の結合を示す (鼻音・流音+子音(口音・鼻音))。
 §4 (p.22) で が語中で母音の後で有声化すると述べたが、実は鼻音と流音 (いずれも有声音) の後でも有声音化する。
 すなわち、 はすべからく有声音の後で有声化するのだと教える。
 ここで、§7の7つの終声のうち、口音は無声音、鼻音と流音は有声音だということを再認識させる。母音も有声音である。指をのどぼとけに当てて、 を発音すると、のどぼとけがふるえ、 を発音すると、 の次でのどぼとけがふるえないことを教える。
  は、日本人にもっともやさしい発音の単語である。
 次に を含む単語の発音はかなりむずかしいが、[ll] という発音ができればよしとして、そのほかの部分が幾分いいかげんになっても許容すべきである。
ン+パ行,バ行,マ行
ン+タ行,ダ行,ナ行,チャ行,ジャ行
ン+カ行,ガ行
 日本語のはねる音ン (/N/) は、鼻音性 (nasality) という特徴を持った特殊な音素で、それは条件に応じてさまざまな音声であらわれる。
  (朝鮮人に聞こえる音)
パン [paN]
パン+と,だ,の [pan+]
パン+ばかり,も,まで [pam+]
パン+から,が [pa+]
パン+は [pa+] [], [], [], []
などは鼻母音
パン+や,やら,よ,より [pa+]
パン+を [pa+]
パン+へ [pa+]
パン+さえ [pa+]
 これらのンは日本人の耳にはちがいが感じられない (同一音素に属するから) が、朝鮮人の耳には少なくとも の3つのいずれかで聞こえる。すなわち、日本語の場合とちがって、朝鮮語の終声 は、異なる3つの音素である。従って、欧米語を学んだことのない日本人には上記 の部分のように教えるしかないのである。
 このように、日本人は言語習慣として、音節末の鼻音 [m], [n], [] などを区別しないから (はなはだしくは、例えば コンブ<昆布>を [komb], [konb], [kob] のいずれで発音しても、[komb] 以外の場合ちょっとおかしく感じるだけで、意味のちがいをひきおこすことがない)、次のような日本語にない子音結合は極めて困難なものとなる。
 まとめてみると次のようになる。
初声
終声
, , , , , , , , , , ,
× × ×
× ×
○ … 日本人に発音可能
× … 日本人に発音不可能
△ … 日本人に比較的楽に発音できるもの
/ … ありえない子音結合
 上記の × の場合、その場合の を充分にひびかせてから次の子音に移行する練習をするとよい。
 これらの子音結合の練習をする場合、激音・濃音の区別に注意が向けられず、それらの発音があいまいになる可能性があるが、おおめに見た方がよい。

 漢字語: , , , , , , , , , , , , , , , , ,

注記: 現在ソウルでは 日常の発音で に, に, に変わる場合が多いようである (ただしこれらの位置で韓国人はだれもが終声の を区別して発音も出来るし,聞き分けも出来る).こういうことを勘案して の場合だけ厳しく指導し,残りについてはあまりうるさく言わなくてもよいと思う (多くのことをうるさく言ってもほとんど効果がないからである).この場合終声の をわざと長めに発音し,かつこの際唇が閉じてもいず,舌先が上の歯茎についてもいないことを確認し,それを充分響かせた後で,次の初声の発音に移ることが必要である.


§10.合成母音字 (名詞だけでなく、副詞・用言などの例を出す)

 まずp.32の[e]の練習からはじめる。
 次に [] の練習をする。[e] と[] とは、唇の開け方のちがいがあることを認識させ、[e] と [] とを交互に練習させる。
 ソウルでも若い世代では第2音節以降 あるいはあらゆる位置で、慶尚道・全羅道・済州島などでは全面的に [e] と [] との区別ができないが、本書では両者の区別を教えることとする。英語の [] ほどに唇を開けないよう指導する。
 次に [wa], [w], [w], [we] を教える。[w] が日本語 ワ [wa] の [w] とはちがって、唇が [u] と似てかなりつきでることを教える。
注記: 現在 ソウルの若い世代のみならず 中年の世代でも あらゆる場合に /e/ と // の区別が失われているので,両者の区別については神経質になる必要のないことを学生に告げるべきである.もはや韓国人の教師とて実際に両者の区別は出来ないのだから,両者の発音のテストを学生に課すことは意味がないというべきである.
 この後、p.31の表を見ながら、 のように発音練習する。
 次に、p.33の に行く。 はソウルでも [] と発音する人がいるが (全羅道は []、慶尚道はなし)、日本人に発音の負担を与えないために、ソウルの若い世代の発音 = [we] を採用する。
注記: 現在ソウルでは の3者とも実質的に [we] と発音され,韓国人による3者のつづりの間違いが著しい.
 次に [wi] に行く。 もいろいろのヴァリアントがあるが、日本人にあれこれ説明すると混乱するだけだから、簡単に [wi] と教える。

