百孫朝鮮語学談義 − 菅野裕臣の乱文乱筆




「三枝壽勝先生ご退官記念の集い」での菅野裕臣の挨拶

菅野裕臣
と き: 2003年3月2日(日)
ところ: 東京外国語大学本郷サテライト
主 催: 東京外国語大学朝鮮語学科卒業生有志
参加者: 4人の教官を知る同卒業生 他


 まず多忙な中で今日の集まりを準備してくれた卒業生の阿部穣氏と根岸耕二氏に深く御礼を申し上げたい.
 三枝壽勝氏がもう定年になったについてはいろいろな意味で感無量である.
 わたくしがまず東京外大に赴任した後,長璋吉氏 (朝鮮文学),池川英勝氏 (朝鮮史)に引き続き,三枝壽勝氏に来ていただくに当たっては,3人の間にいろいろな意見があったが,最終的には菅野が決定した.すでに言語,文学,事情の3教官がそろっているところで,わたくしとしては言語がもう一人ほしいところだが,あえて文学を2名置いたのは,現代文学に加えて古典文学をも視野に置いた人物の配置が重要だという認識があったためである.この認識が正しかったかどうかは知らない.しかし三枝氏はわたくしの要望を裏切ることなく例のヴァイタリティーで古典文学をもカヴァーしてくれた.この点で,これは今だから言えることだが,三枝氏のみがわたくしの期待に応えてくれた唯一の教官だったと思っており,実はこれは超人的なことだった.
 その後朝鮮語学科は拡大を続け,教官の数も学生のそれに比例して増えたが,今から思うと果たしてその必要があったのかどうか疑わしいことがある.ただ確実に言えることはわたくしから三枝氏までの4人の教官で東京外大朝鮮語学科の一時期は確かに終ったのだと言うことである.戦後の混乱期での教育を受けたわれわれが,戦後の再編成の時期に次から次にできた教育組織のかなりしんがりに作った朝鮮に関する組織もまた,今新しい波に洗われて更なる再編成を強いられていると思うが,実は教官組織に関する限り,この新しい波はわれわれと次の世代の間にすでに出来ていたのではないかと思われるふしがある.次の世代の教官たちはわれわれにとっては,実のところ,別の人類であり,わたくしに関する限りは彼らに特別な感懐は全くない.わたくしが今日この集まりを提案したが,今日この集まりの参加者をわが科の初期の人たちに限った所以である.あわせてわれわれ4人のうちすでに2人が他界し (長氏は東京で病死,池川氏は天理で変死),われわれ2人しか残らなくなったこともわれわれに特別な思いを募らせる.
 勿論われわれ4人の間にも世代差はあり,いろいろな違いがあった.わたくしはかつて世代論などというものを信用しなかったが,今では人間はその環境,時代の影響を受けるものであり,個人の多くの考えはそれと無関係ではないと思っている.したがって三枝氏とわたくしの間にも違いがあるが,三枝氏に関しては次のような特徴を挙げることが出来る.
 三枝氏は第1に頭が非常に良く,世間的な表現では頭の回転が非常に速い.わたくしは努力家はずいぶん見たが,頭の良い人は恩師の河野六郎先生以外はあまり会ったことがない.頭の悪いわたくしはまずこの点で彼の言には注目せざるを得なかった.
 第2に既成の権威とか概念にとらわれない.正論らしからぬ正論を堂々とぶち上げる.これは京都大学在学中に得た賜物なのかも知れない.何でもすぐぶち壊そうとする.
 第3に世によくある根回しという多数派工作を一切やらないことである.なんでも思ったことを言い,意見というものは戦わせるものだというのである.わたくしは正直言うと,九州大学赴任以来 大学内での弱い立場の朝鮮に関することがらについては根回しを中心に動かざるを得ないと思ってきたが,ことごとく彼によって打ち砕かれた.したがって彼は他人の足を引っ張るなどの不埒な行為も一切しない.
 彼はしばしばこれらのことをあからさまに,時には侮蔑の表情で述べるものだから,俗世間的な価値観しか知らない者たちの憎しみも買ったと思われる.そのためずいぶんと不当な扱いも受けたと思われるが,全く気にしていないことはないとは思うが,俗世間のならず者のことはすぐ忘れるらしい.この点いつまでも執着するわたくしとは異なる.
 第4に,ここが感嘆に値するところだが,学問をするための職とか地位とか名誉とかに一切執着しないことである.東京外大に来る時にも,彼が大学院生時代に学生運動をしていたのではないかという指摘が教授会であり,どう説明したものかと尋ねると,それで採用されないならしかたないと淡々としたものだった.職を失ったら,あるいはなければ土方でもして資金を稼ぎかねないのである.さすがに今は歳だからそう無理はきかないはずだが,彼のことだから,これからも何をするか予断を許さない.要するに必要なことはするのである.われわれの時でもそうだが,朝鮮研究の世界で今の若い連中も職とか地位に汲々としている輩ばかりが充満するのを見ていると,駆け引きと裏切りと気取りと奇妙な権威付けと自己宣伝に明け暮れているこのような輩とは無縁の存在であることが分る.

 わたくしは文学的感性のない人間であるから,彼の専門についてわたくしの評価を述べられないのは残念である.ただわたくしは初め彼は文学をあたかも物理学的に研究しているのではないかと思うのみであり,それでもいいや,文学者はどだい科学的な人間がいないから,少しは学問的なことをやってくれれば良いぐらいに考えていたのだが,最近知ったのだが,どうしてどうしてなかなかの感性が宿っているらしいことに気が付いた.彼には持ち前の権威抜きの立場で,文学といわずもっともっと幅広い分野で,何の気兼ねもなしに,頭の悪い奴らは相手にせず,持ち前の無意識の高潔さでもってばったばったと切りまくってほしいものである.あまり期待は出来そうもないが,日本がそれぐらい少しは理解し得る時代になることに わずかばかりの期待を抱きたい.

 わたくしについて述べるなら,彼の定年をもって東京外大とのつながりは完全に切れるものと了解している.もはや東京外大にはなんの未練もなく,今日をもって皆さんと会う最後の機会ととらえている.
 三枝氏の東京外大完全離脱おめでとう,そして東京外大よさらば.