三枝壽勝 / 現代文学 読書案内


今の文学 / 何かありそうでなさそうな90年代の韓国文学

三枝壽勝
「統一日報」 1998. 3.12


 九十年代は珍妙なベストセラーで幕を開けた.『小説 東医宝鑑』.しかも反体制で名の知られた出版社だ.続いて 『小説 土亭秘訣』『小説 牧民心書』そして 『ムクゲの花が咲きました』.文学なのかも疑わしい読み物である.まあ読者という点から見れば文学など相変わらずだと言えるかもしれない.たとえば,ある有名な出版社の売り上げの半分は 李文烈の本だという.ところがその本とは 『三国志』『水滸誌』,すなわち 『三国志演義』と 『水滸伝』の翻案なのである.大衆的な読者が有名作家に求めるのが周知の物語の焼き直しで,作者も名声維持のためそれに応じるなどというわけで,百年以上も変わらぬ伝統の根強さを感じるのである.
 もちろん,時代は軍事独裁政権下の激動の時代から文民政権の時代へと大きく変わり,社会の雰囲気も生活もかなり変化した.この八十年代は,この五十年あまりの激動の歴史の最後の段階であり,もっとも荒っぽい時代でもあった.この急激な変化に対応して何かが変わったとしても悪くはない.規制が解けて文学関係の雑誌も大量にあふれだした.文壇のドン 金炳翼の 『文学と知性』は 『文学と社会』と名を変えた.反体制の 『創作と批評』,『実践文学』のほか老舗の 『現代文学』,『文学思想』などに加えて,高額原稿料で作家を引き抜く 『ムナクトンネ(文学の街)』,映像文化から音楽まで幅広くカバーする 『サンサン(想像)』,その他 群小雑誌は数え切れぬ.もうどの雑誌も互いに安泰としていられぬ戦々恐々の日々なのである.
 この状況を分析,解説してくれるのが評論家のはずだが,その評論家も時代をつかみかねとまどっているかのようである.かつてのように 趙演鉉,李御寧,金允植,キム・ヒョン,白楽晴,廉武雄のような大御所がご託宣を述べ論争する時代ではなくなった.その後に続く世代は 崔元植,洪廷善,パク・トッキュ,チョン・グァリ,ムン・フンスルなど枚挙にいとまない.ただ,他の分野と違って女性が登場できないのは,この分野の意外に保守的で古めかしい体質を表わしている.論壇の話題として相変わらずリアリズムが論じられもするが,百家争鳴の様相を反映して立場も視点も多様化している.外国の文学に対する関心も従来は西欧一辺倒だったが,若い世代では パン・ミンホのように日本との関係を重要視する傾向も目立つようになっている.
 詩の世界が変化のもっとも多かった分野である.80年代 『労働の夜明け』で話題を呼んだ パク・ノヘは終身刑で囚われの身,その後の作品は彼の回心を表現である.反抗の象徴だった高銀は依然として健在だが,詩がかつての現実性を持つ場はない.もう一人の労働詩人 ペク・ムサンも孤独な闘いの中で詩作を行なっている.そして新しい時代に応じてチャン・ジョンイル,ファン・ジウ,リュウ・シファなどと多様化しているが,チェ・ヨンミ『30,宴は終った』は女性詩人の性に関する表現の大胆さなど話題性でベストセラーとなる現象が見られるのである.
 小説は比較的健闘している分野だ.既成の作家 朴婉緒,金源一,尹厚明,梁貴子,イム・チョルウ,チェ・ユンなども健在だ.しかし青春時代を激動の渦に巻き込まれ過ごさざるをえなかった若い作家にとって、90年代が単に平和な時代の到来でなかったとしても不思議ではない.彼らはその激動の時代に青春を賭けたのであり,その時代の変化は失われた青春に対する悔恨と試練を呼び起こした.キム・ヨンヒョン,イ・ナミ,コン・ジヨン,キム・インスク,などの作品は彼らの受けた心の傷の後遺症の現われである.新しい文学の担い手と言われる人もほとんどこの世代に属しているが,その中で新しい傾向を代表する作家を何人か紹介しよう.
 「オルガンのあった所」シン・ギョンスクの作品は物語を語るというより,あるイメージを提示し表現しようとするところに特色がある.この作家独特の世界と発想が言葉づかいにも現われている.彼女自身も死に対する関心,失われたもの,汚れないもの,求められないことがらにたいする憧れと執着といったものを表現しようとしているのだと語っている.彼女の文体が繊細だといわれるのは筋を語るよりこのような微妙な感受性を表現しようとすることからくる.実らない恋が過去の思いでや音楽的な響きと重ね合わされるだけでなく,過去の作品との関係においても重層的な響きをかもしだしている.
 ユン・デニョンもイメージに重きを置く作家だが,その象徴の使い方は意外とオーソドックスかもしれない.山で噛みついた毒蛇に対する復讐の念は主人公の生き方のこだわりにつながり,アユの喚起する触覚は生命感の表現である.また 「アユ釣り通信」に登場するホピイ族の写真はポピイと読み替えることによりケシ,阿片と連想を進めることができ,作品中の秘密パーティの性格にある暗示を与える.なお シン・ギョンスクの近作におけるサケの帰巣本能と死と再生のイメージは,ユン・デニョンの作品におけるアユのそれと重ねあわすことで,同時代の作品同士の間の響きあいを感じとることができる.
 ウン・ヒギョンはまだ登場してから日が浅いが旺盛な作品活動で,あっという間に話題の作家となった.女性作家の円形脱毛症を扱った近作 「抒情時代」のように、彼女は一風変った発想や,韓国では珍しいアイロニーとユーモアがあって多数の読者を獲得する要素となっている.最初の長編 『鳥の贈り物』も同様だが,しかしこの作品はよく見れば連作の形で世態を描いている点では,梁貴子の 『遠美洞の人々』,さらに古くは 朴泰遠『川辺の風景』と繋がりをもっており,決して伝統と無関係ではない.
 世を騒がせ評論家をとまどわせている年少の作家といえば,イ・インファであろう.彼の最初の長編 『私が誰か言える者は誰か』は,吉本ばなな村上春樹などの剽窃だと騒がれ,本人は意識的な模倣すなわちパスティシュの技巧だと反論し話題を呼んだ.『永遠なる帝国』はミステリーの要素を持つ,かなりしっかりした構成の歴史小説で映画にもなった.最近では悪の権化とみなされる朴正煕をモデルにした小説の執筆で,また話題になった.彼の作品すべてに共通しているのはパロディなど遊びの要素で,この点でかなり力量を感じさせる.