  以外は = と教える。
注記: しかしながら学生にあまり負担を与えないためには 「 は,正音法の指示する通りに,あらゆる場合に [je] と発音される」と教えて構わない.
  の発音は極めて問題だが、語頭で [i]、その他で [i] のように簡単に教える。[] のような音は教えないほうがよい。
注記: しかしながら学生にあまり負担を与えないためには 「 は常に [i],子音+ の場合は [i] 」 と教えた方がよい.
 p.34に体言語尾 (属格) の - は [e] と記したが、勿論字面を朝鮮人に読ませるとその場合でも [i] と読み、また学校教育ではそのように教えているといったことを学生たちに伝えてよい。ただし、- を [i] と読むのは、読音でしかないのであって (literary reading)、やはり本来の音は [e] であるといった方がよい。
 【このような literary reading の例は日本語にもある。例えば、「せんせい (先生)」 は普通 [sese:] /seNsee/ と発音されるが、文章を読む時に 時折 /seNsei/ のように言うことがある。またロシア語でアクセントのない o を文字通り [o] と読む例など。e.g. города /garad/ [gr|da] <cities>,ただし literary readingでは [goro|da] のように。】
 以上で母音字のすべての結合およびすべての母音音素が出つくした。
 漢字語: , , , , , , *, , , , , , , , , , , , *, ,
* のついた単語は、北朝鮮で表記の異なるものである。, , (p.283の§10参照)
という文字は多く漢字語にあらわれる。 という文字はほとんど漢字音にあらわれる (漢字音 は北朝鮮では発音どおり と書かれる)。 も漢字音であることが多い。】

§11. 子音と母音のまとめ

 ここはすべての子音と母音 (音声。音素ではない) のまとめである。ここで示されている文字はいわば音素記号の代用として用いられたというふうに理解してもらいたい。表の下の説明は、音素という術語を用いないで、音素を説明しようとしたものである。次のように発音の練習をさせる。
―――――
――――――――――
―――――

―― ――――――――――――
―― ―― ―― ――
―― ―― ―――――――
――
―― ――――――――――――

 朝鮮の文字は製作者と製作の原理がほぼわかっており、しかも既製の文字とも直接の起源の関係を持たないという点で、世界の文字において、また世界の文字史上極めて特異な位置を占めている。朝鮮人がこの文字をいわば朝鮮文化そのものとしてほこりに思うのももっともとうなづける。
 5つの基本的文字は発音器管をかたどったと、『訓民正音』 という本に明確に記されている (学生に直接 『訓民正音』 を見せてもよい)。

画像: 小学館 『名探偵コナン大事典』 1999, p.234

画像: 集英社 imidas 1991

画像: 集英社 imidas 1991
[k]を発音する際 奥舌が口蓋に ついているさま 舌先が歯ぐきに ついているさま 唇を前から見たところ 歯の形.本当にこの部分をかたどったものかは明確でない のどの形.口を開けた時の形か?
 牙音−喉音という術語は、中国音韻学の伝統的術語で、学生が一々おぼえる必要はない。牙・舌・唇・歯・喉の順序は、古代インドの音声学における順序にもとづくもので、日本の50音図の行 (アイウエオ) と段 (アカサタナハマヤラワ) の順序も、それにもとづいて成立したものだから、ハングルの子音の順序と日本の50音図の段の順序とは類似点がある。
ア カ サ タ ナ * ヤ ラ ワ  
* 上代日本語では *p → *Φ → h

 練習1 次の対立に着目させる。
初声 平音−濃音−激音
平音−濃音
平音−激音
母音
終声 の前) *
の前) **
(上記以外)
* ソウルでは は普通 と同じく発音され得るが,しかし とは聞き分けが可能だから, はやはり文字通り と発音させる.
** 慶尚道では と同じに発音されるが,標準語では は区別される.

注記: これらのペアのうち 母音に関しては17の前項が,第1字の終声に関しては18,19,21の前項が 現在実質的にそれぞれの後項と同じ発音となっているので (とはいえ韓国人はそれらを区別することが完全に可能であるが),それらの違いについては神経質になる必要がない.20の前項と後項の第2字の終声は厳密に区別する必要がある.


§12. 反切表 (§1〜§6で学んだ子音の字母の順序を再整理するのが目的)

 1945年までは、十一番目の行として母音字 [] (ただし と同じ読み方をすることになっている) があった。(なお “” という合成字もあった)
 また解放前は書堂などでは例えば次のように教えていた。


etc. etc.
 反切表には、濃音および合成母音字は含まれない。
 反切表は簡単にすませてよいが、 の順序だけはおぼえさせる必要あり。
注記: 子音字14個を7つずつに区切りというのは 日本の韻律に従ったものであり,朝鮮の韻律に従えば,4+4となるから, のように最後が寸詰まりになる.


§13. 例文(1)  これ以降は主として例文を中心に講義をすすめていく。

 §13 からは簡単な例文を通して、だんだんと正書法の規則を学び、あわせてそれと関連して簡単な文法事項を学んでいく。
 例文中の 単語欄には、新出単語のみを記す。
 §13は正書法に関しては§15、文法に関しては§14が関連する。次のように常に§15と§14を関連させつつ教えるのが望ましい。

 i) 朝鮮語と日本語とはこのように対応し、語順は両者ともにほぼ同じである。
これ だ。

 部分ごとに切りはなして読むと次のようになる。
  [it] [n] [so] [ta]
 このうち は §4でやったように、[soda] と発音させる。 は [it n] ではなく、[isn] と発音される。§15の標題のように、母音の前の終声は初声のように発音されるという原則によって、 は母音の前、すなわち文字 の前で、[s] と発音されるのである。すなわち
[]
のように。
 - は 「-は」、- は 「-だ」 にあたる。- [da] は たまたま日本語と音が似ているだけである。

も上記と同じ。
 ここで、指示代名詞  を示す。

 ii)   が [iida] と発音されるのは、 の場合と同じ。

 ii)i)
 N(名詞・母音語幹)+
という文型 (sentence pattern) の主語と述語をひっくりかえしたものである。すなわち、
N(名詞・母音語幹)+
 ここで、§14の説明をする。
V−
C−
V−
C−
の語尾が出そろったことになる。

 iii)i) の変形である。すなわち:
 N(名詞・子音語幹)+
 §13で 「N1 は N2 である」 にあたる文型はおわったことになる。
注記:  . を日本語話者は大抵 「ソヌン・イゴシダ」 式に発音する.ということは 「ヌン」 の末尾が 終声のように朝鮮人には聞こえてしまう.これを避けるためには いっそのこと この文の二つの分かち書き単位を続けて発音する,すなわちあたかも 「ソヌニゴシダ」 [sonniida] のように発音した方がよい.朝鮮語は一般に 二つの単語,二つの分かち書き単位の間でも 終声と母音とが繋がって発音される場合が多い.このような現象を 「リエーゾン」 と呼ぶ人がいるが,それは間違いである.


