注(1) 創氏改名
朝鮮人の日本人化を目指す政策のひとつ。朝鮮の親族は父系の血族集団を基本にし、始祖の発祥地を表す「本貫」と「姓」、「名」で個人を識別する。これらは結婚しても変わらない。ところが総督府は1940年に施行された制令で、従来の本貫や姓は存続させながら、朝鮮人にも日本式に家族を単位にした「氏名」制度を強要した。この結果、家族はすべて戸主と同じ氏を称することになった。この際、従来の姓と異なった日本的な氏を新たに届けなくとも良かったが、その場合は戸主の姓が自動的に氏と認定された。例えば、夫・金英植、妻・李明煕という夫妻の場合、夫が戸主となると妻の氏名は自動的に金明煕とされて、従来の朝鮮の慣習とは全く相容れない事態となった。

注(2) 両班 (ヤンバン)
歴史的には高麗・李朝時代の文武の官僚を表す東班と西班に由来する言葉だが、普通は社会的な慣習を通じて形成されてきた特権的な身分階層を指して言う。ソウル近辺に住み、代々多くの科挙合格者や高官を生み出し出自が明らかで社会的に認められた家門もあるが、地方の同族集落に代々暮らしていても、先祖に科挙合格者や高名な学者を持ち、祖先祭祀や賓客接待そして日常的な学問に励むことで格式のある生活様式を保持し続けている家系は両班とみなされる。両班は両班同士で姻戚関係を結ぶ。

資料1
漢文による小説の例

出典:金万重 (キム・マンジュン/1637〜92) 『九雲夢』1803年板刻の癸亥本

注(3) ハングル
ハングルは李朝第4代世宗大王の時に、学者を動員して1443年に完成した人工的な文字である。漢字に対して、朝鮮語を発音どおりに表す点では平仮名に似ていますが、子音と母音を表す字母を組み合わせる点ではローマ字に似ている。ただし、朝鮮語の一音節は子音+母音+子音が原則なのでローマ字より複雑で、これを組み合わせて一音節ごとに漢字のようにひとつの図形にまとめる。図のように、字母をひとつ変えるごとに違った字になる。当初は訓民正音とか諺文と呼ばれ、李朝建国を歌った『龍飛御天歌』や釈迦の一代記である『釈譜詳節』、『月印千江之曲』など仏典の対訳書が多く印刷されたが、公用文に使われることはなく、女性の使う文字、手紙の文字、物語本などに限られていた。


資料2
漢字とハングルで書かれた例

出典:漢文による注解付き『龍飛御天歌』1612年刊の木版本

注(4) 古代小説と木版
朝鮮の本には公の出版物と私的なものがある。前者の機関には、ハングルができた頃、仏教の仏典の対訳書を出した刊経都監があり、それらの印刷物のうちには活字印刷も含まれる。また仏典の内には寺院で出されたものもある。それに対して古い物語は坊刻本 (坊は古い行政地区で町内程度の狭い地区) と言って、小規模の営利業者によって19世紀半ばから20世紀前半にかけて木版で出版されたものであり、意外と新しい。ソウルの京板、安城板、完州 (今の全州) で出された完板がある。京板は草書体を元にした字体で教養ある女性の読者を対象にし、楷書体の素朴な字体を特色とする完板は農民など庶民層を対象にしていた。

資料3
ハングルで書かれた古代小説の例



出典:許nq (ホ・ギュン/1569〜1618) 『洪吉童伝』の京板 (上) と完板 (下) 、いずれも刊行年未詳

肖像
李海朝 (イ・ヘジョ/1869〜1927)

出典:『文学思想 7月号』文学思想社、1980

肖像
李人稙 (イ・インジク/1862〜1916)

出典:『文学思想10月号』文学思想社、1979

資料4
《新小説》という言葉が初めて使われたと言われている李人稙『血の涙』単行本発売の広告


出典:『萬歳報 (1907.4.4) 』萬歳報社
(内容訳) この新小説は純国文にて昨年秋に萬歳報紙上に連載したものなるが事実は日清戦争時に平壌以北人民で闘いに鯨の背中が裂けるが如き兵火を経る中で平壌城中に玉蓮なる金氏の女児が限りなき困難を経て外国を流離し留学した事実有りしにこの小説を読まば国民の精神を感発し男女は勿論のこと血の涙をそそぐべき新思想が有るが此れは西洋小説の習いを模範したるが購い読む君子は精読されんことを望む。

資料5
李人稙が試みた漢字混じり、ルビ付き、縦書きハングルの表記


出典:「血の涙」連載第1回より抜粋『萬歳報 (1906. 7. 22) 』萬歳報社

資料6
単行本で用いられた縦書きハングルのみの表記


出典:李人稙『血の涙』、広学書鋪、1907、初版本の表紙と本文第1頁

資料7
現在小説で用いられている横書きハングルの表記例 (李人稙「血の涙」)


出典:金光nq編『原本韓国近代小説の理解1906 〜1930年』民音社、1983