§14. 上記 §13 ii) 参照。

 -/- はここでは一応 語尾 と見ておく。
 日本の国文法を学んだ者に対しては、本書の文法用語はしばしば国文法のそれとは異なること、日本の国文法は極めて非科学的なものであることを学生に告げておくとよい。国文法の助詞・助動詞にあたるものは、すべからく 語尾と見ることにする。
注記: 例えば <牛は> と <手は> の発音は全く同じである.[sonn] ソヌン.両者は同音異義形である.両者は音素はまったく同じ (従って音声も同じ) だが,形態素の構成が異なり,それが正書法に反映されている.
 練習2
 §3〜§6の体言に、- と - をつけさせてみる。ただし、時間を食うからほんのすこし練習させればよい。



§15.

 標題の、母音の前の終声は初声のように発音される は、極めて重要なので、今後学生には何度も何度もこのことを頭にたたきこむ必要がある。
 厳密には、「母音の前の終声字初声音素のように発音される」 というべきだが、初学者にはむずかしすぎるから、敢て文字の概念と音素の概念とを混同して用いた。つまり、§13以降では、ハングルをいわば音素記号の代用として用いることが可能である。
 p.38の 「朝鮮人の意識では・・・」 の記述は、音素に関する記述である。ここではっきりと 音素 について教えるとよい。日本人の耳には異なって聞こえる音も、一つの音素に属するものならば、朝鮮人の意識では同じ音なのである。だから同じ文字を書くのである ( の場合)。
 しかしながら、 の場合だけは違う。 は [] であり、 の場合の は [] であり、両者は朝鮮人の意識によっても同じ音ではない。すなわち [] と [] とは異なる音素に属するから、 における [] は における [] と交替 (alternate) しているという (厳密には /d/〜/s/. / / は音素記号,〜 は音素交替をあらわす)。

 音素交替の 英語における例:
/f//v/knife [naif]knives [naivz]
/d//t/lived [livd]looked [lukt]
/u://i:/tooth [tu:]teeth [ti:]etc. etc.
 音素交替の日本語における例:
/m//N//'yomu//'yoNda/
/r//Q//toru//toQta/
/t//d//kaita//'yoNda/etc. etc.
 音素交替は1年生には教える必要はないが、教師は理解しておかなければならない。

 音素 // は音節末にしか来ないのか、音節の頭にも立ちうるのかは、音声学上議論のあるところだが ( [kai] は [ka-i] か [ka-i] か?)、// を示す文字 は終声にしかあらわれないので、p.38の の下欄は1行空白にした。これと関連して、練習3の下の部分 等を教えてほしい。つまり日本語では語中の [g] と [] とは、ほぼ1つの音素 /g/ を成すと考えられ (注*)、意味の区別をひきおこさないが、朝鮮語では両者の違いは重要であることを知らせる必要がある。[g] と [] とを明確に聞きわけられない日本人学生が多いことに注意して、意識的に [ga] と [a] とを発音しわけるよう練習させる必要がある。
[ga],[gi],[gu],[ge],[go]
[a],[i],[u],[e],[o]
のように。
(注*) 日本語の [g] と [] は、異なる音素に属すると主張する人もいる (服部四郎氏ら)
十五/zyuugo/
十五夜/zyuuo'ya/
銃後 /zyuuo/

注記: 韓国人の意識では // は常に終声である.しかし日本人には [] は初声のように発音させて構わない.ただし母音と [] との間を切って発音してはならない.
 §15は厳密にいえば、正書法の規則といえるものは、 における、/d/ 〜 /s/ だけである。§15では /d/ 〜 /s/ だけが 形態音素論的交替を成す。現代朝鮮語には交替を起こさない /d/ を終声として持つ名詞は 1語も存在しない。
 §11までで発音の勉強は基本的に終わっているから、それ以降は発音の練習にそれほど時間をかけなくてもよい。



§16. 終声+

 §15と関連して§16の説明をする。
 朝鮮語においては、 はいわば平音、 に対応する激音と考えてよい。
(1)
このように ↓ の方向にかわったとすれば、次のものも同じように考えればよい。 の場合は は落ちるのが普通だ。同様に 口音+ は (4) のように激音となる。
[] ↓
[]
(2) (3) (4)
[] [] ↓ [] ↓
[][]

  【S.E.Martinの音素分析は、この点で首肯しうるものがある。
/tamhwa/
/iphak/
 】
 [mh], [nh], [h], [rh] などの発音は日本人教師にはむずかしいから、この部分は簡単にすませ、朝鮮人教師に発音をまかせる。なお、 などは、なれるまでは [ta:m-hwa],[t:n-hwa] などのように発音することとし、ただ [ta:-mhwa],[t:-nhwa] などのような発音もあることを知らせるにとどめるだけでよい。
  1語以外はすべて漢字語。
注記: [mh], [nh], [h], [rh] は難しいので全く教えなくてもい.
練習4   以外はすべて漢字語。


§17. 口音+平音

(↓は変化の方向)

口音+平音
↓ 
濃音





という規則を教えればよいことになる。つまり、§9の場合のように、

鼻音・流音+平音
(有声音)   ↓ 
有声音

で有声音の次に有声音が現われたと同様、ここでは、口音 (無声音) のあとに濃音 (無声音) があらわれるわけである。このように、A+Bという音の結合で 例えばBがAの影響を受けて似たような音に変わることを 同化 (assimilation) という。朝鮮語は同化のはなはだしい言語である。
【 英語における同化の例:
/z//s/dishes [diiz],goods [gudz],books [buks]
/d//t/loved [lvd],looked [lukt]etc.
  日本語における同化の例:
/t//d//mita/ <見た>,/'yoNda/ <読んだ>
/k//g//nikai/ <二階>,/saNgai/ <三階>etc.
  同化の結果として、音素交替が起きる。この 『手引』 §15最後から2段目 を参照。ただし音素交替は同化によるものだけではない。
  一年生には同化は教えなくてもよい。】
 (1) の単語は を除き、すべて漢字語。
 (2) の単語はすべて固有語。
  は [s:]。長い [s]。

注記: これは確かに長い [s] なのだが,わたくしは今これを [ss] と記して の前の が [s] になったと見たい.『朝鮮語を学ぼう』,三修社,東京,1987ではそのように書いた.従って [ ] の中のハングル表記で この場合の 終声は 終声のように記してもよいはずである. の発音表記をそれぞれ次のように修正し得る.
],[tas:mnida][tassmnida]
],[u:s:mnida][u:ssmnida]
 - と発音されるとだけ述べ、その理由はあとに述べると簡単にすます。
 p.40  [], [apak] のような発音はしてみせるだけでにとどめ、ことさら練習させずに簡単にすます。
注記: この部分は全く教えなくて構わない.本書では 「ゆっくりした発音」 と 「速い発音」 とを発音のスタイルとして区別する.初学者には前者から教えたらよい.
練習5 ・・・以降はすべて固有語。それ以外は漢字語。


§18.

 このような発音もあるという程度にとどめ、ことさら練習させずに、簡単にすます。
 ここの単語はすべて固有語。


§19. 例文 (2)

 ここは§17によって、発音が可能である ( それぞれ tt, pt, kt )。
指示形容詞
文型 N(/) A (は形容詞)
 §19と関連する 文法事項は、§20と§21。
 §19は次のように教える。
i)  
ii) の関係。 は形容詞。
iii) §17によって、- は [-]。
の関係。
 語尾 - は、[-do] と [-to] とがありうるが、それは直前の音が有声音 (母音,-,-,-,-) か 無声音 (-,-,-) であるかによってきまる。すなわち、[-do] 〜 [-to] という交替を 朝鮮語の正書法では - と書くことにしているわけである。
 このように、朝鮮語の正書法では同一形態素はできるだけ同じ形で表記することを原則としている (形態音素論の正書法)。このことは朝鮮人にとっては表記上のむずかしさをひきおこし、外国人にとっては読み方のむずかしさをひきおこすが、朝鮮語自体の 形態音素論的複雑さのあらわれであるから、やむをえない。このような原則を持つ正書法としてはロシア語のそれがある。§20を示しつつ説明する。
iv) の関係。
の発音は§20参照。
§17によって - は [-] と発音される。
§17によって は [-] と発音される。
  は早口な発音では [tdip] となりうることも教える。
  に関し、§21を説明する。
 「 語幹」はまだ字母の名称を教えていないから、この段階では [エル (l, ) 語幹] と言っておく。

【子音語幹の例として、 (無声音) を末音とする語幹 を挙げておいたが、実は末音が有声子音 () であっても、常に語尾 - は [-] と発音されるから (§29参照)、ここでは - [ta] と記した。】


§20.  上記§19 iii) 参照。

§21.  上記§19 iv) 参照。


§22.口音の鼻音化

 ここで§7にもどり、再度口音と鼻音との関係を徹底的に認識させる。§22は次のような同化を扱う。
口音+鼻音
 ↓
鼻音
漢字語:
練習7 以外はすべて漢字語。
(↓は変化の方向)

【 朝鮮語の同化は、2種類ある。 (←,→は影響を与える方向)
1) 順行同化 (progressive assimilation)
(§17)
2) 逆行同化 (regressive assimilation)
(§22)
  は次のように理解すればよい。
→ [] → []


§23. の流音化

 // と // とは決して隣り合うことがないので,その結果次のようになる.
以外は漢字語
§23の同化以外はほとんど漢字語以外で起こる.
(順行同化) (逆行同化) (↓は変化の方向)

練習8  全単語が漢字語



§24. 流音の鼻音化

 // は次の位置にのみあらわれる。
/母音/ +//
//
//
  は上記以外の位置ではすべて // に変わる。
i)   語頭 → // (cf.§35)
これはここで説明する必要なし。
ii) //,// 以外のすべての終声+ (§24) … すべて漢字語
練習9 … すべて漢字語
//


(1) [] [] [] [] //
(2) [] [] 口音 /鼻音/
注記: 韓国では も発音は全く同じ (すなわち音素も音声も同じ).しかし現在 北朝鮮の正音法ではこれらの場合綴り の初声はいかなる変化も蒙らない (ただし の前の口音は鼻音に変わる).従って北朝鮮ではこの場合 逆行同化である.ここの4単語の北朝鮮の発音は次の通りである.[],[],[],[].

のたぐいを朝鮮の言語学者は 相互同化 (reciprocal assimilation) によるものだという。

しかし菅野は (1) の段階で順行同化がおこり (2) の段階で逆行同化がおこったと見て、相互同化を認めない。】

【 朝鮮語における子音の同化を整理すると次のようになる。
 §24は厳密には同化とはいえない。次のように、形態素の交替と見るべきである。(§35参照)
  語中 語頭 北朝鮮正書法 漢字
/母音/, //, // の後 それ以外
音素 /ro/ /no/ /no/
韓国正書法
音素 /ri/ /ni/ /i/
韓国正書法
音素 /nj/ /j/
韓国正書法

§25. 例文(3)

発音 §17により、 が読める。
§22により、 が読める。
文法 §26と§27と関連する。
文型 1/  N2/(〜)  V(現在形).
1/  N2
 次の順序で教える。
i) 代名詞 
-  … を
-  母音語幹現在形 (cf.§27)
ii) -   語幹現在形 (cf.§27)
iii) -  … と
iv) - … だけ

注記 I: iii) と iv) の単語 は 1989年に標準語形が に変更された.

注記 II:   <大根とさつまいもを> と   <万年筆と鉛筆を> の発音を比較すると,日本人の耳には後者が前者よりも忙しく発音するように感ぜられる.逆に日本人の発音を韓国人が聞くと,前者よりも後者が不必要に間延びしたように感ぜられる.これは日本人が一般に朝鮮語の終声を日本語の促音 (ッ) や撥音 (ン) のように発音してしまうこと,つまり朝鮮語の1音節を日本語の2モーラ (1音節+促音や撥音の1モーラ) で発音するために,朝鮮語よりも長くなってしまうのである.これを避けるためには朝鮮語の1音節をすべて等しく手で拍子を取って発音してみるとよい.そうすれば母音終わりの開音節と子音終わりの閉音節とでは 同じ1拍では後者の方が前者よりせわしく感じられるであろうし,それでよいのである.

v)
 …を …と
 - -
 - -
§26  ・・・, ・・・, の練習をする。
vi) §22によって, を発音する。
§26  を練習する。(§17により 等々発音可能)
vii)
- 子音語幹現在形 (cf.§27)
(§17による発音)


§26. 上記§25 v), vi) 参照。
【 音素表記すれば、次のような交替があることになる。
/-/ 〜 /-/ (1つ)
/-/ 〜 /-/ (有声音の後) 〜 /-/ (無声音の後) (3つ)
/-/ (1つ)
 子音語幹の交替は次のごとくである。
 (現行の正書法は母音の前の形を基本形として採用していることがわかる。)
正書法 (, )
母音の前
子音の前
鼻音以外の子音の前 * (, ) 鼻音の前 ()
// //
// //
// // //
( * /#/の前、すなわち後になにも来ない場合を含む。)
 鼻音の前の鼻音は、本来の鼻音と口音から変わった鼻音のいずれかでありうるから、意義識別の機能を失う (すなわち 鼻音の前の鼻音は意義識別の機能が中和する (neutralize))。
// は本来の この場合の //, //は <荷物> 〜 <家>, <夜> 〜 <飯> の区別ができない。
// は から変わったもの
// は本来の この場合の // は <部屋> 〜 <ひょうたん> の区別ができない。
// は から変わったもの
 現行の正書法 (形態音素的原則による) による表記法のみが () 意味の識別を可能にさせている。
 なお、これと似た表記を日本語に求めれば、次のものがある。
ハナ + ハナル (鼻汁) ただし も同音。
ハナ + ハナ (鼻血)
 練習10 §3〜§6 (母音語幹),§7 (子音語幹) の名詞に次の形式にならって、いろいろの語尾をつけさせる。(発音に特に注意させる)
…だ …は …を …と …も …だけ
soda sonn sorl sowa sodo soman
momida momn moml momwa momdo momman
marida marn marl malwa maldo malman
tibida tibn tibl tipkwa tipto timman
oida osn osl otkwa otto onman
異形態
ナシ
ナシ
ナシ
2つ
3つ

注記: 語尾 -da/-ida, -nn/-n, -rl/-l, -wa/-wa〜-kwa は 異なる音声,異なる語形(音素),異なる表記
語幹 mar-/mal-, tib-/tip, o-/os- は 異なる音声,同じ語形 (音素),同じ表記
語幹 tib-〜tip-/tim-,o-〜os-/ot-,語尾 -wa/-kwa, -do/-to は 異なる音声,異なる語形 (音素),同じ表記


§27. 動詞の現在形 上記§25 i), vii) 参照

 動詞と形容詞の類似点とちがいをよく教えこむ。
【 動詞語幹は次のような交替を持つ。

基本形 現在形
母音語幹 /−/
語幹 /−/ /−/
子音語幹 /−/ /−/
 
交替せず
(1) あり / なし の交替
(2) 口音 / 鼻音 の交替 (§22参照)

 (1) は歴史的に形成した交替である (一定の条件のもとに // が消滅したが、さりとて現代語では一定の条件を設定しえない) が、(2) は現代朝鮮語のあらゆる場合に通用する音素交替の規則に従って生じた語形の交替である。(1) は死んだ交替、(2) は生きた交替である。現代語の正書法では (1) のような場合は音素どおりに表記し、(2) のような場合は基本的と考えられる語形の表記を常に保つ (すなわち とは書かずに − とだけ書いて、/−/ あるいは /−/ と読ませる)。
  語幹 は普通南北朝鮮で 変格 と呼ばれるが、
を語幹末音とする用言はすべてこのパターンに属するから、わざわざ変格と呼ぶ必要はない。(河野六郎博士の命名をそのまま採用する。) 多くの場合、 語幹は母音語幹と似ているが、部分的に異なる様相を呈するので、母音語幹とは区別することにする。】
 練習11
母音語幹
語幹 (), ()
子音語幹 (), (), (), ()
この段階ではまだ終声字 を書く理由を教えることができない。


§28. +子音
§29. 用言語尾の頭音の発音


 これは§27の子音語幹との関連において、および次の§30を扱う前提としてどうしても§29を出す必要にせまられて立てた項目であり、あまりここで時間を消耗せずに、簡単にふれるだけでよい。
【§28ではじめて2つの終声字があらわれる ( )。 の3つの終声字は、用言にのみあらわれるという点だけでなく、§30にあらわれる新しい終声字が、いわば 母音の前で完全に読まれうる ものであるのに対し、子音字の前で 完全に読まれうるものであるという点で、特殊なものである。もう一つ、 における は、次の子音 (平音) を激音にかえるという機能を持つだけであって、それ自体 実体を持たない。注*
 §29の場合は //、// を語幹末音とする用言の次に来る語尾・接尾辞の頭音 (平音) が濃音化するのであるから、§28の場合の平音を激音化させる要素 [h] に似て、平音を濃音化させる要素 [] とでもいったものを認めてもよいという議論もありうる。すなわち、 [],…, [] ・・・ のように。しかしながら、 とは異なる という語幹末子音 (語尾・接尾辞の頭音 (平音) を濃音化させない) は朝鮮語には存在しないから、敢て記号 を導入しなくても、混同は避けうる。なお、 // を語幹末音とする子音語幹用言は1語も存在しない。従って 初学者には 子音語幹の後の平音は濃音となるというふうに教えたほうが楽である。( ・・・ の例はそのためにつけたものである )
注*  は実体がないと言いきってよいか疑問が残る。次のとおりである可能性がある。
 
[] [] [] [] [] []
  は [] という発音がありうるし、 の [] の [] の終声の [] は [] が同化したものと考えると、実体があるように見える。
 §28,§29の終声を§30の終声等と比較すると次のようになる。
- - -/- -
1. - // // // //
2. - // // // //
3. - // // // //
4. - (1) // // // //
(2) // //
5. - // // // //
6. - // // // //
7. - // // // //
8. - // // // //
9. - // // // //
10. - // // // // (cf.§93)
 -,- の頭音が濃音化するのは、3,9,10の場合、§17の原則による。3,9,10に - がつくと、それらの末尾は§22の原則によって鼻音化する。3と9の語幹末子音がもっとも完全にあらわれるのは、-/- の場合、すなわち母音の前であるので、ここで終声字 とが区別される。10は // のみが不規則な形であり、すなわち、ここでは // 〜 // という交替 (死んだ交替) があるので、このタイプの用言は変格用言といわれ、音素表記される (この限りでは 語幹も 変格といいうるが、これは少し状況が異なる)。
 5,6,7,8は、-/-,- 形を見るかぎり、各々 //,//,//,// という終声である可能性があるが、-,- 形を見るに及んで、どうしても //,// というものを想定したくなる。すなわち終声には、母音の前で機能するものと、子音の前で機能するものとがあり、5,6,7,8はそれらが結合したものだといいうる。4は (2) のように考えた場合、10 とよく似ており、ちがいは 10 に の要素が複合したにすぎない。
 すなわち次のようになる。
正書法  - - -/- -
1.- /-/ /-/
2.- /-/ /-/ /-/
3.- /-/ /-/
4.- /-/ /-/ /-/
5.- /-/ /-/ /-/
6.- /-/ /-/
7.- /-/ /-/
8.- /-/ /-/
9.- /-/ /-/
  はそれ自体実体を持たない。
  は次の平音を激音化する (ただし //は // となす)。
  は次の平音を濃音化する。
 3は正格、4,5は変格的、6と9は との違いのみ。


注記: 次のものを変更: [] → [], [] → []
 §15〜§29で基本的な正書法の規則は終わったことになる。


§30. 終声 (2)

 ここで音素としての終声と文字としての終声との関係を述べる。これであらわれる終声字は出つくすことになる (§28とともに)。

 i) §7にもどり、再度音素としての終声が7つしかないことを学生達に確認させる。さらに初声で平音・濃音・激音の3系列が対立していたのが、[1] 終声ではその対立がなくなるということ (終声の口音は音素としては平音と認められるが、終声の位置に濃音も激音もあらわれないことによって、終声では3系列が中和しているといいうる)、さらに [2] の3つの歯音の系列も終声では中和してしまうこと、 [3] 終声には1つの子音しか立たないことを確認させる (§11 の表も参照せよ)。
初声 終声
平音 濃音 激音
唇音  p
歯音  t
軟口蓋音  k
(1) (上の [1] と [2] を参照)
終声 終声字
[] 印は既出
[]
[]

(2) (上の [3] を参照)    印は既出, _ 印は前の子音字を落すもの
[] []
[] [] []
[] []
【 [1] 一語では [] と読まれ、その他の形容詞および数詞 では [] と読まれるものとする。ただし北朝鮮では だけでなく、形容詞もすべて [] と読まれるらしい。ソウルの人でも を [] と発音する人が特に若い世代に多い。しかし他の形容詞にひかれたものらしい。
[2] に関しては p.281の §30を参照せよ。
[3] に関しては、この 『手引き』 の上の表と似たものを以下に示す。( の要素が複合したものと見なされうる)

《下の表の凡例》
* - はつきえず、- がつきうる。
** // を語幹末音とする用言のうち 語幹のみがそれにつきうる語尾・接尾辞の頭音が平音のままである。
*** voice 接尾辞 -- の前では が添付されないことがある。
-,-,-
正書法 - - - -/-
-*** /-/ /-/
-*** /-/ /-/ /-/
-*** /-/ /-/
- /-/ /-/ /-/
- /-/ /-/
- /-/ /-/ /-/
- /-/ /-/* /-/
- /-/ /-/
cf. - /-/** /-/ /-/
 ii)  は簡単に教える。
 用言の例も一とおり読む程度にして、あまり時間をかけないでよろしい。 の段の ―― は、それぞれ南で ; 北で であると述べてよい。ただし発音は同じ [],[] or []。
注記: ただし 1989年の韓国の正書法の改正により この点では韓国が北朝鮮に歩み寄った勘定で,完全に南北同形となった.したがって ―― 欄にはそれぞれ 形, 形 を補わなければならない.
 iii) 簡単に教える。

 iv) 母音の前の終声字の読みがその終声字の代表形として援用された。§15 の 「母音の前の終声は初声のように発音される」 は、若干修正する。
[] []
[] (cf.§17)
すなわち、2つの終声字は、最初のものは終声のまま、第2字を初声とする。

 v)  字は 字の激音であるから、§16の ii) および iv) にならって次のようになる。
[] []
[] []

iv) と v) のあるものは 「ゆっくりした発音」と 「速い発音」 の違いのあるものがある.
ゆっくりした発音 [] [] [] [] [] [] []
速 い  発 音 [] [] [] [] [] [] []
注記: 『朝鮮語を学ぼう 』,三修社,東京,1987ではこの場合も「ゆっくりした発音」を採用した.
 vi) は学生におぼえさす必要はまるでない。こういうものだといえばよい。

 §30はいっぺんに理解できないと思われるが、あとで必要に感じて随時参考にする程度にして (この意味では§28,§29も同じ)、大ざっぱに進んでよい。理屈がわかったら、あとは慣れが必要だから、随時§28〜§30の語形を口に出して言ってみて自然に覚えるように指導する。

練習12 (1) 次の語尾を次の順序につけて発音させる。
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§31. 例文 (4)

発音 §30; 最後の文の中の のみ§33参照。
文法 §32, §34
文型  N1/ (-,-,-/-) 
1/ N2/ 

次の順序で教える。
指示代名詞
-/- §32参照
-
. (*)  存在詞 §34参照
.(*) (*) §30 iii) 参照
§32参照 - の否定形
[] §33

印の左右にある単語は、北朝鮮の正書法で分かち書きされない (韓国では分かち書きされるのが原則だが、個人差が多い)。
 はじめのうちは学生たちには も くっつけて読めという記号だという程度にいっておく (p.283,§31参照)。 は [k:nn] という発音も可能。】

注記: 次のものは子音と母音とをくっ付けて発音した方が朝鮮語らしくなる.
[janpta] ヤノプタ; [kmanitta] ケマニッタ; [thrinnda] チェグリンヌンダ


§32.§31参照。

練習13.
[1] §7の単語および次の単語に -,-,- をつける。

[2] §3〜§6の単語に -,-,- をつける。


§33.§31参照。簡単にすます。

練習14



§34.§31参照。

 厳密にいえば、他動詞 とは対格の -/- をとりうる動詞だけを指し、次のような場合の動詞は他動詞に含めない。
(空間)
(目的)
(期間)


§35.この手引きの§24の下の表を参照のこと。

【 歴史的には次の経過をたどったと思われる。
 [1] 語頭での の全面的な // 化
 [2] 語頭での +/i/ あるいは /j/ の場合の // の消滅 】

【 さらに南北の表記と発音の変遷を見ると次のとおりである。
正書法 発音 正書法 発音 正書法 発音
1945
1948
1966

 また、1966年の北朝鮮の正音法 (orthoepy) によれば、次の場合も南北で発音が異なることになる。
§24 [] [] [] []
[] [] [] []
 しかしながら、事実上この場合 [] ではなしに [] と発音されていると思われる。
  の語頭の []、[] は、北朝鮮で若い世代によってよく発音されているようだが、旧世代は韓国と同じ発音をしているようである。


注記: あらゆる位置での ,語頭の を常に変化なしに文字の通りに読ませようとする北朝鮮の正音法は定着したようである.北朝鮮のラジオやテレビでの発音だけでなく一般人の発音でもそれが違和感なく受け入れられていることを認めざるを得ない.人工的な正音法が定着した数少ない例である.
 §35は次の順序で教えるとよい。
i) 語頭の ni (nj) /i/ (/j/)
ii) 語頭の r n (無条件に)
そして ri ni → /i/
rj nj → /j/
rV (i以外の母音) nV ( i 以外の母音)
iii) ただし北朝鮮では、i),ii) の変化は一切ない (§35の単語のハングル表記の列の最左列のものが北朝鮮の綴りである)。


§36. 例文 (5)

発音 §38 (), §39 ()
文法 §37
文型 1 位置の名詞+  N2/- 
1 

   (上) − 北朝鮮形 



§37. §36参照
§38. §36  参照。ひととおり読む程度にしてはやく終える。

 i) §17,§22の規則は、単語の内部だけでなく、文の中のどのような単位の間にも通用しうる。
cf.
[ ] [ ]
 ii) ただし§15の規則は単語内部で、しかも語幹+語尾 (or 接尾辞) (母音ではじまるもの) でのみ生じうる。それ以外は次のようになる。
母音の前
(語尾・接尾辞で)
/#/の前 母音の前
(自立語で)
正書法
//
// //
// //
// //
//
// //

 あるいは自立的形態素
 iii) 漢字語において、 は2通りの読み方がある。
[1]
 +  (§23参照) ( は漢字音、
は単語)

[2]
    

[1] と [2] とでゆれているものもある。(資本論)
] or [
[2] は単語間でも生じうる。
cf.
[ ]
[3] また §23の も単語間で起こりうる。
  cf.

 上記の [2] と [3] は §17、§22の原則とならんで文の中のどのような単位の間でも起こりうるものである。
 iv) 簡単に述べる。

注記: 朝鮮語の分かち書きのうち特に難しいのが漢字語のそれである.北朝鮮では漢字語の分かち書きの原則は何度も変更されてきた.韓国でもそれは教科書だけでなくジャーナリズムでは特に乱れている (紙面の節約だけのためにしばしば続け書きが多くなされる).1989年の韓国の正書法によれば 人名は姓と名を続け書きすることになっている.


§39.リエーゾン(p.283.§39参照)

 単語 は次の場合のような発音を持つ。 
] ] ( <[])
 すなわち  は // 〜 // という交替形を持ち、後者は子音の後に現れることがわかる。
 これはたとえばフランス語の
vous lisez vous aimez
[vulize] [vuzme]
〈you read〉 〈you love〉
における vous〈you〉/vu/〜/vuz/ という交替形が、次に来る単語が子音で始まるか、母音で始まるかによって選択の条件が定まることとよく似ている。vous aimez のたぐいをフランス語でリエーゾンというので、これをまねて、上記の // の場合をリエーゾンと呼ぶことにする (朝鮮語とフランス語のリエーゾンのちがいは、完全な交替形が前者では第2要素にあらわれ、後者では第1要素にあらわれることである。しかも朝鮮語では不完全な形 () が基本形とされる)。
 §39も学生には簡単に教える。本書で v の印があったらリエーゾンする程度に教えておけばよい。原理まではじめから理解する必要はない。
注記: 次のような現象はリエーゾンとは根本的に異なる.
  フランス語:il a [ila] <he has>; elle est [l] <she is>
  朝 鮮 語: [] <家の前>; [] <水の上>
 練習15  以外はすべて漢字語。


§40. 例文(6)

_
発音 §42 (
§43 ( ’, ’
文法 §41
文形 1 N2 (N1 のN2
注記: <もの,こと>は常に前に修飾語を必要とする名詞で,不完全名詞と呼ばれ,北朝鮮では前の単語に続け書きされる.


§41. 特に 「誰々の何々」 という時の 「の」 は省略されることが多い。
§42. 初学者には無理に を短く発音させなくてもよろしい。
注記: 初学者にはここは一切教えなくてよろしい.



§43. 語幹と語幹とをつなぐ機能を持つ [t] という要素は次のような交替を持つ。 (p.283. §43参照)
//, //, //, // の次
口音の前
母音の次
口音の前 鼻音の前 リエーゾンの前
// //

1955
1966
 学生には簡単に教える。本書で をつけたところは次の平音を濃音化させるといった程度に理解させればよい。
注記: v は現在韓国では と書かれる.
 練習16  は漢字語だが、ほとんど固有語化している。


§44. 例文(7)

_ .... ....
発音 §42   
文法 §45, §46, §47
文形 主語 対象語 (object) あるいは状況語 述語

 次の順序で教える。

人間+ (§45)
(§47)
(§47)
人間+ (§45)
V− (§45)
(§45)
(§45)
R− (§45)
. C− (§45)
格語尾+副語尾 (§47)
用言否定形 (§46)
が動詞扱い)
(§45)
用言否定形 (§46)
. 〜 が形容詞扱い)
注記: [pusan] <釜山>.関東の発音では無声子音に鋏まれる半狭母音 i や u は無声化することが多い.この場合無声化しないように充分 u を響かせて発音することに留意する必要がある.


§45. (cf.§44)
§46. (cf.§44) 簡単にすます。
§47. (cf.§44)

【 実は − ・・・から(時間) を含めるのを忘れた。本書の一大欠点である】
 日本語と共通している点はその事実だけを簡単に知らせる程度でよい。



§48. i) は重要だが、今のところは簡単にふれる程度でよい。
i)、ii) ともに ' 印の場合の発音に注意を向けさせる程度でよい。

【 ここまでの正書法の規則については本書の折り込み付録 「終声と初声の結合」 にまとめて記したので、今後随時それを参照させるとよい。】


§49. 学生に読んでおくように指示するにとどめる。
注記: 本書で「漢字語」と呼ぶものは南北朝鮮の呼び方であり,日本では普通 「漢語」という.「漢語」は中国では漢族の言語を指し,日本で普通中国語と呼ぶものは正しくは 「漢語」と読んだ方がよいと思われるので,日本の 「漢語」の代わりに朝鮮の呼称を借用して 「漢字語」と呼ぼうとするものである.


§50. 子音字の名称は実際には終声字を示す時ぐらいにしか使われない。
 (=終声) (p.283 §50参照)


§51. 自分で読んで理解し、練習18 をやるように指示する。
練習18は必ず学生たちに提出を求めて、添削する必要がある。
注記: ここの記述を全面的にこのホーム・ページ 『百孫朝鮮語学講義』 III. 資料編 「朝鮮語トレーニング」 238. に替えなさい.

白水社 『朝鮮語の入門 』 教師のための手引き (1) (文字と発音) 終わり